ウチのお兄ちゃんはまだぬいぐるみを抱えて眠ってます

ゴッドさん

第1話 ハワドを抱く男

 ウチのお兄ちゃんはどこかおかしい。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「どうした妹よ」

「ちょっと気になることがあるんだけど……」


 大学生で、実家暮らし。中肉中背。髪の毛はボサボサ。

 ここだけならまだ普通の青年だ。


 問題は、その先――。


「お兄ちゃんってさぁ……」

「何だ?」

「いつまでぬいぐるみと寝ているの?」


 他の人と大きく違うのは、お兄ちゃんは二十歳を過ぎても未だにぬいぐるみを抱えて眠っていることだ。まるでそのぬいぐるみが本当の母親であるかのように頬を擦り、まるで自分の子どもであるかのように丁重に手入れする。


 別に、ぬいぐるみと眠ることが悪いとは言わない。

 だけど、ウチのお兄ちゃんは特殊過ぎると思う。


「ちょっとコンビニ行ってくる」

「え、ぬいぐるみを持ったまま行くの?」

「何か問題あるか?」


 眠るときだけ抱くならまだマシな方だ。

 お兄ちゃんは食事をするときも、テレビを見るときも、ハミガキするときも、常にぬいぐるみを連れている。


 大学卒業近い青年が常にぬいぐるみを抱えているなんて、世間では珍しい光景だろう。しかも外にまで連れ出すのだから、見ているこちらも気が気でない。


「俺はハワドと一生過ごすつもりだ」

「そ、そう……」


 ぬいぐるみの名前は『ハワド』。

 耳の垂れたイヌのぬいぐるみだ。


 二頭身で短足。

 フェルトでできた円らな黒い瞳。

 胸の赤いリボン。

 テディベアによく見られる、座っているような体型のヤツだ。


 お兄ちゃんはこの体型のぬいぐるみのことを勝手に『ハワド系』と呼んでいる。

 この言葉の使用例を挙げておくと、玩具屋で棚に並ぶぬいぐるみを見かけたとき、お兄ちゃんは「こいつもハワド系だな」と呟く、などがある。


「俺が死んだら、ハワドも一緒に棺桶へ入れてくれ」

「お、覚えていたら入れてあげるよ……」


 お兄ちゃんは多分ふざけているわけではない。ハワドに関する質問をすると、いつもお兄ちゃんは真面目な表情で答えるからだ。


「あのさ、お兄ちゃん」

「どうした妹よ」

「お兄ちゃんみたいに人形を抱えながら外出する大人って、珍しいと思うんだけど……」

「それがどうしたんだ、妹よ。他所よそは他所。ウチはウチだ。周囲の目を気にしてばかりだと、将来大成しないぞ。お前は自分の好きなスタイルを真っ直ぐ貫きなさい」


 そうかもしれないんだけどさ、ちょっとは気にしてよ!


 この話は、そんなハワドと真剣に向き合う兄の姿を描いた日記である。

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