4 休息日4
それからも日向は二人に振り回された。
隠している身体能力がバレないよう立ち回り、突き刺さる嫉妬や羨望の視線を無視し、祐理や志乃の好意を受け流し、と存外忙しく動いて――あっという間に昼時。
校舎から中庭に出る。快晴にも等しい青空のもと、模擬店エリアは食堂のような賑わいを見せていた。初夏を思わせる鋭い日光が差し込み、生徒たちの額に汗を浮かばせる。
日向は鼻をぴくつかせながら、
「焼きそば、たこ焼き、あとクレープもあるな」
「へー、珍しいね日向」
「珍しい?」
「だって日向、こういうの見向きもしないじゃん。なのにどんな店があるか覚えてるんだ」
祐理を見ると、パンフレットを眺めながら思いつきの疑問を喋った、といった様子だ。
「私は、まるで今気付いたかのような言い方に聞こえましたけど」
「……持ち歩いてる人を見ただけだよ」
「校内の食べ歩きは禁止ですけど」
志乃が「嘘をつくな」と言外に告げる。
明日の一般公開日は解禁されているが、生徒限定の今日は後片付けの観点で禁止されていた。
「いや、さっきそこで見たんだよ」
「焼きそば、たこ焼き、クレープと三パターンも、ですか?」
「ああ」
「往生際が悪いですね。私の想像ですけど渡会くん――鼻も良いのでは?」
日向は志乃から顔を逸らした。
冷静に考えてみれば、鼻が多少利くことなど別段隠すことでもないのだが、普段隠してばかりの日向にはどうにも落ち着かない。
「あー、そーいえばそだねー。日向の鼻はワンちゃん並」
「それは言い過ぎだ。人間ごときが敵う相手じゃない」
日向の言い方がおかしかったのか、祐理と志乃はくすりと相好を崩した。
「別に隠さなくてもいいのに。用心なんですね、渡会くんは」
「日向はシャイだからねー。シャイひなた。ばか」
祐理の機嫌はまだ直ってないらしく、こうして時折軽い悪口をはさんでくる。
「シャイで結構。バカで結構。あまり俺のことはぺらぺら喋るなよ」
「何あれ!? 美味しそう!」
祐理がそばから離れていった。日向がため息をつくと、志乃は優しく微笑んだ。
祐理を追いかける。
間もなく見つけたその背中の先には、大きな鉄板。
「お好み焼きか。手が込んでるな」
「関西風のようですね」
「東雲さんはもしかして、うるさいタイプだったり? 広島風が好きとか」
「いえ。私はどちらも好きですし、争いは好みません。どちらも同じお好み焼きですから」
列が前に進む。
祐理は調理の光景を覗き込んでいるようだ。
「両者の違いってご存じですか? 以前読んだ本では、関西風は混ぜるもの、広島風は積み上げるものだとありまして――」
しばし志乃のうんちくに付き合っていると、一つ前の祐理の番が来た。
「お好み焼き三枚くださいっ!」
元気良く注文する祐理の肩を思わず掴む。
「おい待て。俺は食べないぞ」
「え? なんで? おなか空いてないの?」
「メシは持ってきてる」
「今朝つくってた栄養みそ汁? ストックじゃなかったの?」
祐理がうげえと顔を
栄養みそ汁とは具だくさんのみそ汁であり、日向の調理法と、今日も持参している高級容器との組み合わせで一日分の食事を腐らせることなく携帯できるという日向の自信作だ。
ただし味は度外視であり、祐理が以前食べた時には皿に戻したほどだった。
「誰もストックだなんて言ってねえ。第一こんな店で食べるわけねえだろ。材料も調理方法も栄養もボリュームも微妙な食べ物など害悪でしかない」
「もー、お祭りの時くらい良いじゃん。ね-志乃ちゃん」
「後ろがつかえてます。二つでいいので早く買ってください」
「はい」
祐理がせっせと店員にその旨を伝えている間、日向はその場を離れようとしながら志乃に告げる。
「メシ取ってくる」
「あ、渡会くん。食べる場所はどうしますか?」
「この辺ならどこでも。あとですぐ見つけるよ」
日向は立ったままでも食事できるが、それを提案するほど愚かではなかった。
しばし別行動を取った後、日向が中庭に戻ると、丸テーブルの一つが確保されていた。
店舗エリアのすぐ近くであり、人通りも人目も多くて落ち着きそうにない。
加えて祐理という快活な美女と、志乃という地味ながらも落ち着いた才女の組み合わせである。注目が集まっているのがわかる。二人は全く気にしてないようだが。
「先に食ってても良かったのに」
言いながら日向は祐理側に寄った椅子を持ち上げ、祐理からも志乃からも等間隔になる位置で腰を下ろす。
2リットルの水筒を置き、「けち」などとつぶやく祐理は無視して、早速水筒を開封。流し込むように食べ始めた。
「ねぇ日向、いただきますは?」
「しねえよ。どこだろうと関係ない」
「志乃ちゃんはどう思う?」
「見損ないました。そんなにたくさん口に含みながら喋るのもいただけません」
「ちゃんと滑舌は確保できてるけど」
「そういう問題じゃありません」
日向は器用に「ふーん」と言いながら水筒を高く傾け、具材と汁を流し込む。
「祐理さん。渡会くんは昔からこうなのですか?」
「うん。でも
「先ほど、どこだろうと関係ないと仰っていましたが、ただの強がりだったのですね。見損ないました」
スルーしながら黙々ともぐもぐする日向。
「わたしたちも食べよっか」
「はい」
二人の「いただきます」が重なる。施設長に厳しく
賑やかな中庭の仮設エリアで、しばらく食事を楽しむ。
話題は文化祭の感想がメインの他愛ないものであったが、やがて日向へと移っていく。
「日向はむっかしからそうだったの。祭りだけじゃなくて、お菓子とかも口にしないんだよ?」
「それは神経質すぎますね――渡会くん、生きてて楽しいですか?」
「ああ。少なくとも食事ごときに楽しみを見出さざるをえない有象無象よりはな」
「そんでこれだもん。すぐ人を小馬鹿にする」
「ですね」
日向は居心地の悪さを感じていた。
そもそもを言えば、こんな目立つ場所で女子二人と過ごしていること自体が落ち着かないのだが、今更である。
祐理だけでも面倒くさいのに、志乃も意外と態度が非協力だ。あたかも一人の女子として、普通に楽しんでいるかのようだ。
(……いや、それが普通か)
日向は胸中で苦笑した。
「渡会くんは、もう少し融通を利かせてもいいかと思いますよ」
「なんでだよ」
パルクール一筋の俺が見たいんじゃないのか、と日向は内心で毒づきながら、
「例外はつくらねえぞ。習慣は水を入れたビニール袋みたいなものだ。たった一つの例外――穴が空いただけでも、中身が抜けて出る」
「よくわかんない」
「たとえとしては微妙だと思います。習慣は自分の意思によるところが大きいので、ただの自然現象ではなく、自分の意思でコントロールする要素を盛り込みたいですね」
いちいち二対一。いちいち分が悪い。
「志乃ちゃんが何言ってるかもよくわかんない」
「祐理さんはもっと本を読みましょう」
「あーっ! 志乃ちゃんも小馬鹿にした!」
「あらら、いけませんね」
志乃がわざとらしく口に手を当てる。その悪びれの無さに、祐理は「むー」と頬を膨らませる。
こうして見ると、ずいぶんと打ち解けたのだと再認識する。
同時に、志乃に抱いていた偏見はことごとく裏切られており、自分は内面の観察にはまるで弱いのだと痛感させられる。
日向の見立てでは、志乃は利害で動くタイプであった。
そして志乃の利害とは、トレーサーとしての日向を鑑賞し続けること。
ならば、トレーサーの身体をつくる食事を気にするのは当然だし、多読の志乃であれば、こういうイベントで出される飲食物が健康に良くないことくらい分かっていてもおかしくはない。しかし現実は日向を神経質だと非難した。
祐理に話を合わせただけだろうか。
それにしては打算がまるで感じられず、まるで自分の意思そのままに、一人の女の子として行動しているように見える。
(……だからそれが普通なんだっての。まったく、俺は志乃に何を期待しているんだ)
志乃は元々
それが図書委員という縁で繋がり、興味を持たれて、好意をぶつけられて、告白を受けて――こうして一緒に過ごす仲になってしまっている。
(理屈は通じるタイプだった。交換条件も行った。ガキみたいに感情的な女子のそれじゃない)
日向の脳裏には祐理と、施設時代に絡んだことのある女子らが浮かんでいた。
(……わからないな。これだから人間は面倒くさい)
これ以上考えても進展はない。
日向は非生産的な行為をやめた。
元より今日は休息日であり、二人のご機嫌を取っておくための
らしくない、慣れてないと自覚していても、誠意は見せなくてはならない。
日向はとりあえず祐理に加勢し、志乃をいじる発言を繰り出した。
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