脱線ノート
myz
1.藤田和日郎先生のこと
というのも、このエッセイを始めるきっかけの話。
最近藤田和日郎先生の『読者ハ読ムナ(笑)』というマンガ創作論の本を読んだんです。
藤田和日郎先生というと『うしおととら』で少年マンガに金字塔をぶち建ててからいまも最前線で戦い続けている作家で、その藤田先生が自身の創作論を公開、となればファンのひとりとしては気にならないわけもなく、その存在を知ったわたしは軽率に入手してきました。
本書は藤田先生の仕事場に新しく入ったアシスタントに、先生が語りかけるという体裁で書かれていて、読者は新人アシスタントとして先生に創作論を説かれながら、今度はそれを元にネームを切っては編集者に見てもらってダメ出しを受けて、またその内容について先生からそれはねおまえこう受け取らなきゃならないぜ?とかアドバイスを受けてまたネームを切って編集者にダメ出しを受け、という遣り取りを交互に描いていく半分フィクション、でも、語られる先生の言葉は実際にスタッフに語り聞かせることを元にしているということで、仕事を続けながら長く考えてきた実感が篭っています。
とくに印象的だったのは、先生と仕事場のアシスタントたちでよくいっしょに映画を観る、という話。
そして、必ずみんなで感想を言い合う――それも、ぼくはこの映画のこういうところがこうだったから、それで好きです、っていうのをちゃんと言語化するのが大事、ということ。
これをする効能はいろいろあるのだけれど(お互いの趣味がより明確にわかって相互理解が深まるとか)、自分が何を好きなのか、ということを突き詰めることが作家の「個性」を形作る、という話に繋がってきて、わたしはウウムと唸る。
「個性」は外側から持ってこれるものではなくて、自分の内面を掘って掘って掘っていかないといけないんだ、と。それは一面、外からの借り物で間に合わすよりももっと辛く苦しい作業で、もしかしておれの中には価値のあるものなんてなにもないんじゃないか、と恐怖に苛まれることになる。でも、やるんだ、と。そのためには、自分がなにが好きなのか、はっきりと言語化すること。そうしたら、その「好き」はきみの「武器」になるし、それが「個性」なんだ、という話。
ここにきてわたしはぽろっと一枚目からウロコが落ちる。
そんでもって、困る。
……言語化……してこなかったなあ……。
振り返ってみても、いやー、ぼくはあの作品のああいうとこがこうだからあの作品が大好きでねえ、みたいに熱く語れる自信がない。
そういう作品はある。
ある、はずなんだけど、どれもわりとふわっとした感想しか言えない感じで、学生時代は結構な濫読家だったはずの読書も、あの本好きだったな、ってぼんやりした思い出だけ残って詳しいあらすじとか全然言えないことに愕然とするっていうか、すべては曖昧な記憶の渦に溶け込んでしまっている感じで、いまわたしはそっからおっかなびっくりそれっぽい言葉たちを汲み上げてはなんとか小説(らしきもの)を書いてる。
うーん……言語化……そういや読書感想文が苦手っていうか、嫌いで嫌いでしょうがなかったなあ……もう、わたしはこれが好きだから好きなの!それでいいじゃん!と癇癪起こしていた自分を思いだして、あー、言語化、言語化ねえ……そういう意味があったのか感想文、学校の先生がどこまで考えてたのか分かんないけど、と述懐する、わたし。
でも、まあ、もういまさらしょうがないので、いまからでもやってみるべ、言語化、ということで、このエッセイでは基本的にわたしが好きなものについてとりとめなくだべる感じです。よろしかったらおつきあいください。
よろしくおねがいします。
というわけで、好きなもの。流れで行くとこれはもう藤田作品について語るしかあるまい。と言ってもわたし、藤田作品の中で通読したのは『うしとら』だけという半可なファンなので必然的に『うしとら』の話になるんですけれど。
でもねえ、『うしとら』はほんとにどストライクだったの、世代的にも。
基本的に怖い話きらいなんですけど、なぜか読んでた。とくに怖かったのはアレ、霧のヤツ。霧の妖怪シュムナ。一見ただの霧にしか見えないんだけど、中に入った人間をあっという間に溶かして食ってしまうというやつ。あれの逃げ場のなさというか、どうやって対抗したらいいんだ、って感じがじみにトラウマで、車で走ってるとき霧が出たりするともろあれの状況思いだしてビクビクしてました。いまもちょっとなる。出てくる第9巻の表紙見るのも怖いからいやなレベルで怖かった。
そういえば表紙見るのも怖くていやだったっていうのがもうひとつあって『ジョジョ』の15巻。エボニーデビルの人形にホテルマンが顔面を輪切りにされるシーンが子供心に衝撃で、15巻は手に取るのも怖かったです。そういえば『ジョジョ』も怖い話ダメだって言いながらなぜか読んでたマンガで、まあ、たぶん『ジョジョ』はそのうちガッツリ語るのでいまは『うしとら』の話なんですけど、衾も怖かったな。あと山魚とか。
こう考えると逃げ場のないところで襲われるっていうのが精神的にクるのかもしれない。飛行機乗ってるときとか、列車に乗ってるときとか。今でも列車でトンネル入ると、お、山魚きたらヤバイな、って思うもの。
それで怖い怖い言いながらもなんで読んでたかって言うと、やっぱり話がべらぼーにおもしろかったからで、当時はそんなことまで考えてなかったと思うけど、『うしとら』って白面の者っていう最凶のラスボスとの戦いっていうのが縦軸にはあるわけだけど、一話一話のエピソードが単体で読切マンガにできるくらい完成度高くて、その話その話で登場するサブキャラたちもみんな地に足がついてるっていうか、呼吸して生きてる感じがする。そこにうしおととらのぶれないキャラクターがビッと話の軸を通してる。それで藤田先生、「泣かせる」っていうとちょっと陳腐になるけど、なんというかこう、胸をアツくさせる話づくりがとにかくうまくて、大人になると涙脆くなるから十郎の話とか顔からいろんな液体を垂れ流しながら読むよね。わたしはさとりの話が好きです。
さとりの話は飛行機事故でただひとり生存した男の子が、救助されるまで森の中で数週間にわたってひとりで生き延びていた、という不可解な状況から始まる。しかも、この男の子は事故の後遺症で目が見えなくなっていた。盲目の少年がひとりで森の中どうやって命を繋いだのか、という謎。少年から話を聞くと、森の中でおとうさんがいっしょにいてくれたという。しかし、少年の父親も事故で死亡している。じつは少年が父親だと思っていたのはさとりという人の心が読める妖怪で、少年を不憫に思って世話を焼いていたのだ。しかし、少年が救助され、目の手術を待つ間、さとりは凶行に走る。少年に合う眼球を患部に押し当てればそれが代わりとなってまた目が見えるようになるに違いない、という素朴な考えに憑りつかれたさとりは、夜な夜な人間を襲い、眼球を集めていた。ここに、さとりは主人公・潮と対立することになる――という筋書き。
さとりは人間に害意のない妖怪で、その行動もすべて少年のことを思ってのことという、だれも悪いやつがいないパターンのやつね。もう悲劇になるしかないのが最初からわかってる。でもそれを藤田先生は描き切る。描き切っちゃうんだよおー……。それで最後またうしおが泣くんだよ。今際の際に、目が良くなった少年が自分を見たら、お父さんって呼んでくれるだろうか、と問うさとりに、うしおはあたりまえだろ、と優しい嘘を吐く。満足して消えていく、さとり。でもうしおが泣くんだ。嘘吐きになっちまった、って、幼馴染の女の子に縋りついて、泣く。ここでわたしも泣いてる。顔からいろんな液が出るよね。
最近のテレビアニメ化では尺の都合で白面の者との戦いとの関りが薄いエピソードは泣く泣くカットされてたからさとりの話もなかったけど、そういう余剰というか、本筋に絡んでこない話ももれなくおもしろいからすごいとおもう(語彙力)
それとやっぱり絵がいいよね。
藤田先生の絵っていわゆるデッサンが整ってる系統の絵じゃなくて、だれが見てもこれはうまい、って絵じゃないんだけど、目が引き付けられずにはおれない引力というか、そういう力のある絵だと思う。『読者ハ読ムナ(笑)』の中でも絵に「情念を込める」という話が出てくるんだけど、まさしくだよね。「念」が篭ってる。デッサンとしてはおかしいかもしれないけど、説得力がある。狂気じみた笑みを描くときの目が三日月状になって、黒目までもその形に変形しちゃう表現とか、大好き。
あと、女性キャラになんとも言えない色気がある。やっぱりデッサンとしては狂ってるんだろうし、すごく極端なプロポーションなんだけど、なんともいえないなまめかしさがある。エロい、っていうとちょっと違う気がする。やっぱりなまめかしいっていうか、艶がある。これも「念」なんでしょうね。なまめかしくなれなまめかしくなれ、って「念」を感じる。わたしは設楽水乃緒さんが好きです。
ちなみに設楽さんというとまちがいなくわたしを褐色スキーにした大きな原因のひとつで後の部分はドラクエのマーニャとミネア姉妹とストリートファイターⅢのエレナです。
脱線したところで今回はこんなところで。
ありがとうございました。
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