第23話

「日本の危機を救った『養育ロジック』。その原案を作成し、実用化までこぎつけたのは──中邑ナカムラ李子リコ──マスター。貴女です」


 背筋を伸ばして正座し、真っ直ぐに李子リコに向かった刀義トウギが、衝撃の言葉を放った。


「は?」


 李子リコは口をポカンと開け、なんとも緊張感のないマヌケ顔を晒す。

 津下ツゲ 真輔シンスケ棚橋タナハシ四葉ヨツハ加狩カガリ弘至ヒロシは目を見開き、中邑ナカムラ眞子マコは怪訝そうに眉根を寄せ、

 アホヅラをした李子リコを見た。


 今刀義トウギが話していた深刻な日本の危機を──この、李子リコが救う?


「嘘だ……」

 四葉ヨツハが思わず本音を漏らす。

 信じられない。

 信じる事が出来ない。

 ただでさえ実感できない未来の話。

 更には、李子リコが日本の救世主?

 1000歩譲っても信じる事は無理だった。


 この李子リコが?

 この李子リコが救う?

 そんな馬鹿な話が──


 刀義トウギは再度全員に体を向け直し、それぞれの顔を見ながら口を開いた。

「私のいた時代には、受付やレジ担当、警備、その他様々な用途のオートマータが存在し、それが当たり前になっております。

 全ては効率化、少ない貴重な労働人口を他の『人にしか出来ない』仕事にまわす為です。

 しかし、全ての人間がオートマータを受け入れた訳ではありません。

 中には、人間と同じ姿をした我々に嫌悪感を持つ人々、オートマータに養育させる事を是としない人々がいました」

 ふと、刀義トウギ李子リコに視線を落とす。

 その目元が、少し悲しげに見えたのは、李子リコの勘違いか。

「そんな方々の中に、我々を駆逐し人間の世界を取り戻そうという過激集団がおります。

 オートマータ工場を爆破したり、道行くオートマトンを破壊したり……

 恐らく、未来から来た人間たちは、その過激集団たちではないかと推測します」

 再度全員に視線を戻し、淡々と刀義トウギは告げる。

「でも……その人たちが過激だとして、なんで中邑ナカムラが──」

 そこまで言って、加狩カガリ弘至ヒロシはハッとした。


 オートマータを嫌悪する者たち。

 過去への時間跳躍。

 オートマータが活躍するようになったキッカケの『養育ロジック』


 それらの事が、一つの事を指し示していた。


「……オートマータたちが活躍するキッカケを作った中邑ナカムラを、その理論を構築する前に消してしまえって事か……」


 どっかで見た流れだな──

 弘至ヒロシは頭痛を感じて目頭を揉んだ。


 誰もが刀義トウギの告白に、衝撃を感じて言葉を失った時──


「いや、無理無理。この子が? そんな凄い事を? 出来るわけないじゃない」

 眞子マコが、完全に呆れた顔をして鼻で笑い飛ばした。

「第一、私はアンタがオートマトン? ロボット? で、未来から来たっていうのも信じてないから」

 オーバーリアクション気味に、肩をすぼめて首を横に振った。

 昔の海外ドラマでありそうな素振りである。


 眞子マコの言葉も最もだった。

 眞子マコ刀義トウギの戦いを殆ど見ていない。ボコボコにされても平然と立ち上がり、首が有り得ない方向に曲がったのも見ていないのだ。

 その状況では信じられないのは当然──加狩カガリ弘至ヒロシは腕組みしてうんうん頷いていた。


「証拠になるかは分かりませんが」

 刀義トウギはそう前置きし、眞子マコの方へと向き直る。

 作業着のジッパーを下腹部まで下げて、下に着ていた白いシャツをめくった。

 シックスパックの腹筋、パンパンでムッキムキの胸筋がお目見えする。

 先程まで呆然としていた李子リコがすぐさま反応し、その様子を正座して食い入るように見ていた。

 刀義トウギは、自分の脇腹に指をめり込ませる。

 すると

 カチリと音がして、右側の胸筋が動く。

 そのまま刀義トウギは何の躊躇もなく右側の胸筋をめくった。

「っ!!」

 真輔シンスケ四葉ヨツハが息を飲む。人間としてめくれてはいけない部分がめくれたからだ。

 その先には──無機質な色の、機械の板のようなものが現れた。


 小さなモニタと青や緑に光るランプ類が並ぶそれは、俗にコントローンパネルと言われるものだった。


「本来は人にお見せしてはならない部分ですが……これで私がオートマトンであると実証出来たでしょうか」

 大男の胸筋の裏に隠された、無機質なもの。

 人間にはないもの。

 それを見て眞子マコは、黙ることしか出来なかった。

 いや、眞子マコだけではない。

 真輔シンスケ四葉ヨツハも、言葉が出なかった。


 李子リコは──見事に6つに割れたガチムチの腹筋に釘付けである。

 呼吸が荒くなり、心なしかハァハァ言い始めていた。

「……中邑ナカムラ?」

 その様子に気づいたのは、加狩カガリ弘至ヒロシ。危ない人のような態度の李子リコに、心配そうに声をかける。

 しかし、李子リコの耳には届いていない。

 目の前の筋肉に、そろそろと手を伸ばそうとしていた。

「っ! 中邑ナカムラ!」

 弘至ヒロシが慌てて腰を浮かして李子リコに駆け寄る。

 ポケットからハンカチを取り出して李子リコの顔に押し当てた。

「鼻血鼻血!」

 刀義トウギの腹筋に興奮しすぎた李子リコ

 顔に血が上りすぎて鼻血を垂れ流していた。

 眞子マコ刀義トウギの告白の衝撃も忘れて、こめかみを抑えていた。


「先生……なんか冷静だね。意外」

 李子リコの顔を抑えて下を向かせている弘至ヒロシに、四葉ヨツハは意外そうに声をかけた。

 誰しもに衝撃を与えた筈の刀義トウギの告白に、確かに一人、あまり大きくリアクションを取っていなかったのが弘至ヒロシだ。

 鈴蘭スズランに至っては、刀義トウギが何と言おうと、平然とした顔でその話を聞いていた。


「まぁ……俺の場合はね……」

 言葉を濁して、弘至ヒロシはチラリと鈴蘭スズランを見た。

 鈴蘭スズランは目をパチクリとさせているだけ。

 弘至ヒロシの表情から何かを読み取ったのか、ああ、と何かに気づいた顔をしてから朗らかに笑った。

「はい。私もオートマトンなので」

 まるで、夕飯の献立を告げるかのように、サラリと鈴蘭スズランは告げた。


「「「はぁ?!」」」

 真輔シンスケ四葉ヨツハ眞子マコの声がハモる。


「私は、SF078-052、株式会社コミュニブリング社所属、恋人スウィートオートマトンです。主な用途は擬似恋愛シュミレート、俗に言うレンタル彼女です」

 抜けるように白い肌、涼やかな目元にぽってりとした柔らかそうな唇に、花が綻んだかのような笑みを浮かべて、鈴蘭スズランはそう告げた。

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