第21話 裏切り 前編
暑さも引き始め、セミの鳴き声もコオロギの物に変わり、収穫の季節がやってきた。マコトの国、ハシバ国は人口も少なく、資金力も小さいため大した祭りは行えなかったが、それでも住民には満足できる最低限度のものは用意できた。
民からの収穫物を前に貯蓄、および都市国家シューヴァルへの販売と書き入れ時を迎え、マコトとディオールは半ばムリヤリ動員したジェイクと共に経理業務に追われる日々を送っていた。
そんな中、久々に彼がハシバ国に顔を出した。
「アイゼルさん、久しぶりですね」
この国に初めてやってきた行商人、アイゼルはずいぶん長い間姿を見せなかったのでポックリ逝った疑惑すら流れていたそうだ。
相変わらず元気そうな顔を見れて一応は知り合いであるシュネーはほっとする。
「ああ、最近ミサワ国やランカ国で急に武器や鉄鉱石、それに食糧の値段が上がったんでそっちで商売してた」
「え?」
紅い髪と年齢以上に大人びて見える顔立ちを持つ薔薇の騎士団副団長、シュネーが反応する。
「その話、詳しく聞かせてくれませんか?」
「閣下。ミサワ国とランカ国両国で食料と武器、および鉄鉱石の値段が急に上がっているとの事です」
「何だと? ディオール、シュネー、ミサワ国とランカ国にいる内偵達に連絡しろ。何があったのか話を聞かせてほしい。特に募兵に関して詳しく聞いてくれ」
「かしこまりました」
「ハッ。承知しました」
マコトは指示を出す。予想が外れてくれればいい、と思いながら。
数日後……
「やはり、か」
内偵達からの報告書を読み、マコトは苦い顔をする。
武器やその原料である鉄鉱石、それに食糧を大量に購入し、募兵も行う。すなわち戦争の準備だ。だがアレンシア国を討つわけではない。
アレンシア国はマコトが所属するミサワ国とランカ国、そしてハシバ国の同盟国3ヵ国の力を結集したとしても勝てるかどうかは分からない強敵だし、そもそもあそこと戦うのなら3ヵ国の連合軍を結成するため連絡をよこすはずだ。
となると戦火を交えるのはミサワ国ともランカ国とも国境が近い、なおかつ手の内もある程度分かるマコトの国であるハシバ国の可能性が高い。無謀な賭けをするよりかは確実に勝てる相手を選んで戦うに決まってる。
「ディオール、傭兵を雇うよう手配してくれ。あと募兵の準備もだ」
「かしこまりました」
「何だい何だいマコトさんよぉ、聞いたぜ? 同盟国同士で
「だからだよ。脅威があるからこそ、それに抵抗しようと勢力拡大を図るものなのさ」
「ハァーア。お偉いさん方の考えてる事は相変わらず分かんねえなぁ」
「分からなくて結構。お前は引き続いて魔物の中で移住希望者を集めてくれ」
「へいへい分かりましたよ」
偶然居合わせたターバン頭のジェイクは頭を抱え込んだ。また戦争が始まるのか、と。
ハシバ国内においては裏作のジャガイモなどの植え付けが終わり、
「閣下! シューヴァル付近に敵軍を確認! ミサワ国とランカ国の連合軍、その数およそ700!」
「そうか。ディオール、兵の準備は?」
「問題ございません。すべて手はずどおりになっております」
「分かった。応戦するぞ!」
ミサワ国とランカ国の合同軍はミサワ国王を総大将、ランカ国王を副大将に据え、ハシバ国城壁とはある程度距離を取った場所に陣を構えた。
「よう、調子はどうだい?」
「ああ、順調だ。偵察兵の報告によると木製の城壁に守備兵は200もいないそうだ。すぐに落ちるだろうよ」
ミサワ国とランカ国の王は両者とも早くも勝ち戦だと思って調子に乗った態度をしている。3倍以上の兵力差ともなると当然と言えば当然だと思うだろうが。
そこへ伝令兵が割って入る。彼はマコトへの降伏勧告を送ったその返信を持っていた。
「閣下、ハシバ国のマコトからのメッセージをお伝えします。
『貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ』との事です。ずいぶんと舐めた事を言っていますがいかがいたしましょうか?」
「何だとお!?」
「ふ、ふ、ふざけやがって!」
明らかに挑発するようなメッセージを送ってきたマコトに対し、ミサワ国とランカ国の王は激怒した。
「全軍進撃! 奴を討ち取れ!」
王の号令の元、兵士たちがハシバ国を守る城壁へと襲い掛かる!
進軍してきたミサワ国とランカ国の連合軍に100名ほどのマコトが指揮を執る弓兵隊が城壁の上からクロスボウや普通の弓から矢を射かける。矢は敵の歩兵の胸や腹を射抜く。
パタパタと兵が倒れていくが勢いが衰えることは無い。お返しと言わんばかりに敵の弓兵たちが城壁の上に陣取るマコト達に矢を放つ。
「ぐわっ!」
「あ、あぐっ」
「うぐっ」
敵兵の矢を浴びて兵士たちが倒れていく。
マコトはさっきまで話をしていた兵士たちが目の前で物言わぬ
「怯むな! 矢を放て!」
マコトは兵士たちの怯えをかき消すように大声を張り上げて命令を飛ばす。城壁の上からマコトの軍勢が矢を射かけるが、いかんせん守る側に対し攻める側が多い。
敵軍の包囲網が迫り、破城鎚は門を力強く叩く。攻城はしごが次々とかかり兵士たちが登っていく。勝敗は決したかに見えた。
周りの雑踏で気づきにくかったがランカ国の将は感じていた。周りが静かすぎる……。
秋が深まってきたというのにコオロギの鳴き声一つ聞こえない。それがどういう意味か頭では理解できていなかったが身体が発する直感、あるいは第6感とでも言うべき物が何かがおかしいことを告げていた。
「閣下。ここまですんなりいくのは何かおかしいかもしれません。嫌な予感がするんです」
「フン。相手が予想以上に弱かったってだけだろ? 例え罠だったとしても大した傷にはなるまい。このまま城門をこじ開けろ!」
城壁の上からマコトは戦場を眺めていた。門の前に敵兵の大半が集まっている。はた目から見ればマコトの命は風前の灯のように見えた。
「うまくいったな」
だが彼はぼそり呟く。そこには断頭台でまさに命を刈り取られる直前の死刑囚みたいな怯えは一切無かった。
逆だ。
自らの勝利を確信した勝者の安堵があった。
「合図を!」
そう言って兵に指示を出す。言われた者は厚紙で出来た筒を地面に置き、導火線に火をつける。「ドォン!」という轟音と共に空に赤い煙が漂った。
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