第八章 天正十一年十二月二十六日
第28話 計画
未明の土橋屋敷。灯りのない廊下を音もなく歩く。まだ左手の傷が疼くが、目を覚ますには丁度良い。
重治の
「
襖の向こうから声がした。
「入れ」
襖を静かに引き開ける。また酒のニオイ。そんなに酒が好きなのか、それとも酒で何かをごまかしているのか。ロウソクの火がチラチラと揺れる向こうに、土橋重治が徳利と盃を持って座っている。その目がギラギラと輝いているように見えた。
「おまえさんの申し出を受けてもいい」
部屋に入った竜胆が後ろ手に襖を閉めると同時に、重治はそう言った。竜胆は静かにうなずく。
「家康公に従われますか」
重治は盃の酒を舐めるように飲む。
「勘違いをするな。従いはしない。だが大坂城は落とそう。羽柴は雑賀にとって
「ただし?」
「条件がある」
竜胆の口元が緩む。それは想定内の言葉であった。
「条件というのは
重治は盃に酒をついだ。余裕のある振りをしているのか、それとも。一呼吸置いて重治は竜胆をにらみつけた。
「見くびるな。己の利のために、尻尾を振るような真似はせん」
「ほう、では何をお望みですか」
「岸和田が邪魔だ」
竜胆の口元が少し締まった。重治は続けた。
「徳川と羽柴との戦が春になるなら、この冬の間に準備を始めねばならぬ。ならばまず、岸和田城を落として中村一氏の首を取らねばなるまい。あれは生かしておいては厄介な男だ。だが大坂を狙う片手間に潰せる相手ではない。我らの総力をもって落とさねばならぬ。その兵糧弾薬を頼めるというのなら、春の戦も引き受けよう」
重治の思った以上の慎重さに、竜胆は驚いていた。悪く言えば臆病な、天下に覇を
「兵糧弾薬の件、引き受けましてございます。必ずや家康公の了承を取り付けて参りましょう。それでは他の雑賀の皆様につきましては」
「仔細ない。我が話を通す。雑賀荘、十ヶ郷、中郷、宮郷、南郷。何処も今は田も畑もない時期だ。五組で八千は出せよう」
「お寺の皆様の側には」
「根来の
「その点はお任せを。して、岸和田攻めはいつになりましょうや」
「早ければ早いほど良い。兵糧弾薬がすぐ手に入るのなら、年明け元日からでも攻められるが」
重治はさっきから盃に口をつけていない。戦の計画に心奪われているのだ。竜胆は大きくうなずいた。
「ならば兵糧弾薬は、元日に間に合わせるように致しましょう。土橋さまも、そのおつもりでご準備ください」
「相わかった。すぐ準備に入ろう」
重治がそう告げたとき、竜胆の背後の襖が静かに開いて行った。誰も襖には触れていない。向こう側に誰かいるのだ。音もなく立ち上がると、竜胆は摺り足で後退し、廊下へと出た。襖が閉じて行く。そして襖の動きがピタリと止まったとき、襖の向こうに闇が
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