ぼくらはいつも、宙ぶらりん

冴子

第1話

悲惨な結果に終わらせてしまった。


私はふと立ち止まり、彼女の頭の上でコーラのペットボトルを逆さにした。

ちょうどかつての女が私にそうしたように。

しゅわしゅわと炭酸が音をたて、彼女の髪から薄茶色の水滴が滴る。

でも、彼女は私のように泣いたりしなかった。ただ俯いて押し黙っている。

私は中身が4分の1ほどになったペットボトルを力任せに道脇へ投げつけ、彼女を睨みつけた。


彼女に、桜井京子に出会ったのは3ヵ月前だった。桜が散って、鯉のぼりが上がる頃。

私はその時、16歳にして1人で生きていくことを決めていた。

思えば全てが早すぎたように感じる。大人の汚さに気づくのも、世の不条理に嘆くのも、煙草をくわえたことも、人と恋に落ちたのも。私はまだまだ裸で草原を駆け回っていたかった。

灰色の都市を故郷に持つ私に、草原を駆けた記憶などなかったけれど。

ベンチに座り、イヤフォンを耳にはめ、目を閉じ、この世界の全てを遮断しようと試みる。下校中、私は時折この小さな公園の(公園と言うのは名ばかりで、ツツジの茂みに囲われたベンチひとつしかない小さなスペース)ベンチに座って世界から孤立する。

題名もわからないクラシックを流し、ただ目を閉じる。

やがて気が遠くなって、私は私の心臓の音にだけ耳を澄ますことが出来た。

生きていた。

あの女に「無いもの」にされても、私は存在していた。それが私にはいいことなのか悪いことなのかわからない。

いっそ死ねたらと思うことがある。でもそれは復讐にならないし、あの女は私が死んだことにさえ気づかないだろう。

少し現実に引き戻されそうになる。

私は必死に己の心拍にだけ意識を集中させようとした。

と、隣になにかの気配を感じた。私は驚き目を開ける。

隣を見ると見慣れぬ女が座っていた。

顎のラインに髪の毛を切り揃えた、色素の薄い、今にも壊れそうなほど細い女だった。

女はさっきまでの私と同じように目を閉じ、安らかな表情をしていた。

それが桜井京子だった。





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ぼくらはいつも、宙ぶらりん 冴子 @fog_o6

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