第22話
灼熱の日差しの名残が冷めやらぬ夜半。
蝉の鳴き声もヒグラシの鳴き声もなくなったかわりに、ウシガエルの重低音が響いている。
月が雲の合間から顔をのぞかせているのが、窓から見えていた。
「よし」
ガーゼを止めたテープを小さなハサミで切り離し、
使用した消毒液などを救急箱にしまっていると、はにかんだ声が。
「ありがとう……
ガーゼが貼られた膝を隠しつつ、
「器用なもんだね」
横から覗いていた
「こんなの……普通」
とくに恥ずかしがることもなく、また謙遜の色も無く、ぶっきらぼうに
転んだ擦り傷どころか、加工機で自分の手に穴を開けた人も
その時に見せた祖父の手際に比べたら、自分はモタモタしている方だと思った。
──ここは、
今彼らがいるのは、家族が生活する母屋ではなく、工場に併設された『大部屋』と呼ばれている仮眠室である。
10畳ほどの畳の部屋に、
窓の外を眺める
その横に正座して付き従う大男・
ノートパソコンを開いてメールする
怪我を治療してもらい恥ずかしげに座る
押入れの中に救急箱をしまう
手持ち無沙汰そうに座る
部屋にあった古い雑誌を読みふける
総勢7名が居た。
あの後──
突然の事で当然難色を示す家族。
いくら今は使用してない部屋といえど、突然使いたい、しかも年代も性別も様々な人間を連れ込んで、と言われても納得出来ない。
家族が『うん』と言える要素が皆無だ。
下町人情に溢れる町といえど、流石にそこまでお人好しにはなれない。
それを説得したのは、教師である
電話越しで、突然の無礼を丁寧にお詫びし、自分が
そして、家に着いた時も、率先して家族に頭を下げて丁寧に謝罪とお礼を伝えた。
その真摯な姿勢に、
先生頼りになるんだ……
『見直した』という事は、それまでは『頼りない』と無意識に思っていた事に、
「お婆ちゃん……大丈夫だったかな……」
スマホ片手に窓の外をボンヤリと見つつ、
先程、姉の
具体的な方法は
窓ガラスも粉々に割れて、部屋も土足で踏み荒らされた。
きっと、
何も手助けできない自分に、
「マスターが心配する事はありません。
デカイ身体を折り曲げて、見た目にそぐわず『ちょこん』と
「誰から聞いたの?」
「マスターから」
「……私から?? いつ?」
「未来で」
今の自分が言ってないのなら未来の自分が。
そりゃそうかと思い、
「そろそろ、説明して欲しいんだけど」
改まった声でその場にいる全員に声をかけたのは、膝に置いたノートパソコンの画面を閉じた
パソコンを横に退け、座ったままずいっと前ににじり出た。
そう言われて、
救急箱をしまい終わった
窓の外を見ていた
一手に視線を受けた
身体を全員の方に向け直し、改まった様子で口を開く。
「まず。改めまして。私はNM058-03ベース、オリジナルカスタムオートマトン。子守りを用途としております。
今からおよそ60年後の未来から来ました。私の所有者は、ここにいらっしゃる
「オート……マトン? 未来から来た……??」
出鼻から衝撃の告白をされ、
「オートマトンとは、俗に言うロボットです」
言葉が続かない
「これから、皆様が断片的にしかご存じない、ここまでの状況からご説明させて頂きます」
落ち着いた低い声で、
未来から到着した時、そこが
男たちから逃げる時に
一旦切れた
「貴方の正体はちょっと置いておくとして。
「恐らくは。襲ってきた女性もあの男たちも、マスターを狙って未来から来たのだと思われます。彼ら同士が敵なのか味方なのか、同じ時代であるかは不明です。
過去へ飛ぶ為の機械は、私の時代では試験段階でした。なので、少なくとも私と同じ時代か、もしくはもっと未来からでしょう」
「過去に飛ぶって……一体どうやって……?」
ノンフィクションの世界でしか語られない技術が、60年で開発されるという事が信じられなかった。
「詳しい理論などは持っておりません。申し訳ありません」
「それよりも……なんで彼等は
ちょっと個性的はあるものの、他人に命を狙われるような事をしでかすようには見えない。
「それに……なんで今なのかな……?」
『偶然』と言われればそれまでだが、そんな偶然なんてあり得るのだろうか?
「マスターがそう仰っていたので」
「私っ?!」
予想してなかったタイミングで自分が呼ばれ、
『自分が言った』と言われても、当然記憶にない。
自分に集まった視線をどうすればとアワアワした。
「はい。マスターが『中学二年の夏休みが、自分の人生の契機であった』と。その契機についての具体的な内容は誰も存じ上げませんが。なので私もこの時を選びました」
確かに今は中学二年の夏休みである。
しかし、今のところ契機になるような、人生が変わるような事は起こっていない。
『今』を除いては。
「じゃあ、その契機の為にこの時に来たとして、どうして
その様子を見ていた
「それについてはこれからご説明します」
その言葉に、全員が再度
全員の視線が集まった事を確認すると、
「未来の状況を少しだけ説明しますと、これから約20年後に日本は国家維持の危機に瀕します。
そもそもの人口減少だけでなく、深刻な労働人口の不足による国力低下が理由です。
日本が消滅するかしないかの瀬戸際になりました。
そこでとられたのが『労働環境改善法』と『人口増加法』です。
子供を産み育て易い環境を作り、誰しもが自分の能力を存分に発揮して労働出来るようにする為の法案です。
その施策の一つが『オートマータによる養育』でした」
誰もが、
彼がここで初めて話した『未来の状況』
現在でも社会問題として上がっており、時々思い出したかのようにニュースに取り上げられる話題だ。
現時点でも『少子化対策』として様々な方策がとはれてはいるが──
「今から約20年後、深刻な労働人口の減少の為、義務教育以下の子供以外、殆どの日本人が労働せざるを得ない状況になります。定年制は廃止され、年齢、性別、既婚、子供の有無、ハンディキャップに関係なく、能力に似合った責任のある仕事が任されます。
誰しもが能力に合った仕事を効率的にこなす事により、労働人口の減少をカバーする事になったのです。
これが、労働環境改善法です。
勿論、育休・産休は自由に取る事が出来ます。むしろ、人口を増やす意味では、率先して産み増やす事は推奨されます。
しかし子供を授かると、どうしても養育の為長時間労働に携わる事が出来ません。
人口を増やしたいけど労働力と低下させたくない、そのジレンマに人々は苦しみました」
聞いている人達の顔が青ざめている為である。
特に、
自分たちが大人になった頃──ちょうど30代ど真ん中の頃に、地獄の時代が来ると言っているのだ。
ノストラダムスの大予言さながら──
横に座る青ざめた
その手の大きさと暖かさに、
「そこで、子育てを何かに代替させる方法が模索されました。
人口増加法が本格稼働される前までは、オートマータ──ロボットには、子供を育てられる程の機能はありませんでした。
しかしある時、俗に『養育ロジック』といわれるアルゴリズムの実用化の目処がたちます。
AIに搭載出来る、子育てに関する基本ロジックです。
それにより、オートマータが子育てをする事が出来る事が実証され、人口増加法が可決されました。
法案可決後、『養育ロジック』を搭載したオートマータが国家プロジェクトとして量産され、国民に貸与されるようになります。
日本人の殆どが子供を授かった後はオートマータに子育てを任せ、労働に従事する事が当たり前の世の中になるのです。
目論見は成功し、私が来た60年後には、日本は人口増加、及び、国力を取り戻します」
淡々と、語る
未来の話を、まるで過去の出来事のように語る事に、聞いていた各々は違和感を抱いた。
実感が伴わない。
しかし、目の前に
なんとも奇妙な空気になった。
そして、
「日本の危機を救った『養育ロジック』。その原案を作成し、実用化までこぎつけたのは──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます