第50話 その後の事

【顕如の日記】


天正十二年一月一日


 岸和田と根来雑賀の大戦は、昼前にすべて終わってしまった。逃げ延びてきた一揆衆は、大蛸おおだこに乗った法師に蹴散らされたと語っているそうだが、馬鹿馬鹿しい、夢でも見たのだろうか。


 しかし怪我人は多数出たものの、死人は思ったほど出なかったというのだから、何があったにせよ良い事だろう。ただ卜半斎によれば、一揆衆の逃げた後に伴天連の死体があったという事だ。伴天連が一揆に加わっていたのだろうか。それとも



「聞いておられますか、顕如さま」


 はいはい聞いていますよ、と背中で答えながら、顕如は書き物から目を離さずにいた。卜半斎は続ける。


「戦は一旦終わりました。しかし、根来雑賀の一揆勢はまた明日にも攻めて参りましょう。対する秀吉公の側からも、いずれ本願寺に要請が参りましょう。すべて知らぬ顔はできますまい。ここは腹のくくり時でありますぞ」


 その言葉に顕如は筆を止めた。


「つまり紀州を見捨てて大坂に尾を振れと」


 さすが、この時代のトップエリートである。一を聞いて十を知る。


「それもまた、一つの答にございます」


 卜半斎は否定しない。顕如はひとつ、ため息をついた。


「まったく、嫌な時代ですね」

「しかしなればこそ、あなたさまのような方が居てくださらなくては困るのです。お気張りくださいませ」


 はいはい気張りますよ、と背中で答えながら、顕如はまた書き物を始めた。

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