あなたのことが好きだから
神條 月詞
小川和花の場合
目を覚ますと、知らない部屋にいた。見たことも、もちろん訪れたこともないこの部屋で、私はベッドに仰向けになっている。
「ここは……」
呟いて起き上がろうとした私は、くんっと腕を引っ張られるような感覚にそれを阻まれる。何度か同じことを繰り返してふと、両手首に違和感を覚えた。
そこでようやく、自分の両手が頭上で固定されていることに気付く。
「……縛られてる?」
これはなかなかによろしくない状況では?
思い出せ。どうして私はここにいる?
確か、朝は普通に家を出て、大学に行って、いつも通り夕方からバイトして。それでコンビニに寄ったらハルがいて、ハルの家で飲もうってなって。
「……ああ、起きたの」
ここまで回想したところで、突然聞こえてきた声に思考は中断された。
「おはよ、わか。って言ってもまだ一時だけどね」
わか。私のことをそう呼ぶのは、一人しかいない。
「ハル……」
ドアから顔を覗かせていたハルは、私の声に微笑むと部屋へ入ってくる。かちり、鍵のかかる音がした。
「わかはこの部屋入るの初めてだったよね。途中で寝ちゃって、ちょっとびっくりしたよ」
「ご、ごめん」
「疲れてたのかなーと思ってベッドまで運んだんだー。床とかソファよりいいかなって」
「ありがと……」
いつもと変わらない調子でころころとしゃべるハルは、けれどいつもとはどこかが違う気がした。表情も、声も、よく知ったハルのはずなのに。
「どうしたの、わか」
そこにいるのは、私の知らない『大石悠生』だった。
「あの、ね、なんで」
「ん? 腕、疲れちゃった?」
「そうじゃなくて」
「……ああ、なんで縛ったかってこと?」
だって、捕まえておきたかったから。
そう言ってハルは、見たことのない妖しい笑顔を私に向ける。
怖い。瞬間的にそう思った。
「俺のものになればいいのにって、ずっと思ってた。わかは可愛いから、いつか他のヤツが俺よりも近くに並ぶのかなとか、考えただけでも腹立って、でも傷付けたくないからそばにいられるならこのままでもいいかなって思って……いたはずなんだけど、な」
「ハル」
「わかの寝てる顔見てたら、閉じ込めて俺だけのものにしたいって、もうどうしようもなくなっちゃった」
絞り出されるような感情の吐露に、自分の置かれている状況を忘れそうになる。
ハルは、大石悠生という男は、こんな狂おしいまでの想いを秘めていたのか。切ない響きに、私まで苦しくなってしまう。
「乱暴なことしてごめん。許して、なんて言えない、けど」
ぎし、とベッドが軋んで。
──お願い、俺でいっぱいになってよ。
悲痛にも聞こえる囁きとともに、視界が奪われた。
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