第6話 少年少女と仕立て屋と。

「この先だ!」

 森の中、走り出すルカについて行くと、豪華な白い馬車を黒い狼のような魔物が取り囲んでいた。軽く三十匹はいるだろう。屋根の上にも取り付いていて、馬車を激しく揺らしている。


「馬鹿が! 護符をケチったな!」

 ルカがそう叫んで、荷物を放り出して走って行く。剣を抜き、魔物を斬り捨てる。魔物の数は多い。ルカ一人では手が足りていないのは明らかだ。


 『呼べ』と刀が囁く。ざっと集めた荷物の上に護符を投げて、私も走り出す。

「おいで!」

 手に現れた刀で、ルカの後ろを狙っていた魔物を斬り払う。ルカが持っていた赤い石のペンダントを下げているから、私のことを魔物は感知していない。


 無抵抗ともいえる動物を斬り殺すことに罪悪感はあっても、殺さなければ殺される。ただ、それだけだと割り切るしかない。

 三十匹以上もいた魔物は、徐々に数を減らしていく。数匹が逃げ、ルカが最後の魔物を斬った。


 御者と馬は魔物に食われていた。無残な死体は白い骨が見えていて、恐怖に歪む顔は絶望に染まっている。ルカは開いたままの御者の目をそっと閉じた。


「おい! 生きてるか?」

 ルカが馬車に声を掛け、内鍵が掛かった扉をこじ開けた。中で震えていたのは、十代前半の青色がかった銀髪で紺色の瞳の少年と、金髪で緑の瞳の少女。上質な服を着た二人は、真っ青な顔で抱き合って座っている。


「お前ら……供も付けずに何してるんだ?」

 ルカが厳しい表情を見せる。少年と少女は貴族らしい。

 少年が、少女に婚約話が出て二人で駆け落ちしてきたと言った途端に、ルカが大声で説教を始めた。二人は何の準備もせずに飛び出てきたのだろう。大した荷物も無く、座席に置かれたバスケットからはパンや瓶がはみ出ていて、ピクニックにでも行くような雰囲気。


 馬がないので馬車は動かせない。馬車から降りた二人は、御者の遺体と魔物の死体が転がる凄惨な光景を見て気を失った。


「あー。もう、馬鹿だ! 馬鹿!」

 ルカが髪をかきむしる。せっかくさらさらとしていたのに、元のぼさぼさ髪に戻ってしまった。


 森に近い街道を馬車で走る時には、魔物避けの護符を付ける必要がある。二人が乗っていた馬車は町中を走る為の物であって、決して街道を走る為の物ではないとルカが言う。そう言われて馬車を見直すと、車輪も車体も装飾が優先で華奢だと理解できた。


「……ここから一番近いバルディアに行くか」

 イライラと髪をかきむしって、ルカが大きな溜息を吐いた。


     ■


 ルカは二人に強いお酒をかがせて覚醒させた。ここで死にたくなければ自分の足で歩けと、冷たく言い捨てて自分と私の荷物を持って歩き出す。私は二人が持っていたバスケットを持ち、不安に震える二人の背を叩いて、歩かせることしかできない。


 無言で歩くルカの歩調は、とてもゆっくりで、厳しいことを言いながらも少年と少女の体調を気遣っているのがわかる。


 一時間程歩いた所で少女の足が止まった。足が痛いというので確認してみれば、酷い靴擦れと肉刺ができていて、少年が少女を背負って歩き始めた。


 体格が良いとは言えない少年が、無理をしているのはわかっている。それでも、手伝うことはできない。二人の無謀な計画で、一人の人間が命を落としている。絶対に忘れないように、厳しく体に叩き込んでおかなければとルカも考えているだろう。


 しばらく歩き続けると町の壁が見えた。この周辺の町は魔物が侵入しないように、周囲を高い壁で囲っていると聞いて、興味は尽きない。これまでの私の世界は教団施設の中だけで、初めて目にするものが多い。


 ルカは自分の旅装マントを脱いで私に着せ、フードを目深に被らせた。大きなマントは足首近くまでを隠してしまう。重くて暑い。文句を言って理由を聞こうとすると、ルカが私の口を指で塞いだ。不安な表情を見せる少年少女の前で言い争いになってもマズイだろう。後で説明してもらおうと私は自分を納得させた。


 バルディアの門へたどり着き、ルカが四人分のお金を払って、中へと入った。

 こうして高い壁を作っている町に入る時、町の住民以外はお金を払うのが一般的らしい。集められたお金は、壁の修繕と維持費用に使われている。


 門の中は賑やかだった。建物はすべて石やレンガで出来た二階建て。道はすべて石畳で覆われ、あちこちに商店があり、店先にまで商品があふれていて人々の表情も明るい。久しぶりの雑踏に、どこか懐かしさを感じる。


「アズサ、宿屋に入るまでマントは脱ぐなよ」

 ルカの念押しに、何故と聞きそうになって理解した。私のジーンズ姿が不都合なのだろう。確かに周囲の女性達は全員スカートだ。


 五分程歩いた所で、周囲とかけ離れた立派な外観の三階建ての建物が見えた。これが宿屋だというのだから驚き。石で出来た玄関ホールは昼間だというのに魔法灯で明るく照らされている。奥には受付があって、元の世界の下手なホテルよりも豪華。


 宿泊できるか聞くと、ベッドが二つの部屋しか空いていなかった。王都から貴族が来ていて、近くの温泉目的で長期滞在していると従業員が説明する。


 金貨を数枚支払って案内された部屋は、居間と寝室が別になっていた。シンプルな家具ながら、上質な物だと一目でわかる。


 少女の足を綺麗に洗って、ルカから渡された護符を貼って布を巻く。和紙に似た護符は、傷の治癒を早める効果があるらしい。疲れていたのか、少年と少女は同じベッドで眠ってしまった。


「これから、どうするの?」

「王都にいる俺の知り合いに手紙を出す。早馬で出せば、六日後には返事が来るだろう」

 ルカは溜息を吐いて、小さなテーブルで手紙を書き始めた。


『青と緑。銀の獅子と金の狐。二羽の小鳥を保護している。ルカ』

 隠そうともしないので、見ていると不思議な文面が綴られていく。しかも、この国の言葉ではない。エーミルに少しずつ習っていたから、書き言葉なら多少はわかる。


「……もしかして、読めるのか?」

 ルカが訝し気な声を上げた。頷くと溜息を吐かれた。異世界召喚された私は、この世界のあらゆる言語で意思疎通できる能力が付与されていると聞いている。


「あー、お前には隠し事ができそうにねーな」

 ルカはそっと意味を教えてくれた。これは暗号文字で、青と緑、銀の獅子と金の狐というのは、二人の家紋を示している。少年は辺境伯の子息、少女は公爵家の令嬢らしい。家の規模も身分的にも問題なくても少女に別の縁談というのなら、王族か他国の王族との話だろうとルカが推測を述べた。


「ま、でも、あの嬢ちゃんは嫁の貰い手がなくなったな」

「どうして?」

「令嬢が男と一緒に行方不明という時点で、傷物と判断される。ましてや、一緒のベッドでご就寝だ」

 ルカが苦笑する。


「じゃあ、私は?」

 そういえば、ずっとルカと一緒に寝ている。ぽろりと零れた言葉にルカが噴き出した。

「お前、貴族令嬢でも何でもないだろ。ま、誰も引取り手がいなけりゃ、俺がもらってやるから、安心しろ」

 お腹を抱えて笑うルカの頭に、私は迷わず拳を落とした。


     ■


 持っていた食料で軽く食事をした後、ルカは手紙を出してくると外に出て、しばらくして背の高い女性を伴って帰ってきた。ルカと身長が変わらない。百八十五センチはありそうだ。


「あらーん。かわゆい子ねぇ。嫉妬しちゃうわぁん」

 ハスキーボイスな青い髪の細身の美女がくねりと体をルカに擦り付けた。髪は緩やかに結い上げられて、小さな紺色の帽子が乗せられている。紺色のハイネックのドレスは手の込んだタックが施されていて、角度によって色が変わって見えて素敵だ。緑の瞳に合わせた宝石を使ったピンが胸元に飾られている。


「気持ち悪りぃからやめろって」

 ルカは心底嫌そうな顔をして、肩に手を掛けた美女の手を払う。


 美女はこのバルディアの仕立て屋で、ライモンドだとルカが紹介してくれた。男性のような名前だと思う。

「ちょっとーぉ。ララっていうお仕事名があるんだからぁ。失礼しちゃうわ」

 唇を尖らせた美女が、手袋を外して握手を求めてきた。隠されていた手は、細くても明らかに男の手。異世界にもオネエはいるのか。


「ああっ。引かれてるわ。どうしましょうぅ」

「どーでもいいから、仕事しろ」

 ルカがララの手を叩き落とした。


 ララは少年と少女の為の服を持参していた。私の服はサイズを測って仕立てるらしい。

「……刀を使うので、動きやすいパンツスタイルがいいんですけど」

 希望を述べると、それは非常に難しいと言われてしまう。この国で女性がズボンを穿いて外に出ることは絶対にない。仕方ないのでズボンを隠すオーバースカートを提案してみた。


「ふーん。その刀ってのは、どこなのぅ? 帯剣用のベルトも合わせて作れるわよぅ?」

「ダメだ。見せなくていいぞ」

 黙って聞いていたルカが口を挟み、目を丸くしたララが私に耳打ちをする。


「ねぇ、ちょっと。ルカって嫉妬で束縛系?」

「違います」

 私は苦笑して返す。ルカは私にそんな感情は抱いていないし、私も何とも思っていない。


「おいこら、聞こえてんぞ」

 ルカが口をへの字にしている。ララとの掛け合いは漫才か何かのようで笑ってしまう。


 ――そういえば、何故、ルカと一緒にいるのかわからない。ただ、流されるままにこの半月程を過ごして来た。ルカは私のことをどう思って世話をしてくれているのだろうか。


「じゃ、ちょっと測らせてもらうわねぇ」

 ララに話し掛けられて、思考が途切れた。あちこちをメジャーに似た物で測られる。

「服の上からで大丈夫なんですか?」

「あらん。アタシの腕を信用して頂戴。貴女にぴったりで似合うお洋服を仕立てるわよ」

 異世界のオネエは、とびきり美女な笑顔で答えた。

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