第三章 デミル村での日常と異変の兆候

第22話 本来の仕事

「えーと……とりあえず準備はこれくらいでいいとして、後は武器……か」


 獣車の荷台に入れた荷物の確認をした後に腰に差した長剣を引き抜いたレオンは顔を顰めた後に溜息を漏らす。


「……アリアの天罰を防ぐためだったとは言え、一度も武器として使う前にこの有様じゃあ、カリンもレイドさんも怒るだろうなぁ……」


 引き抜かれた刀身は真っ黒に炭化し、酷く刃毀れしてさながら不揃いな鋸のようだった。

 とは言え、長剣の犠牲があったからこそ助かった命でもある。

 レオンは不景気な顔をしながらも獣車に繋がれているウィルの頭を撫でた。


「まあ、そろそろ依頼の報酬額も確定しているだろうし、その他の事はそのあと考えるかな」


 レオンは溜息を付きながら振り返ると、自宅、アイリス、そして金髪のショートヘアーの少女の順に目を向ける。

 使い物にならなくなってしまった剣ももちろんだが、今や3人と1匹での共同生活となってしまった都合上、今の自宅では余りにも狭かった。


 現状アイリスと金髪の少女にベッドは譲っているものの、肝心のレオンはウィルのお腹を借りている有様だ。

 寝心地という一点においては不満はないが、抱き枕がわりにされているウィルはたまったものではないだろう。

 ともかく、何をするにしても早急に金が必要だった。


「と、いうわけで、俺は仕事に行く事にするから。オーケー?」

「何がおーけーなのかはわからんが、どこかに行くなら早く行くぞ」

「いや、お前は留守番だ」

「何だと!?」


 レオンの言葉に、当然一緒に行くことになると思っていたアイリスは予想外の言葉に仰天する。


「いや、お前まで出たらが1人になるじゃないか。流石に今のこの時期に1人にはさせたくないしさ。ここに来た日数が少ないのはお前も一緒だけど、なんていうかお前はほら…………図太いし」

「貴様誰に対してその様な……」


 ソッと目を逸らしながら告げるレオンと、ギリギリと音を立てそうなほどに歯を食いしばって睨みつけるアイリスの2人の間に、おずおずと金髪の少女──リズが声をかける。


「あの~。別に私のことは気にしなくても……」

「いや。しばらくの間……そうだな。これから報酬を受け取りにギルドに行くから、その時に誰かこっちに来られる神官がいないか依頼を出してくるよ。少なくとも、神官がこの村に来るまでの間はおとなしくしていて欲しいんだ」


 また出費が……と、内心では肩を落としたレオンだったが、それは顔には出さずにリズに告げる。

 嘗てアリアと名乗っていた──これも偽名だったのだが──少女にリズと名付け、同居することにしたレオンだったが、村の人達には従兄妹ということで説明してあった。


 前回の移住団が来た時には馬車から出なかったし、そもそも顔を隠していたからバレることはないとは思ったが、レオンの親類という事にしておけば多少は受け入れられやすいと考えたのだ。

 最も、レオンとリズが従兄妹同士なのは嘘でも何でもないのだが。


 そして、神官の件に関しては、マーロゥの加護を失って神聖魔術が使用できなくなってしまったリズだが、内包された魔力と才能まで無くなったわけではないだろうとレオンが判断したためだ。

 その点に関してはアイリスにも確認し、恐らく大丈夫ではないかとの言葉も得られているので、誰か神官に弟子入りし、また1から学び直そうという腹積もりだった。


「えーと……うん。わかった」


 レオンの提案に少しだけ考える素振りを見せたリズだったが、最後は納得し、素直に頷いた。

 最も、もう1人の方は全く納得していなかったのだが。


「我は、嫌、だぞ」


 わざわざ一言一句区切って目を剥きながら顔を近づけてきたアイリスの顔をレオンは嫌そうに押しのける。


「そう言うなよ。頼りになるのがお前しかいないんだからしょうがないだろう? リズに関しては元々が冒険者だった事から、ひょっとしたら素性がバレてしまう危険性がないわけでもないし、生活していくにも金が要る。かと言って今の力の無いリズを仕事に一緒に連れ出しても心配で仕事どころじゃないよ」

「お守りならカリンがいるではないか」

「全てを説明出来ないのにか? 流石にそこまで不義理は働けないって」


 レオンの説明にアイリスは暫く腕を組んで唸ったまま首をグルグルと回していたが、やがて首をピタリと止めると「母親と恋人が崖から落ちそうになっているがどちらを助ける?」と、問われたかのような苦渋の表情のまま答えた。


「……仕方が……ないの。お前がそう言うのならば納得はしよう。お前がそう言うのならな」


 何故2回繰り返したのだろう? そう思わないでもないレオンだったが、とりあえず納得はしてくれたようなので頷くと、手綱を握ってウィルの横に並ぶ。


「だが! 危ない目にあったら必ず呼びかけるのだぞ! 絶対だぞ!?」

「…………ああ。わかってるよ?」


 アイリスの訴えをレオンはたっぷり時間を使って反芻し、その過程で「お前は俺の親か?」とか、「本当に危険だったら召喚の術式をやる暇もないだろ」とか色々と頭に浮かんだが、それらを全て飲み込んで結局は有耶無耶な返事をしてギルドに向かって進むのだった。



◇◇◇



「お待ちしておりましたレオン君。これが今回の依頼の報酬になります」


 冒険者ギルドにレオンが現れた事を確認すると、カウンターで佇んでいたヒルダは深々と頭を下げたあとに満面の笑顔で迎えた。

 そんなヒルダの様子と、何やらカウンターに置かれた大きな布袋を交互に見たあと、レオンは戸惑ったような目を向ける。


「えーと。まず確認したいのですが、今回の件については“処罰”ではなく“報酬”という事で間違いないのですよね?」

「勿論。その通りです」


 やはりニコニコと微笑み返すヒルダに若干引きながらも、レオンは置かれた布袋に目を向ける。

 それこそ、ダイケンのツルリと禿げ上がった頭よりも2回りは大きな布袋──恐らく硬貨が入っているのだろう──に戦慄したからである。


「えーと。まさかこれの中身って……金貨……ってわけじゃないですよね?」


 レオンの問いにヒルダは目をパチクリとさせた後、「何を言っているんですか?」とでも言いたげに首をかしげる。


「え? 勿論金貨に決まっているじゃないですか。今回の報酬、金貨500枚確かに収めましたよ。ご確認お願いします」

「500枚!?」


 ヒルダの言葉にレオンは思わず吹き出した。

 咄嗟に首を左に向けてヒルダに唾を吐きかけなかったのは奇跡だっただろう。


「あ、既にギルドの取り分は控除してありますからご心配なく」

「そういうことぢゃなくて!」


 驚き、完全に自が出てしまっているレオンにヒルダは「まあまあ」と右手で制しながら。


「レオン君の言いたい事はわかりますよ。でも、これはあの時のレオン君の予想が正しかったってことなんですよ。そして、今回の報酬には口止め料が入っているんです」


 ヒルダの説明にレオンはようやく気持ちを落ち着けると、胸に手を当てる。


「……ああ。そういう……。って事は、バラッグの冒険者ギルドへの報酬がかなり減額された……っていう認識でいいんですか?」

「概ね。そもそも1人しか帰還していませんし、今回は目撃者も多いですからね。あっちの冒険者ギルドとしては既に事件は収束していると判断したのでしょうが、こうなってしまえば報酬を主張する事なんかできませんよ」


 如何にも「いい気味です」とでも言いたげな笑みを浮かべるヒルダだが、口にしないのは立場上出来ないからだろう。

 ともあれ、丁度お金が必要だった所で今回の報酬が助かったのは事実である。


 何ともこのまま回れ右して家に帰ってもいいのではないか? とも思ったレオンだが、あぶく銭というものは大概アッという間に無くなってしまうものである。

 レオンは何とか弱気になりかけた自分の感情を引っ込めた。


「それと、Cランクへのランクアップですね。今回の件の貢献度で十分と判断されました」

「それはそうでしょうねぇ……」


 一体幾ら中間マージンとして引いたのか。

 その金額に関してはヒルダの笑顔が物語っているのであろう。

 レオンは首に下げていた認識証をヒルダに渡す。受け取ったヒルダはすぐに承認を済ませ、レオンの認識証は明るい茶色へと変化した。


「おめでとうございます。これで、今からレオン君はCランク冒険者です。良かったですね」


 今まではランクアップしてもかけられる事のなかったお祝いの言葉にレオンはヒルダに目を向けながら認識証を受け取った。

 

 Cランク。


 それは一般的に一人前の冒険者だと認められるランクであり、冒険者になった人間はまずは全力でこれを目指す。

 最も、素材収集の依頼をメインとしてこなしていた──そして、今後もそのつもりだったレオンにとって、そのステータスは何とも言い難いものがあったのだが。


「まあ、ありがとうございます。所で、何か適当な依頼がないかも聞きに来たんですけど……」

「それはありがとうございます。どの様な依頼をお探しですか? 今なら討伐系で比較的難易度の高いものも出ておりますが……」

「そういうのはカリンとかアイリスに勧めて下さい。俺には素材収集で十分ですよ」

「相変わらずですねぇ」


 苦笑を浮かべながらも比較的難易度の低い素材収集系の依頼書をカウンターに並べるヒルダの手元から幾つかの依頼書にサインして渡すと、レオンは武器の調達の為に次の目的地に向かう。

 その際、どういった言い訳をしようかと考えながら、憂鬱な気分で歩を進めた。



◇◇◇



「お前は武器を何だと思っているんだ?」


 レイドの武器屋に到着し、結局全て正直に話すことにしたレオンの言い分を聞いたあと、その頭に強烈な拳骨を降ろした後にレイドが発した言葉がそれだった。

 レオンはヒビでも入ってしまったのではないかと思うほどに痛みを自己主張する頭を押さえながら、非難の篭った視線をレイドに向ける。


「……勿論、武器は武器だと思っていますよ。でも、今回に関しては仕方ないじゃないですか」

「“でも”じゃねぇ」


 レオンのにレイドの拳骨が再びレオンの頭を襲う。

 今度こそレオンは悲鳴を上げて、頭を抱えて蹲ってしまった。


「いいかレオン。武器ってなぁそれを打った職人の想いが篭ってるもんなんだよ。その想いは武器にだって宿るんだ。武器は武器として使ってやる。そいつはそれを打った職人と、その武器自体の最低限の礼儀じゃねぇか? それが何だ? 魔術の触媒に使った? そういうのはそれ専用の道具を使え」


 そう言ってレイドは商品棚の一角を指差す。

 そこには魔道具や魔術の触媒に使用するナイフなどの魔力武具が陳列されていた。


「……そうは言ってもあの類の道具は高いじゃないですか。特に俺の場合触媒を使うほどの魔術を使用すること自体少ないですから、常にああいった物を持つのも……」

「ったく。お前って奴は……」


 呆れたようにレイドは頭を掻き毟ると、そのまま店の奥へと引っ込んだ。

 そして、戻ってきた時には長剣と短剣をひと振りずつ持って来た。


「これは?」

「長剣は数打ちの量産品だが、こっちの短剣は通魔の短剣と呼ばれる触媒の道具だ。魔術師が魔術の触媒としてよく使用しているもんだが、これ一本でこっちの長剣が10本は買えるな」

「……ちなみにおいくらですか?」

「両方で銀貨5枚でいい」


 レイドの言葉にレオンは顔をしかめる。


「さっきの自分の発言を覚えてます? それって量産品の長剣1本の値段ですよ」


 ちなみに、銀貨10枚で金貨1枚であるため、先ほどのレイドの説明が正しいなら、文字通り桁が一つ違う。

 しかし、レオンの疑問の声にレイドは豪快に笑った。


「さっきは感情的になって殴っちまったからな。殴られ割引って事にしておけ」

「……ヤな割引ですね」

「何だ? もっと割り引いとくか?」

「結構です」


 拳を見せながら軽く告げるレイドに対して、レオンは真顔で拒否の意を示す。

 そんなレオンの態度にレイドは再び笑い声を上げると、レオンから銀貨5枚を受け取ったあと、背中を向けたレオンに声をかけた。


「ま、さっきのは冗談だがな。そいつはお守りがわりに持っとけよ」


 その言葉を聞いて足を止めて振り向くレオンにレイドは真剣な目を向けた。


「いいか。絶対にカリンを泣かすんじゃねぇぞ」


 その言葉にレオンは無言で頷くと、そのまま何も言わずに店を出る。

 そして、閉められたドアを目にしながら、レイドはどこか満足そうに笑うのだった。

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