第27話 「さみしい」とか「会いたい」とか

 わたしがこんな風に思うのはいけないことだと思う……。でも受験シーズンは長い。

 1月はじめのセンターから始まって、2月は私大、国立前期、3月は後期。長い。

 別にデートに行きたいとか、そういうのはないんだけど……さみしい。


 スマホを手に取る。

 打ちかけてやめる。

 だって、何を送ればいいんだろう?……『さみしい』とか、『会いたい』とか、そんなのは10代の子が言うようなセリフで。

 もっと会いたい……。


 試験期間に入ってから、高校3年生は自由登校だ。ほとんど学校に行くこともない。透くんも予備校の自習室に通うことが増えて、それ以外は家でたっぷり勉強しているようだった。本試験まであと1ヶ月。


「凪ちゃん、あからさまに元気なくすなよ」

 櫻井さんに肩を叩かれる。

 繁茂期ではないのでお客さんの姿も少なく、わたしはレジ横でカバーの下折りをしていた。カバーをキレイにかけた本にしおりを挟んで手渡す瞬間がわたしはすきだ。


「元気ですよ?」

「そういうの、カラ元気って世の中では言うでしょう?」

 トントン、と折ったカバーを整えて、棚の整理に向かう。

「ご飯、おごるよ」

「ごめんなさい、今日はおべ……」


「お昼、ダメだった?」

 透くんだった。LINEはしていたけど、会うのは久しぶりだった。

「やっぱり突然だったよね、ごめん」

「透くん、待って。もうすぐ休憩だから」

「……櫻井さん、凪さん、休憩入って大丈夫ですか?」

 櫻井さんは、渋々、

「いいよ、ちょっと早いけどゆっくりしておいで」

と出してくれた。




 久しぶりに会った透くんはなんだか無口で、わたしの方も口を開くのは躊躇われた。

『早く会いたいな』

と書いてあったのは、本気だったのかなぁと思うくらいだった。わたしは透くんに会えたことだけで胸が期待で膨れ上がっていた。


「凪、お弁当なの?」

「ううん、いいの。えーと、下でパスタでも食べない? けっこう美味しいよ?」

「図書館で勉強してるんだけどさ、英語、見てほしいんだ」

「え? わかるかなー。仕事終わったあとならいいよ」

 彼は上着のポケットに両手を入れて、うつむきがちに歩いていた。歩幅が、いつもより気のせいか大きかった。


 食事中でもほとんど喋らず目線が合うこともなく……なんだか、ひとりで食べているような気になる。

「透くん、もしかして勉強、行き詰まってる?」

「そんなんじゃないよ」

「そう……ならいいんだけど」

 上手くフォークにスパゲティが絡まないときのような微妙な気持ちになって、口をつぐむ。





 仕事から上がる時間に、透くんは参考書コーナーに先に来て、珍しく何かを熱心に読んでいた。

彼は効率的に勉強をするタイプらしく、普段はあちこちの参考書を見ないで、1冊をやり通すタイプだった。さっき言っていた英語の問題が解けないからかもしれない。

 とりあえず、やりかけの仕事を片づけてしまってからロッカーに向かう。




「お待たせ」

 小走りに参考書コーナーに行くと、ゆっくり透くんが微笑んだ。今日、初めて見た笑顔だった。よく見ると、彼の見ていた本は物理のコーナーだった。

「凪、お疲れ様。行こうか」


 するっと彼は腕を絡めてきた。

「腕組んだりすると……」

「ボクの学校で噂になる? 関係ないよ、すぐ卒業だし、ボクは卒業してからもずっと凪とつき合うんだし」

「……」

「どうかした?」

 ううん別に、と言いながら、内心、自分の恋人にうっとりしている自分がいる。


 やっぱり透くんは透くんで、昼間は勉強で疲れてたのかもしれない。昨日の夜は勉強し過ぎたのかもしれない。


「なんだよ、何かあるなら言えばいいじゃん」

「ううん、英語、わたしが見てわかるかなぁって思っただけ」

「凪、文系でしょ? きっと楽勝だよ」


 彼は屈んでわたしの顔を見た。

「あのさ……凪の部屋に行ったらまずい?」

「あー。この間、来ちゃったから大丈夫と言えば、大丈夫かな」

「よかった。英語で困ってたんだよ、ほんとに」

 家にはお母さんがいるけれど、この間、挨拶したからたぶん大丈夫だろう。


「ただいま。お母さん、柿崎くん来てるんだけど、いい? 勉強見てあげることになって」

「柿崎くん? いらっしゃい。センターは良かったの? 正念場だからがんばりなさい」


 わたしが先に立って部屋に行く。部屋の中は冷えていて、とりあえず暖房を入れる。

「あったかいもの、持ってこようか?」

「ううん、いいよ」

 彼はごそごそとリュックの中からペンケースと問題集、ノート、辞書を出した。わからなかったというページには付箋が貼られていた。


「ここね。えーと……動詞の位置を見て節に騙されないように……」

 下を向いていたわたしを無理に上を向かせて、キスされてしまう。あまりに突然だったので驚いてしばらく動けない。

 彼がそっと放してくれて、息を整える。


「嘘つき。英語なんかどうでもよかったんでしょう?」

「そんなことないよ。英語はできなかったの。でも、凪に会えないのが辛かった」

 がばっと抱きしめられる。わたしはそろりと彼の背中に腕を回した。


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