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 冬の冷たく厳しい寒さの中いつもどおり大学へ行って講義を受けていた。

 大学4年生となればいやがうえにも就職という現実が迫ってくる。なんとなく入った大学。親が大学はちゃん出てと言われたから入学しただけ。特にやりたいこともあるわけでもない。

 大多数の大学生と同じだろ?

 親が厳しく自主休講なんてしたら何を言われるか分かったもんじゃない。友達が講義を抜け出して近くのアミューズメントパークでボーリングをしていたことが羨ましかった。俺はそれを横目にプログラミングを宿題をやっている。どうせ後でコピーをくれと言われて対価に学食で飯をおごってもらったりタバコを買ってもらったりとするから等価交換だ。


 父親は警察官。交番で道案内を尋ねられるようなものではなく警察本庁で働いているバリバリのエリート。

 母親は専業主婦。外資系のエンジニアとして父親と同じくバリバリのキャリアウーマン。だが結婚に際して、父親の強い意向で子供のために家を守って欲しいと言われ働いていた職場を退社。それ以降パートに出ることなく家事に育児にとs忙しく働いた。


 俺が生まれたのは結婚から一年。逆子で難産だったと聞いている。名付け親は母方の祖父。夢も見て人生を歩んでほしいという願いをこめて”歩夢”と名付けてくれた。


 妹が生まれたのは俺が3歳のころ。母親のお腹に耳をあてては「いつ生まれるの?」と毎日聞いていた。母親も「歩夢はお兄ちゃんになるから一緒に頑張ろうね」と言っていた。妹は難産ではなく出産予定日より3日遅れて生まれた。初めて妹も見たときお兄ちゃんになるってことを実感した。

 名付けたのは母さんでお兄ちゃんが歩夢だから”夢”の字を使ってあげたい。そんな思い出”真夢”という名前を付けた


 大学に行ってバイトへ行ったり飲み会に行ってみたり、母さんと真夢と会話をしながら飯を食べたり。

 

 そんな日常。いつまでも続くと思っていた。



いつの間にか空咳が多くなった。そのうち治まると思い特に気にしなかったかった。

 しかし空咳は治まらない。タバコのせいだと言ってごまかした。母親も妹もタバコをやめなさいと言っていた。。

 空咳は胸の痛みに変わった。最初は我慢できるほど。次第に呼吸が辛くなり血痰が出たときに諦めて次の日の朝、近所の内科に行った。

 レントゲンを撮り、診察を待っていると受付の女の人が青い顔で

「救急車を呼んだからそれに乗って近くの一番大きい病院に行ってください」

と言われた。

まもなく救急車がやってきてそのまま一番大きな病院――光が丘総合病院に連れて行かれた。

 そこでも血液検査からCTと様々な検査をして気がついたら夜になっていた。親父と母さん、妹が待合室にいて待ってくれていた様子で。

 そのとき悟った。


 俺は命はもう長くないことを。


 その日は帰宅して家族全員で食卓を囲んだ。親父はいつも晩酌するのに今日はしない。母さんもいつもはもっと野菜を食べなさいと言うのに言わない。妹は嫌いな食べ物をいつも俺に食わせるのに文句を言わずに食べている。

 こんな悲しい食卓に俺は耐えきれなかった。

「ざけんじゃねえ。俺が死ぬから優しい家族ごっこか? まったく嬉しくねぇよ」

 机を蹴り飛ばし叫んでいた。


 親父が泣いていた。泣いたところを一度も見たことなく厳格でいつも自分にも家族にもきびしい親父が泣いていた。


 母さんが泣いていた。いつも優しく、時に厳しく俺と妹を真っ直ぐに育ててくれた母さんが泣いていた。


 妹が泣いていた。周りでシスコン、ブラコンと言われるほど仲良しで、勝ち気で生意気で、でも優しい妹が泣いていた。


 そして次の日。家族の付き添いを断り総合病院の最上階。ホスピスに入った。最初に入院している証としてピンクの腕輪を着けるように言われ左の腕にそれを着けた。

 看護婦に案内されて入ったのは709号室。

 そこで入院に際して、と書かれたパンフレットを渡され忙しいそうに部屋を出ていった。


 俺はここで”死”を迎えるのかと思うと背筋に冷たいなにかが走り、   悲しさと諦観が痛む胸をいっぱいにした。

 部屋は個室。テレビに冷蔵庫、エアコン完備と充実した設備。


 ただ唯一窓が15cmほどしか開かないことを見なければ、だ。

 真っ白で真新しいシーツがかけてあるベッドに腰掛けパンフレットを開いてみる。

 そこに書かれてる内容にはここでのルールがかいてあった。

 大雑把にまとめると病院内は最上階のホスピスか食堂しか利用できない。特別にこの階ににだけ喫煙ルームが設置されている。タバコを吸う俺としてはありがたい話だ。ホスピスは税金によって賄わているため食事を含め基本無料。食堂も無料で使える。私服はダメでこの階専用の病衣を必ず着ること。入浴は毎日午前が男、午後が女となっている。

 こんなところだろう。


 早速看護婦が病衣を持ってきた。サイズはLサイズ。色は青。身長180cmで痩せ型の俺にはちょうど良かった。着替えた俺はテレビを点けてみる。なんとなくぼーっと眺めていたが全くおもしろくない。つい最近までは楽しめたのに。

 スマホをポチポチといじってみるがこれも楽しくない。もともとゲームをしない方だった。

 やることがないのでこの階を見て回ることにした。わかったこととして、ホスピスの言っても作りは普通の入院病棟と変わらない。広間があってそこでみんな暇を潰している。面会は自由なので私服で歩いている人もいる。

「あら若い子が入ってきたねぇ」

 初老の女性に声をかけられた。

「はじめまして」

 丁寧に頭を下げて挨拶する。亀の甲より年の功だ。

「ここには入ったばかりよね?」

「はい今日ここに来ました」

「じゃあここでのルールはわかる?」

「パンフレットに載っていたやつですか?」

「なるほどねぇ。私が教えるわね。ここでの暗黙の了解を」


 2回だけ帰宅外泊ができる。

 散歩は看護婦に許可をとって付添の上でなら可能。

 余命が1ヶ月になると死に場所を自宅かホスピスかを選べる。

 相手になんの病気で余命何ヶ月かを尋ねてはいけない。

 夜間でもなんでも我慢sする必要はない。

 外へ無断で外出しようとするとピンクのリングが入り口のセンサーに反応してすぐに警備員がやってくる。

 誰かが亡くなっても会話に出しては行けない。


 そんなことを教えられて3日が経った。

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