第24話

 バタバタと慌ただしく、制服の男たちが居間と庭を行き来する。


 そんな様子を、胡桃クルミ京子キョウコは椅子に座って呆然と眺めていた。



 齢70も超えた胡桃クルミ京子キョウコにとって、1日はそれほど長くない。

 むしろ毎日が短すぎると感じている。


 なのに今日は──李子リコ四葉ヨツハがこの家に逃げ込んで来てからは──まるで数年分の事件がいっぺんに舞い込んで来たかのような、嵐の只中にいるかのような時間だった。


 その嵐が過ぎ去り、京子キョウコは精根尽き果てたかのような疲労感に襲われている。


 迷彩服の男に押された肩と、転んで打ち付けた腰が痛い。

 骨は無事だろうが、少し何かあっただけで異常をきたす身体を、京子キョウコは少し恨めしく思う。

 もう少し若ければ──なんて思いが一瞬よぎったが、すぐに打ち消した。


 時間は巻き戻らないし、若さも取り戻せない。

 出来るのは、老化を出来るだけ遅らせる事だけ。

 その代わり、知識と経験が蓄積され知恵として発揮できるようになる。

 年老いた。

 その事実を突きつけられただけ。


 そりゃそうサ。

 まーちゃんやりっちゃんがあんなに大きくなったんだ。

 私だってそりゃ歳もとるわ。


 京子キョウコは最終的に思い至った考えに、苦笑して小さく首を振った。


「失礼します。現場検証は終了しましたが……頼れる方はいらっしゃいますか?」

 近所の交番に勤務する年若い警官が、思いふけっていた京子キョウコにおずおずと声をかけて来た。


「……大丈夫だよ。心配ない。ありがとね」

 そう言って、京子キョウコは部屋を見渡した。


 砕け散った窓、足跡がベタベタついた畳に壊された机。

 電子機器類が無事なのが不幸中の幸いか。

 まぁ……センサーコードは切られたが。

 あの時、痩せぎすの男に強がりで言い放ったが、これをキッカケに本当に無線式のセンサーにしようと決心した。


 警察には、李子リコたちの事は伝えずに、強盗に入られたと説明した。

 詳しい事情は分からないが、李子リコが何故か狙われていた。

 警察に相談しようかとも思ったが──京子キョウコ躊躇ためらった。


 何か、言葉にはまだ出来ない何かが京子キョウコの中で引っかかっていた。


 おかしい。

 何かがおかしい。

 此の所、ずっと、何かがおかしい。


 漠然と感じる、それは勘のようなものだった。

 まるで──組まれる前の積まれたパズルのピースをパッと見て『あ、ダメだ。揃ってない』と直感的に感じるような──そんな、漠然としたもの。

 不安というより──不快感に近い。


 まだ上手くは説明出来ない。

 から。


 だから、京子キョウコは警察に頼らなかった。

 まだ、頼れない。

 もしかしたら、このまま頼れないかもしれない。

 頼って解決する問題とは──思えなかった。


「りっちゃんに何かあったら──中邑ナカムラさんたちに顔向け出来なくなるねェ」

 小さく嘆息し、京子キョウコは立ち上がる。


 京子キョウコの子供達が独立したのは随分前だ。最近は、盆暮れ以外にはほとんど連絡も取らない。

 別にそれでも京子キョウコは構わない。

 子供達はもう大人だ。

 それぞれの生活がある。

 元気に過ごしていてくれれば、それでいい。


 なので、こんな気持ち──誰かを守らなければという強い使命感を感じるのは久々だった。


「出来ることから、まずやろうかね」

 そう独りごちて、京子キョウコは愛用の三面マルチディスプレイの方へと視線を移した。

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