04 お兄様編



 もう意味がわからない。







04 お兄様編








 義兄が来た。


「なんの用ですか?」


 今まで姉はよく来ていたが、義兄が来ることは一度もなかった。姉と義兄の結婚式以来、私は会っていないのだ。

 義兄はにこっ、と大野に似たその顔で笑みを作った。この人も大野だということは無視だ。私の中で大野はあの大野であって目の前の大野は義兄だ。


「ちょっと遊びに来ただけだよ。用がなくちゃいけないのかな?」


 私は慌てて言った。


「ちちち、違います! そういう意味では……」


 勘違いされては困ると焦る私を、義兄は面白そうに眺めた。その様子を見て、ああ、ちょっと似ているかもしれないと思う。


「じゃあ、いいよね」

「はい」


 義兄を家の中に通す。さっきまで入らせるのをためらっていたのが、失礼に思えてきた。お詫びと言っては何だが、紅茶でも淹れてあげようか。姉さんが確か義兄も紅茶派だと言っていた気がする。


「どうぞ、リビングへ」


 玄関で立ち止まったままの義兄にそう声をかけた。が、義兄は動かない。何をためらっているのだろうか。自分の家じゃないからか。いや元々はここは義兄の実家なのだが……でも顔はすごくにこにこしているぞ。人見知りするタイプでもされるタイプでもないだろ、遠慮するな義兄。ところで紅茶は好みはありますか。アップルティーもレモンティーもストレートもさりげなく揃っていますが何がよろしいですか?

 そんなことを考えている間に5分経過。


「あのー……」


 居た堪れない気持ちになった私は、何とか義兄を中に入れる方法はないものかと言葉を探し回っていた。が、その必要はなかったようである。義兄は何を吹っ切ったのか、いきなり靴を脱いで廊下をすたすたと歩き出した。

 どうしよう、大野よりつかみどころがないかもしれない。


「あの……お茶を入れますが、何かリクエストありますか? アップルティーとかもあるんですけど」


 そう言うと、義兄は大野に似た顔で笑う。


「ありがとう、華子ちゃんは優しいね」

「は、はぁ……」

「細かい気遣いも出来るなんて、本当に最高の女の子だね」

「は、はぁ……」


 なんだなんだ。褒め殺し? 私をいい気にさせれば姉さんがお小遣いを上げてくれるとかそんなのか?

 困惑しながら一歩引いた私に、義兄は苦笑いした。


「口説かれてるの、気付いてる?」

「はぁ……はぁ!?」


 く、くどかれ……!?


「く、くど……」

「そのおどおどした反応、いいなあ」


 義兄は言うや否や、私を抱きしめた。


「ひ、あ?」

「可愛いね」


 か、可愛いねじゃなくて……

 え、てか、なに顔近寄らせてるんですか。なに、あなたなに。


 バアン!!


 いきなり大きな音がしたかと思うと、義兄は私から顔を上げ、私の後ろを見つめた。


「兄さん、何してるんですか」

「彰人、何しているの?」


 聞き覚えのある声がふたつ、私の後ろから聞こえてくる。


「何って……見ての通り」

『見ての通りじゃない』


 綺麗に重なるふたつの声。

 何、何、もう意味がわからない。


「華子から離れてくれないかしら、このケダモノ」

「ひどいなあ、旦那なのに」

「旦那だからよ」


 いつもは理不尽な姉の言葉が、今日はすごく澄んで聞こえる。持つべきものは強いお姉様かもしれない。うん。

 混乱した頭でそんなことを思っている間に、私は大きな腕から引き離された。顔を上げれば大野の美顔が覗けた。


「返してもらいましたからね、兄さん」

「はいはい、弟殿は手厳しいなぁ」

「あなたがおかしいだけです」


 ごもっとも。

 頷いた私を見て、義兄は柔らかい笑みを浮かべる。この笑顔に騙されてたんだよな、ずっと。くそう。


「今日はもう帰るよ」

「あたりまえでしょ、じゃあね、華子」


 義兄の首根っこを掴んで引きずっていく姉。それ放心状態で見送る私。笑顔で早く去れオーラを出す大野。

 何、この構図。


「……大野」

「何?」


 未だ呆然としながらつぶやくと彼は返事をしてくれた。


「私、今まで大野のこと悪魔だと思ってたんだけど」

「うん」

「それ以上の魔王がいることがわかった」

「それ俺のフォローになってないのはわかってる?」


 大野の話は無視だ、無視。なんだろう、この疲労感。たった数十分でこの疲労感。

 ああ、あなたはそんなキャラだったのか。


「もう、寝る……」

「おやすみなさい」

「おやすみなさい……」











 華子が去った後に、大野は一人ぽつりと言った。



「どうでもいいけど、義姉さん、わざと俺にだけさよなら言わなかったな」






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