第41話

 子供2人の成長を目の当たりにして、胡桃クルミ京子キョウコはハンカチで目元を拭った。

 加狩カガリ弘至ヒロシは顔を背けて鼻をすすっている。


「歳をとると涙腺が緩くなっていけないねぇ」

「はい……」

 胡桃クルミ京子キョウコがポツリと呟いた言葉に同意する加狩カガリ弘至ヒロシ

 コホンとワザとらしく1つ咳払いして気を取り直した。

「じゃあ、武器作成は津下ツゲくんにお願いしようかな」

 そう弘至ヒロシが告げると、真輔シンスケはコックリと頷いて立ち上がった。

「後遺症はなさそうだねぇ」

 懐にハンカチをしまいつつ、真輔シンスケを笑顔で見上げる京子キョウコ

「何の薬かは分かりませんが、さほど強いものではなかったのかもしれませんね」

 同じく真輔シンスケを見上げながら、中邑ナカムラ眞子マコは頷いた。


「それじゃあ改めて。全員揃ったところで、作戦でも練りますかね」

 佇まいを直し、京子キョウコが真剣な声でそう告げると、全員が円陣を組んで座り、お互いの顔を見合った。

「でもどこから……?」

 四葉ヨツハが首を傾げて尋ねると、目を真っ赤に腫らした李子リコが強い眼差しで口を開く。

「勝つには、まず敵を知りおのれを知ること」

 その言葉に、姉の眞子マコがギョッとした。

 京子キョウコはニヤリと笑う。

「孫子の兵法だね。『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』か」

「どこでそんな言葉を……」

「週刊プロレス」

 眞子マコと同じように驚く四葉ヨツハに、彼女の顔を見ながら李子リコは笑った。


中邑ナカムラさんの言う通りですね。作戦を立てるには、まず我々に何が出来て何が出来ないのか、戦力としてどうなのかを把握して、敵はどんなタイプでどう対応したらいいかを考えましょう」

 そう言いつつ、弘至ヒロシの脳裏には憎らしいタカの歪んだ笑顔が浮かんだ。

「誰か武道の心得は?」

 刀義トウギが周りの人間の顔を見回しながら尋ねる。

 おずおずと手を挙げたのは弘至ヒロシだった。

「大学まで柔道やってました。……強くはなかったけど」

 全国大会を目指した事もあったが、太れず身体も大きくない弘至ヒロシは、その夢を途中で捨てて教師になる道を選んだのだ。

 そして、その知識を使って今は柔術整体師の資格の勉強もしている。

 少し考えてからひょいっと手を挙げたのは意外な人物──胡桃クルミ京子キョウコだ。

「今健康の為に合気道の地域レッスンを受けてるよ。実践した事はないけどね。素人に毛が生えた程度サ」

 肩をすくめて彼女は笑う。

「私達は柔道の授業受けてるけど……私はチビ過ぎて投げられっぱなし。津下ツゲくんは?」

 李子リコ真輔シンスケの顔を見るが、彼は申し訳なさそうな顔をする。といっても、あまり表情は動いてないが。

「俺、運動ダメで……」

 運動は苦手という意識が働いて、授業は真剣に受けてはいたが身にはついていなかった。

「私も……微妙。受け身もうまく出来ないな」

 四葉ヨツハも眉毛を下げて申し訳なさそうにした。

 唯一何も発言していない眞子マコに全員の視線が集まる。

「え……や、無理よ。むしろ運動不足」

 視線を払いのけるかのように、眞子マコは慌てて手を振った。


「そうなりますと、唯一戦えそうなのは私と加狩カガリ先生のみ。しかし、あの女性と迷彩服の男と対峙するには力不足といったところでしょうか」

 刀義トウギがそう発言した時、弘至ヒロシが眉間に皺を寄せる。

「……俺は、あの痩せた男と戦いたい。鈴蘭スズランを……取り戻したい」

 膝に置いた手を、爪が掌に食い込むほど強く握りしめた。

 それを見て京子キョウコが片眉と口角を上げる。

「私もまだあの男に借りを返し終わってない。アイツは肉体的には強くなさそうだけど、恐らく技術系の人間だろうね。私も協力するよ」

 京子キョウコのその言葉に、弘至ヒロシは心強く感じて頷いた。


「俺は……アイツ。迷彩服の男」

 真輔シンスケがポツリと呟く。

 彼の脳裏には、自分の事を弱いと言い放ち、マウントを取って何度も殴り、そして捕まえた迷彩服の男──天龍テンリュウの姿が浮かんでいた。

 見返してやりたい。

 あまり反骨心のない真輔シンスケには珍しく闘志を燃やしていた。

「私も一緒に戦う」

 そう言ったのは四葉ヨツハだった。

 彼女のその顔を見て、真輔シンスケは強く頷く。

「俺は強くない。だから……武器を使う。買い集めたくれた材料使って、色々と作ってみるよ。牽制用の罠も仕掛けられるようにする」

 自分で出来る範囲で全力を尽くす。

 体の強さでは勝てない。

 なら頭を使う。

 彼は、自分の持てる知識全部をつぎ込んで、手作りできる武器の事を色々と考えていた。


「……恐らく、あの女性は私と戦いたがると思います。どうやらとても恨まれているようなので」

 刀義トウギは真っ直ぐ前を向きながら、女──睡蓮スイレンの事を言う。

 眞子マコもそれに頷いて同意した。しかし、同時に難しい顔もする。

「でも、あの女性には、アンタでも勝てないんじゃない?」

 眞子マコは、吊られた刀義トウギの左腕を見ながら言った。

「はい。勝てません。相手を制圧するにはある程度力に開きが必要ですが、彼女は武術の達人のようで弱くありません。なので……」

 刀義トウギ李子リコの顔を見る。

「ご協力頂けますか?」

 見られた李子リコは驚いて刀義トウギの顔を見返した。

「彼女は恐らく貴女を侮っています。そこを狙うのです」

 刀義トウギ李子リコの手の上に、そっと自分の大きな手を置いた。

 その暖かさに、李子リコは心に安堵と強さが満ちるのを感じる。

 彼の手を握り返し、力強く頷いた。

「やる。やってみせる」

 彼女の目には、強い闘志が灯っていた。

「私も」

 李子リコの肩に、眞子マコがそっと手を置いた。

「私には出来ることが少ないけど、でも──李子リコの側にいるわ」

 肩に置かれた姉の手の上に、そっと自分の手を置いて、李子リコは姉の顔を見て笑いながら頷いた。



 戦う相手は決まった。

 あとはその方法だ。


 李子リコは、全員の顔を見回して背筋を伸ばした。

「私が命を狙われているのに、巻き込んでしまってごめんなさい。

 でも──みんなの力が必要なの。私だけじゃ勝てない。

 私も頑張る。だから……力を貸してください。お願いします」

 李子リコは深々と頭を下げた。


「もう、アンタだけの戦いじゃないんだよ」

 京子キョウコがふふんと不敵に笑って声をかけた。

 弘至ヒロシも強く頷く。

 眞子マコ真輔シンスケ四葉ヨツハも、李子リコを真摯に見ていた。


「必ず貴方を守ります。ここにいる全員で」

 刀義トウギが、顔を上げた李子リコの顔を穏やかな目で見下ろしながら、ハッキリとそう告げた。

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