【番外編】夏 「ちょっと流れ星でも観に行きませんか?」(5)カウントダウン

『立秋を過ぎたとは言え、まだまだ残暑が厳しい夏の夜は青山高原がいい。ちょっと遠出をして流れ星でも見に行こか……』



 もう一度ライトを点け、シュラフやエアーマット等を持って駐車場の傍の芝生の上に移動する。マットを並べて敷き、シュラフを出して準備をした。

 バイクのヘッドライトを消し、ランタンを持って行って二人の間に置いたら、まだ寒く無いんでシュラフの上にゴロンと横になり星空を見上げる。


「あら、また流れたよ」

「結構見えるやろ」

「でも速いね。あっと言う間やわぁ」

「秒速60キロメートルやったかな」

「ええ、1秒間に60キロなん。めっちゃ速い、ってどれ位か判らんよー」

「うーん、5秒で東京に着くわ」

「そうなんやー」

「ほしたら、10分間で何個見えるか数えよか」

「うん」

「よーい、始め!」


 そうやって数え始めるとお星様は意地悪をしてなかなか流してくれへん。


「なかなか流れへんねー」

「まぁそういうもんやわ」

「あっ、流れた。めっちゃ明るいねー」

「よーし、まず1個な」

「いーち」


 3分経ってやっと1個目や。それから暫くはなかった。


「あっ、2個目やー」

「すごーい。あっ、3つ目」

「4個目!」

「5つー!」


 来る時は来るもんである。しかしそれからはパタッと止まってしもて、9分過ぎに6個目が流れた。


「はい、10分経ったで」

「えぇーもうぉ?」

「うん、10分で6個やったらまぁまぁちゃう」

「そうなーん」

「そやけど街では1個もみられんやろ?」

「ほんまやねー。それ考えたら凄いんやー」

「うん」

「あっ、また流れた。7つ目ー」

「まだ数えんるん?」

「うん。何個見られるか数えて見るわ」

「ほんなら僕はコーヒーでも入れるわ」


 と起き上がろうとしたら、ひとみに腕を掴まれた。


「ちょっと待って。もう少し一緒に見ようやぁ」

「おお、分かった」


 仕事の時と違ごて、ひとみはイキイキしてる。


「ほら、8つ目ー」


 それから14個まで数えたけど、それからはさっぱりやった。


「あれー。もうお終いなん?」

「いや、これからどんどん増えていくよ」

「そやけどもう5分位、流れてへんのとちゃう?」

「そうやなー。そのうちまた来るでー」

「ふーん」


 ちょっと退屈してきたかな。


「ほんならコーヒーでも飲もかぁ」

「うん、いいね。サンドイッチも食べる?」

「おお、ええなぁ」


 ランタンを付けて二人でバイクのとこまで行き、荷物を持って戻っくる。

 コッヘルに水を入れ、携帯コンロに火を着けてお湯を沸かす。


「なんか、お父さんみたい」

「お、お父さん?」

「うん。キャンプに行ったらいつもお父さんがそんなんやってたわ」

「おとうさんかぁ……」


 やっぱり僕ってお父さん扱いなんかなぁ、同い年やけど……。


「はいこれにコーヒーを入れといて」

「うん」


 コッヘルとスティックコーヒーを渡す。お湯が湧いたんでコッヘルに注ぐ。


「熱いし気ぃ付けてや。ちょっと涼しくなってきたしええやろ」

「うん。そしたらこれも食べて」


 ひとみからサンドイッチを受け取るって一口食べてみる。卵ときゅうりが辛子マヨネーズで丁度ええ加減の味付けやった。


「うん、美味しい。美味しいで」

「ほんまにぃ。まだあるから食べてね」

「おおきに」


 僕はサンドイッチを食べながら横になる。ランタンの灯りにほのかに照らされてるひとみの横顔を見ながら星空を眺めた。


「おおー、今めっちゃ長いのが流れたなぁ」

「うーん、見た見た。これで14個目やねー」

「ええ、15個目やろ」

「そやった、かな?」


 もう忘れてる。でもそんなとこもなんかほのぼのして可愛らしい。

 また流れるかと思てみてたけど、なかなか続いては流れてくれへんみたいや。


 流星が見えず沈黙が続くと、風に乗って遠くを走るバイクのエキゾーストノートが幾つも聞こえてきた。


 ファアーン、ファーアー、フォンーフォンー、ブルブル、ファァァーン……。


 音がだんだん小さくなり、終いに聞こえん様になる。するとひとみが話しかけてきた。


「さっき後輩さん達が来てたやんかぁ」

「おお、来とったなぁ」

「なんかねー、彼女さんって言われてたね、私」

「……」


 そうやった、忘れてた。どうしよ、どう応えたらええんや?


「私、和くんの彼女さんに間違われてたみたいやねっ」


 どうする、どうする? これってもしかして待ってくれてんのん?

 

 僕の心臓がバクバクしながら沈黙の時間が過ぎていく。頭が混乱してきた。


 脈はありそうやし、ここは思い切って……。


「それやったら、僕の彼……」

「あっ、また流れた。えーと16個目ー」


 流れ星のアホ! 言いそびれてしもたがな。タイミング悪いやんけ。


「おぉ、16個目やなぁー」

「うん」

「……」

「……」


 わー、黙ってしもた。急げ! 間を開けたらあかん。


「あのー」

「なにー?」

「えーっと、僕ら……付き合わへん。いや、僕と付き合ってくれる?」

「……」


 あかん。タイミング外してしもたがなぁ。なんで流れ星、流れるねん。


「あかんかぁ?」

「うーん、そしたら……」

「うん」

「1時までにぃー」

「うんうん」

「流れ星が100個見られたら付き合おっかぁ」

「まじかぁ。分かった。ほんなら気合い入れて見るでー」

「うふふ」


 1時まであと1時間と40分程。流星の出現数もじょじょに増えてくる頃やし、これやったらなんとかなるやろ。


 僕はシュラフの上で体勢を整えて、1個も見落とさんように目を見開いた。


「あっ、17個目」

「17個目。あと、83やね。うふふ」

「来たっ! 18、19」

「あとー、81個よ」


 そんな風にして流星が流れるんをワクワクして眺めてた。


 12時を過ぎて、残り64個。この調子やったら何とかなるやろ。


 ちょっと寒くなってきたし、僕らはシュラフに入った。その間も空からは目を離さへんかった。


 37個目の流星は天球の半分程を流れるめっちゃ長いやつで、結構な時間光ってた。


「うわー。今のめっちゃ長かったねー」

「うん。凄かったなぁ。そやしあれは2個分にせえへん」

「しません」

「なんや、いけずっ」

「そんなんで誤魔化したらあかんよー」

「分かったわ。もう1回、気合を入れるは。頼む、流れてくれー!」

「うふふふ……」


 気合が通じたか、僕らが付き合うことを祝福してくれてるんか分からんけど、その後も順調に流星の数は増えて行き、12半を回った時点であと31個やった。


 30個目からはカウントダウンに切り替える。

 残り20分で18個。残り10分で7個に迫り、残り5分で2個になった。


「凄いねー。あと2つやん。そやけどこんなに沢山の流れ星が見られたんは初めてやし、めっちゃ嬉しいぃ」


 そう言うて喜ぶひとみを見て僕も嬉しかった。

 僕は勝利を確信した。



 つづく




※走行データ

 走ってません。すいませんです。


※青山高原の公衆トイレ

 三角点駐車場、第1、第3、第4駐車場にあります。


※ペルセウス座流星群のデータ

 ペルセウス座流星群は毎年8月13日前後に出現してますが、ここ数年で「好条件」にて観測できそうな日を以下に示します。


(1)2018年は8月13日の10時が極大ですが日の出後なので、12日の深夜から13日の空が明るくなるまでがお薦めです。月齢も1.73と月明かりもなく比較的良い条件で観られるでしょう。


(2)2021年は8月13日の4時が極大です。月齢は4.56ですが22時頃には沈みますので、12日の深夜から13日の空が明るくなるまでが、かなり良い条件で観られるでしょう。


(3)2024年は8月12日の23時が極大です。月齢は7.62ですが23時頃には沈みますので、12日の夜半から13日の未明に掛けてが、かなりの良い条件で観られるでしょう。


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