第88話 つかの間の休息

「な、なぁ。俺が付けたアッシュって名前嫌いか? 髪の毛の色から採ったけどやっぱり男みたいな名前でおかしくないか?」

「大丈夫。クルス君からもらった大切な名前だから」


 ドッペルゲンガーの少女はその灰色の髪の毛から採ってクルスに「アッシュ」という名前をつけてもらった。

 彼女は物心ついた時には両親はおらず、人と会う時には常に変身していたので自分から名前を名乗る必要はなかったのである。


 仲睦なかむつまじく腕を組んで街中を歩いていると、とある料理屋が看板を出していた。

 看板にはスプーンとフォークを両手に持って舌なめずりするように横に舌を出したエルフの女性のイラストが描かれていた。

 シューヴァルには片手で数えるほどしか行ったことがないクルスは初めて見る物だ。


「何だこれ?」

「これはエルフ料理を出すお店の意味よ。エルフ向けに肉、魚、卵、乳を使わないお料理を出せるお店のマークなんだって」

「へー、色々知ってるなお前は。じゃあ昼飯はここにしようぜ」


 ダイニングバー、この世界でいう「月光」という意味の店へと入っていった。


「いらっしゃいませ」


 出迎えるのはよその国では珍しいが、この国ではありふれているダークエルフ。彼らがおいしい料理を食べたいと思い、「無ければ作ってしまえ」という精神で作ったのがこの店である。


「今日のメニューは……『シイタケとマッシュルームのパスタ 大豆のクリームソースを添えて』か。ずいぶん長ったらしくて仰々しい名前だな。まぁいいか、それを2人前頼む」

「かしこまりました……ふふっ」

「何か嬉しそうだな。最近いいことでもあったのか?」

「最近も何も、先日閣下とメリル様がご来店なされたのよ」

「ええ!? オヤジと母さんが!?」

「ええ。その際メニューをご覧になった閣下は、クルス様がさっきおっしゃった事と全く同じことを言ったのよ。『ずいぶん長ったらしくて仰々しい名前だな』って。

 血はつながってはいないそうですけど、やっぱり親子は似るものですね」


 給仕はそう言ってクスリと笑いつつ厨房へと向かっていった。




 2人が店を出ると、偶然辺りを視察していたマコトと出会った。


「よぉクルス、お前も昼飯か?」


 マコトは持参した弁当で昼食をとっていた。


「へぇ。母さんからの文字通り愛妻弁当ってやつか……って、げ。ウメボシ入りライスボールおにぎりかよ」

「何だ? クルス。梅干し嫌いか?」

「嫌いだよ。やたら塩辛くて酸っぱいじゃねえか。陣中食で出た時は最悪な気分になるぜ?」

「それが良いんじゃねえか。今はお前子供だけど大人になりゃ違ってくるさ。俺も子供のころ嫌いだった食い物も大人になったらいつの間にか食えるようになったさ。ピーマンとかな」


 梅干しは保存が利くことや抗菌作用、さらには疲労回復効果があるため、特に米が広まっている地域では陣中食として欠かせない。

 ただ非常に酸っぱいというクセがあり、兵士たちからは嫌われているのだが。




「この国の王は慈悲深いお方ですなぁ。何せかまどにかける税金が安いから俺たち庶民でも焼きたてのパンやアツアツのスープが食える! 良いことじゃねえか。

 俺の故郷なんてお偉いさんは指定されたかまどしか使わせない上に使用料を取っていたからなぁ」


 マコトは酒場「剣と盾」で庶民の噂話を聞いていた。外へ出ると辺りは夕方、各家庭では夕食の準備が始まっていた。

 かまどから伸びる煙突からは焼き立てのパンの香りがただよってくる。


 地球の中世では領主はかまどの使用料を取るために、指定したかまど以外でパンを焼けないようにしたりと色々とセコい事をやっていたらしい。

 マコトの国であるハシバ国では住居1軒あたりのかまどの数に応じて税金を取っているが、かまどが1基だけの場合は周辺国と比べれば安くなるようにしている。(その分かまどの数が多くなれば税金はより多くかかる様になっている)

 庶民でも焼き立てのパンが食べられるように、という配慮である。自分のやったことは正しい。と胸をなでおろした。




「お、晩メシはパエリアか」

「うん。エビとか魚に貝が安く手に入ったからね」


 メリルが持つフライパンからはいい匂いが漂ってくる。

 専用の鍋を使ってはいないため一説には「一番うまい」とされるおこげが無いし本格的ではないものの、家庭料理としてふるまう分には十分な出来だ。


「ごはんーごはんー」

「お、ケンイチ。現れやがったな」


 ケンイチは順調に成長し、一人で食事が取れる位には成長した。つい最近までスプーンやフォークを危なげな感じで扱っていたと思ったのにかなりの成長の速さだ。


「さて祈るか」

「ええ。万色の神よ、そして獣の神よ。我らに日々の糧を下さることに感謝し、私達の心と身体を支える糧としてください。いただきます」

「「「いただきます」」」


 マコトは万色の神に食前の祈りを捧げる。この世界に来て何年もたつのですっかり慣れていた。

 ……でかい問題はあるのだがとりあえず今は家族とのだんらんを楽しもう。

 そう思いながらメリルが作ったパエリアを食べ始めた。




【次回予告】

日常とは得てして退屈なものだ。

日常で日々の糧が得られるようになると、刺激やスリルのあるスパイスを求めるものだ。


第89話 「ギャンブル」

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