エピローグ 家族ノカタチ

 さて、回想はここまでだ。俺とあきらはあの後色々あっったんだけど、長くなるからそこは省略する。


 そうだな、ダイジェストで言うと、妹が生まれる。あきらは自分を要らない子だと思い込んで家出する。俺が必死で探して連れ帰る。


「だってわたしだけ血がつながってないし」


「そんなこと言ったらお父さんとお母さんも血は繋がってないだろうが!」


「でも、結婚してるから」


「じゃあ、あきらもそうすればいい!」


 このとき俺は必死過ぎて何を言っているのか理解していなかった。だからあきらが顔を真っ赤にして黙り込んでいるのがなぜかわかっていなかったんだ。


「わかったよ。これからもよろしくね?」


「当り前だ! お前は俺が守る!」




 ちなみに、家に帰ってからお父さんに突っ込まれてその意味を悟ったが、言ったことには責任取らないとなって感じだった。




 後日それについてもあきらに怒られた。


「責任取るために結婚するの? わたしのことは好きじゃないの?」


 まあ、そのセリフをが出てきた時点で、最初に出会ってから7年目だった。要するに思春期真っ盛りで、きれいな女の子には目が行くし。


 そしてあきらは街を歩いたら10人のうち15人くらいが振り返りそうな美少女に成長していた。


 さらに事あるごとに俺にくっついてくるし、けどお兄ちゃん呼びだしといろいろと悶々とさせられていた。


 この時点で、小学生だった実の妹にもこう言われた。


「お兄のへたれー、ぽんこつー」


 で、冒頭のセリフになるわけだ。なんつーかもう、俺もあきらのことが大好きで、それが身内としてなのかそれとも一人の「女の子」としてなのかがわからなくていろいろと考え込んでいた。


 けどそれはあきらも一緒だったわけで、好きな女の子にそこまで言わせてしまったことに対する妹の評価だったわけで。


 とりあえず、両親に確認したら保護者としての養子縁組だから結婚できるって言われてすごくほっとした。特別養子だったら実の兄弟と同じ扱いになるし、いろいろと手続きが面倒だった、らしい。




「まあ、こうなるってわかってたしねー」


「へ? どういうこと?」


 お母さんは普段の表情からは想像もつかないくらいニヤニヤとした笑みを浮かべてこう言った。


「そりゃあ、ねえ。殺されるって時に身を挺してかばわれて、さらに守るって言われたら、ねえ」


「うん、そりゃ惚れるわ」


 妹にも言われた。というかこいつ小学校上がったばっかだぞ?


 そしてこっそり相談していたはずなのにどっから入ってきた妹よ。んで、背中にふわりとした感触。


「……と、言うことなのです。わたしもうお兄ちゃんしか好きになれないから、よろしくね?」


 なんだろ、普段から見慣れてるはずの笑顔がすごく眩しくて、俺も顔を真っ赤にしてしまった。


「ああ、ずっと一緒にいよう。……俺も好きだ」


 というか親の前なんだが、なあ。今更か。




「いい、妹ちゃん。あれが落としに行くときの笑顔よ? 覚えておきなさい」


「うん、べんきょうになった。今度やってみる!」


「だめよ。それは一生に一度の相手って思った時だけ。わかった?」


「うん、わかった!」




 なんか後ろで不穏な会話をしている連中がいるが、気にしないことにした。とりあえず背中から抱き着いてきているあきらに一度離れてもらって、真正面から抱きとめる。


「「ひゅーーー! あっついねえ!!」」


 なんかからかわれてるし、間違いなく顔真っ赤だろうけど気にしないことにした。あきらも耳が真っ赤だけど俺にしがみついてくる腕の力は緩まない。


「あ、子供は就職してからね?」


 お母さんの落としてくる爆弾に二人そろって撃沈したのは、まあ若かったからだろう。




 で、現在。あきらは俺の子供のお母さんをやっている。妹はあのへんてこな会話のあと、同級生の男の子を陥落させた。小学校低学年に関わらず。


 数日後、お友達を連れてきたと思ったら「彼氏です!」と紹介してくれやがって、お父さんが飲んだくれて酔いつぶれた。


 で、そのまま婚約に至ったんだからわが妹ながらよくやると思う。




「ぱぱー」


 ソファーに寝転んでいた俺のところに息子がやってきた。


「ん、どうした息子よ」


「ままがお腹痛いって?」


 その一言にがばっと起き上がるとあきらのところに走る。


「大丈夫か?!」


「うん、来たみたい。打ち合わせ通りにお願い」


「わかった!」


 俺は前から準備していたバッグを手に取るとまずはタクシー会社に電話する。


「あ、すいません、うちのが、そうです。大至急でお願いできますか?」


 了解の返事をもらってすぐに電話を切る。


 再び電話をかける。


「あ、母さん? うん、そうなんだ。だから息子をお願い」


「おー、わかったよ。さすが二回目だと落ち着いてるねー」


「俺がおたおたしてたら行かんでしょ」


「ふふ、成長したねえ。親って子供に成長させてもらうんだね」


「ああ、そうだね。ってことで、あきらを病院に送ったら連れて行くから」


「いえいえ、わたしも病院に行くから」


「そう? わかった」




 そしてタクシーがうちにやってきて、あきらと、息子を連れて乗り込む。行き先は病院だ。


 病院にもあらかじめ連絡してあったのでスムーズに話が通り、ストレッチャーに乗せられたあきらを見送って扉が閉まるところまで見送った。


「じゃあお兄ちゃん、行ってくるね」


「ああ、頑張ってこい」


 お兄ちゃん呼びに看護師さんがえっ? ってなるがもう何度もあったし気にしないことにした。複雑なんですよってことで。


「ぱぱ、ままだいじょうぶ? すごくくるしそう」


「ああ、大丈夫だよ」


 息子の前では動揺できない。けど掌に爪が食い込むほど強く手を握り締めていた。




 結果から言えばものすごい安産だった。球のような女の子で、駆け付けた両親に妹とその彼氏は目を潤ませている。


 大丈夫と言われても出産は命がけで、子供も大事だが嫁さんも大事である。こんなとき何もできない自分の無力さに歯噛みするが、世の親は皆こうやって子供を授かっている。


 すやすやと眠る娘は未だクシャっとした顔で、目も開いてない。けどどことなくあきらの面影がある、ような気がする。


 そしていつかほかの男のところに行くと思うとすごく暗澹とした気持ちになった。


「やっとお前も俺の気持ちが分かったか」


 父さんにそう言われたときは思わずガシッと抱き合ってしまった。




 あきらはあの日、一生分の不幸を味わったと言っていた。だから俺はこいつを幸せにしたいと思っていた。けどこう言われて自分の傲慢さと無力さに気付かされた。


「幸せに「してもらう」んじゃないよ。「いっしょになる」んだよ?」


 ああ、こいつは強い。俺なんかよりずっと。けどその強さの源は俺なんだって。いつか守ってもらったから今度は自分の番なんだって。


 で、俺には守るべきものがまた一つ増えた。重荷と言えばそうなんだけど今はただそれが心地よい。


 だって一人で背負っているんじゃなくて二人で分かち合うんだから。




 家族のいなかった少女はこうして家族を見つけた。あの日、俺に声をかけるとき一生分の勇気を振り絞ったらしい。


 一歩を踏み出してよかった、そう言ってくれた。


 だからずっと歩いて行こう。一緒に。家族で。

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