その8 最後の切り札

 ――一時間後。


 長谷川によって読み解かれたプログラムは加藤によって解析され、さらにそれをマトがプログラムに組み込んだ。細田が二千台のマシンにインストールすると、速度比を表す数値は文字通り桁違いに上がった。


「速度比七.六――この調子だと一時間足らずで追いつきます」

「よしっ」


 俺たちはハイタッチでお互いの健闘を讃え合った――俺は何もしてないけど。

 理乃が買ってきたジュースを紙コップに注ぎ、乾杯する。一時間経てば俺たちのチェーンを公開し、それまでの取引をなかったことにすればすべてが片付く。


「でもすごいよな。みんなでこんなことができるなんてさ」

「ダークウェブのマイナーな仮想通貨だからできたことですよ。規模が大きくなるととてもこうはいかないと思いますよ」

「そういう意味では鴻上先生の選択は間違ってたってことですね」

「そうだな」


 ――どうだ、今度ばかりは俺が予想を上回ったぜ、鴻上。


 俺は鴻上の顔を思い浮かべた。だが、どうしても悔しそうな表情を想像することができなかった。余裕のある笑みで、「さすがだね、鷹野クン」と言う姿しか浮かんでこなかった。


「……」

「どうしたの、祐?」


 理乃が心配そうに俺の顔を覗き込む。


「……送金時刻」

「え?」

「そうだ、マト。送金時刻はいつだ?」

「え、四時頃じゃないの?」

「それはマトが送金に気づいた時刻だ。決済されたのはいつだ?」


 俺の言葉に顔を青ざめさせたマトが慌ててPCを開く。


「……十四時……二分」

「くそっ、やられた!」

「ちょっと、どういうこと祐?」


 話についてこれない理乃がおろおろと訊ねる。


「思っていたよりも期限が短かったんだ。あと一時間で追いつくんじゃ、ギリギリで間に合わないかもしれないってことだ」

「そんな……」

「やっぱり、切り札を切るしかないか」


 俺は理乃の両肩を掴んで頭を下げた。


「理乃……頼む、マトを救ってくれ」

「へ? あたし?」


 理乃は自分の顔を指さして目をぱちくりさせた。


    *


『理乃チャンネルを見てるみんなー! 直前の告知でごめんねー!』


 PCのモニタには動画サイトが映し出されている。その中央にはアニメのコスプレのようなセーラー服を着た理乃がいた。


『今日はみんなにお願いがあります! 今日のゲリラライブは、下のリンクのページから見てください! そのページにはコインマイニングっていうプログラムが入ってるんだけれど、それを自分のところで動かしてもいいよ、て人はOKボタンを押してください! もちろん、押さなくてもライブは見られるけど、友達を助けるため、できればお願いしまぁす!』


 俺たちのすぐ横、コンピュータ部部室の一角では理乃がスマートフォンに向かって立っている。


――友達助けるってどういうこと?

――理乃たんも仮想通貨に手を出したか

――おおおおおお、理乃たん顔出し!


 さまざまなメッセージが動画の上を流れていく。

 俺が念のためにマトに依頼したのは、ブラウザで動くビターコインアプリだった。マトは利用者に無断で設置したことで逮捕された人がいるから、と言って、利用者に許可をとること、プログラムを動かさなくても動画が見られることを設置の条件とした。その結果、プログラムを動かす人は全体の五割程度にしかならなかった。だが、それでも踊り手として注目を集めていた理乃のライブ視聴者は二千人を超えた。「どうせいつかは出すんだから」と、はじめてその素顔をネットに公開したこともその視聴数を押し上げる原因になったようだ。


「速度比七.八……七.九……予想到達時刻まで二十分切りました!」


『じゃあ、リクエストあったらコメントしてね!』


 流れる汗にも構わず、理乃が声を張り上げた。

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