第104話 忘れられない惨劇

「クルス君……逃げて……!」


 先生はそう言うと青白い肌のオークに胸を大ナタで斬られた。素人が見ても致命傷だろう。

 ついさっきまで外で遊んでいたチビ共もそのオークが連れていたゾンビやスケルトンに殺されて、今では彼ら同様に不死者アンデッドとなってうつろな目をして立っている。

 ようやく脳みその処理が追いつくと俺は教会の先生の部屋へと全速力で駆け、クローゼットに身を隠す。




 しばらくして……

『かつて先生だった別の何か』や『かつてチビ達だった別の何か』達が一斉に俺の事を、俺が隠れているクローゼットを見る。

 見つかったのだろう。彼らを率いるリーダーが俺に向かって言う。


「小僧。そこに隠れているのは分かってる。出てこい」


 扉の隙間から声の主を見ると肌が血の気のない青白く、左目に大きな傷を受けて潰れているハゲ頭のオークがどっかりと腰を下ろして待っている。

 間違いない。ここを出たら殺される。俺はガタガタと震えながらクローゼットの中に隠れ続けた。


 そいつが居座ったのは15分ほどだったらしいが俺にとっては丸一日以上にも感じられた長い長いものだった。

 恐怖で失禁するのはまだまだ序の口。あまりの緊張で胃がやられ中は空っぽなのに吐き気をもよおし、胃が裏返るのではないかと思うくらいに胃液を吐いた。

 永遠に続くと思っていた拷問のようは時間は別の男がやってきたことで終った。


「ヴェイク! 何をやってる!」


 やたらとでかい鉄の塊みたいな大剣を背負った、オーク同様に肌が青白い大男が怒鳴りながらやってきた。


「遊んでる時間は無いぞ。さっさと来い」

「申し訳ありませんデューク様。今参ります」


 オークは男について行ってその場から去る。それについていくように元先生や元チビ達も去っていく。

 助かった……あれほど心の底から命拾いをしたという思い出は無い。緊張が途切れたせいで腰が抜けて立てなくなり、

 助かったという嬉しさと先生やチビたちが死んだという悲しみとが混ざり合って涙と鼻水がせきを切ったかのようにドバッとあふれボロボロと流れ出した。




「ハッ!」


 気づいた時には、俺は自分の部屋にいた。隣にはすでに起きていたアッシュが心配そうに俺を見つめる。

 ぐっしょりと酷い寝汗をかいていて、寝間着がじんわりとれていた。


「夢……か……」

「どうしたのクルス? ずいぶんとうなされていたようだけど大丈夫?」

「あ、ああ。昔の夢を見てたんだ。気にするな」


 そう言って寝間着から普段着へと着替える。


「……ここに来て4年か」


 この4年間はいろいろあった。まず軍隊に入って想像以上のシゴキにあったこと。今の母さんであるメリルの誘いで養子となり血縁こそないものの一国の第一王子になったこと。

 何度か実戦に出て戦いの経験を積んだこと。そして、アッシュと出会い結婚したこと。

 今の俺はデュークとかいう男が来なければただ殺されるのを待つだけだった弱い子供じゃない。

 復讐のために力を蓄えた4年間は、無力な少年だった俺を立派な軍の兵士へと変えるには十分な年月だった。


「今日も訓練だ。行ってくる」

「行ってらっしゃい、クルス」


 そう言って俺は、またいつものように軍隊での訓練を受けるのだった。




【次回予告】

ついに対『渇き』用の決戦兵器、ヴァジュラの胴体部分が完成した。


第105話 「ヴァジュラ 試乗」

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