第8話 荒川くん、初めてのお使い。
とうとう、川中島君からもパスが来なくなった。
あきれられちゃったな。
パス、ホントに取れないもんな。
でも僕がボールに触らなくなってから、なんかこっちのチームのペースになってる。
相手のチームが腹筋する頻度が増えた感じ。
やっぱり、僕は球技向いてないんだ。
僕が参加しない方が絶対チームがうまくいくんだ。
「残り1分!」
グラウンドの外からマネージャーさんのかけ声。
あと1分…あと1分我慢したら、この嫌な雰囲気から解放されるのか。
もう少しの我慢だ。
そう思ってたら、川中島君が僕に場所を代わろうと、僕は一番右外のポジションの人と入れ替わった。
とうとう戦力外通告だ。
でも仕方ないや。
僕がボールの近くに行かなければ、それだけミスの可能性が減るんだから。
川中島君の選択は間違ってないよ…。
川中島君は二年生の先輩となにか話をしていたが、「それじゃ、お願いします!」と先輩に挨拶すると、僕のすぐ隣のポジションに入った。
それから、川中島君は一度こちらを見て、ニヤリと笑いながらウインクすると前を向いた。
何か考えてるみたいだけど、もう、ボールに対しての恐怖しか感じないんだけども…。
川中島君が何を考えてるか、察する事は今の僕には無理だよ。
ゲームが始まった。
まず、ボールは僕と反対の左方向へ。
よかった。
いまの僕の素直な気持ちだ。
とりあえず、ラスト1分しかないから、このままボールに絡まずに終われそうだ。
川中島君は僕に配慮して、反対側にボールを回してくれたんだな。
さっきのウインクは、僕に安心しろっていう川中島君なりのサインだったのかな。
時間もあと少しだ。
なんとかやり過ごせそうだ。
「ラストワンプレー!」
マネージャーさんのかけ声が合図だったのか、左方向にボールを運んでた先輩が突然右方向の川中島君に二人飛ばしでパスをしてきた。
相手は全体的に左に展開していたので、右側は手薄だ。
大きなチャンスだ。
それは僕にもわかった。
だけど、僕はこの場合どうしたらいいかわからなかったんだ。
川中島君はそのまま走るか、パスするか。
でも、川中島は僕に呆れてたから、もう僕にはパスは来ないだろう。
パスするならまた左方向に折り返すだろうし、川中島君が走るなら僕は邪魔にならないポジションに避けるとかしなきゃいけない。
僕がパスキャッチをまともに出きるなら、走りながら外に広がればいいのだけど、それは僕がキャッチをまともに出来ない以上避けるべきだ。
となれば、僕に出きることは、バスケットボールでいうスクリーンアウトの壁役になれば…
そう思い、左方向に寄ろうとした時だった。
「トラちゃん、右ななめに走れ!」
川中島君の声に、僕は無意識に右ななめに動いた。
突然だったから、走れって言われたけど走るってスピードの移動速度ではなかったけど。
「お使いだ!持ってけ!」
目の前に差し出されるボール。
川中島君はボールを投げずに、僕に手渡しするパスを選択したんだ。
急だったからか、無意識に僕は川中島君の手から、ボールを引ったくるように取った。
目の前には広いスペースが広がっていた。
アドレナリンが放出され、視野が鮮明だが狭くなるのがわかった。
ボールを脇に抱えて地面を蹴る。
スパイクではなくスニーカーだったが、食い付くのが気持ちよかった。
左に気配を感じだが、追い付かれる気はしなかった。
ゴールラインまでは50メートル以上の距離はあったと思う。
駆け抜ける間、左に感じた気配は後ろに移動し、更にゴールラインに到達する頃には気配を感じなくなっていた。
「そのまま倒れこめ!」
先輩の声が聞こえた。
僕はボールを持ったままゆっくり倒れこんだ。
「ゲーム終了!ノーサイド!相手チームは腹筋5回!」
「トラちゃん!初めてのお使いお疲れ様!っていうか、スゲーよ!何あの加速!?」
川中島君が駆け寄ってきて、手を差し伸べて倒れこんでいる僕を引っ張り上げてくれた。
同じチームになった他のメンバーも駆け寄ってきて喜んでくれた。
最後に少しだけど、貢献できたことが嬉しかった。
個人競技にはない、気持ちの共有というか、達成感の様なものを感じることができた。
「スゲーよ!ボール持った瞬間トップスピードじゃん」
「ゼンマイで動く車のオモチャ並の加速だよ」
「50メートルとかだったら記録凄いんじゃない!?」
みんなが寄って集って誉めてくれた。
「川中島君の作戦のお陰だよ。ありがとう」
「いや、作戦とか狙ったというより、普通なら本当はあそこまで上手くいかなかったと思うよ」
「それまでトラちゃんがダメダメ過ぎて、相手から完全に空気になってて、完全にフリーになったお陰だよ。それまでのダメダメと最後のランのギャップの差も凄かったけどね!」
川中島君がウインクしながらニヤリと笑う。
軽くディスられちゃってるけど、すべては川中島君の作戦のお陰だ。
僕はゲーム中に川中島君に見棄てられたと思ったけど、僕を見棄ててなんかいなかったんだよ。
最後に僕に花を持たせる為に、先輩に頼んで作戦を実行したんだ。
ミスしまくってどんどん縮こまっていく僕を何とかしようと、最後まで僕を見棄てないで、チームの一員として扱ってくれたんだ。
僕はあの時はウインクの意味に気づくことは出来なかったけど、今わかった気がする。
嬉しくて涙が出そうになった。
ラグビーをやってみたくなった。
川中島君とならラグビーも頑張れるかもしれない。
川中島君がラグビーをやるならだけど。
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