後半20分過ぎ タッチライン際の攻防 記憶
宮国 克行(みやくに かつゆき)
第1話 ライン際の記憶
「ああっ!」
思わず声が出た。
手に持っている缶から、大粒のビールがいくつか漏れた。手の甲にそれがついて流れる。
それでも俺は、画面から目を離せなかった。
画面には、遠く異国のピッチが映っていた。芝生の濃い緑と薄い緑。それらが交互にフィールド全体を彩っている。そして、そのピッチには、濃紺のユニホームと派手な原色の色合いのユニフォームを着た選手たちが、激しく動き回り、時にはぶつかり合い、ボールを奪い合っていた。
「〝徹底的にサイドの主導権の取り合いですね〟」
テレビからアナウンサーの声が聞こえた。
確かに先ほどからボールは、ライン際を激しく動いている。
「〝両チームともサイド攻撃が得意ですからね。このライン際の主導権を握りたいはずです〟」
解説者が答えた。
確かに斜めからボールを中央に入れて、攻撃を展開する形が得意なチーム同士であることぐらいは把握していた。ゆえに、ライン際の攻防が激しくなるだろうとは、予想していたが、予想以上の激しさで、つい我を忘れて、画面に見入っていた。
「ああっ!もう少し中央から崩せばいいのに」
誰もいない八畳の部屋には、テレビからの声援以外の声はない。思わずつぶやいた独り言は、虚しく響くだけだ。それでも喋らずにはいられなかった。
「そこでパスミスするのか?!」
パスが通ればビックチャンスだった。
「もっとスペースに出せよ!」
思わず出た言葉だった。
――そうカッカするなよ
頭の中に声が響いた。聞き覚えのある声だ。
一気に頭の中に映像が広がる。
短髪が汗と動きの激しさで乱れていた。しかし、それもこの男の良さをいささかも損なってはいなかった。
声をかけたのは、我らがサッカー部のキャプテンで今、俺とマッチアップしている男だ。俺は、右のウィング。奴は、左のサイドバックだ。もちろん試合中だ。
――校内の球技大会だろ。これからプリンスリーグが始まるし、怪我でもしたらつまらないぞ
プリンスリーグは関東の高校サッカー部が参加する総当たりのサッカーリーグだ。俺たちの高校のサッカー部は、次の週末に大事な試合を控えていた。
「それでも俺は勝ちにこだわりたいね」
確かそういった記憶があった。いささか強い口調で言ったはずだ。
あいつは何も言わず、困ったように笑っただけだった。
チラリと、観客のほうを眺めた。
ひとりの女生徒に目がとまる。
両手を組み合わせて、祈るようなポーズをしてこちらを見ていた。違う。見ているのは、奴のことだけだった。
「負けられないね。この試合」
俺は、ポジションに戻りながらそう呟いた。
それから、いくつか自陣、敵陣で攻防をくり返した。
どちらも決定的な場面は作らせなかった。
後半の20分過ぎたころだったと思う。
俺のチームの左側から斜めに出したパスが中央の選手の肩に当たり、俺の前のスペースに偶然、転がった。
一歩、俺のほうがそのボールに早く反応した。遅れて奴も追ってきた。半身以上、俺のがボールに近い。
全速力でボールを追う。追いついた。その勢いのままドリブルに移る。
奴も進ませまいと身体を当ててデフェンスする。腕を使って激しく攻防する。もつれ合いながら、ペナルティーエリア内に侵入する。
観衆からの声援がいちだんと大きくなった。
シュートかパスか。前方を確認する。ディフェンダーが戻ってきてる。キーパーもコースを切ってる。ゴール中央に味方が走り込んでくる。視界に奴の足が入り込んできた。
「くそっ!」
足を小さく振り抜いた。同時に衝撃が身体全体を覆った。
「〝ゴーーーーーール!!!〟」
アナウンサーの絶叫で我に返った。
画面では、濃紺のユニフォームを着た選手たちが喜びを爆発させている。ビブスをつけた控えの選手たちも加わって、抱き合っていた。
「〝いやぁ。素晴らしい崩しでしたね。サイドからえぐって完璧な崩しでした〟」
解説者が興奮気味に話している。
続いて画面にリプレイが流れた。
濃紺のユニフォームの選手がサイドからドリブルで侵入し、デフェンスを引き連れ転びながらも、ゴール前の味方にパス。それを、パスを受けた選手が冷静にゴール右隅に決めた。
繰り返し今のプレイが画面上に映し出された。
俺は、立ち上がって、テレビから背を向けた。
咳払いをした。
胸の奥が苦しかった。
咳払いをすればとれるかと思った。とれなかった。
「くそっ!」
脳裏に彼女が笑顔で奴に話しかけている場面が鮮明に甦る。
放課後、笑顔で話し合っている二人のたたずまいは、何者も寄せ付けないものだった。
「お似合いだったよなぁ。あの二人」
ポツリと言った。
手に持つビールをあおる。
ビールはいつも以上に苦く感じた。
テレビから流れる声援が少しだけ身に染みた。
了
後半20分過ぎ タッチライン際の攻防 記憶 宮国 克行(みやくに かつゆき) @tokinao-asumi
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