第12話

 津下ツゲ真輔シンスケは悩んでいた。



 目の前には、真っ黒な作業着で身を包み、サングラスをかけた1人の大男が、礼儀正しく正座している。


 爺ちゃんが鼻息荒く買って来たのは、あまり実用的とは言えない、見た目重視のツナギの作業着であった。

 そして何故かサングラス。


 全てを着終わった大男を見て、爺ちゃんは満足げに頷いた。


 確かに。

 確かに、恐ろしく似合っている。

 作業着なのに作業員には見えない。

 むしろ軍人のように見える。


 しかし。

 津下ツゲ真輔シンスケは悩んでいた。


 この大男は、中邑ナカムラ李子リコに会いたいと言い出した。

 確かに彼女の事は知ってる。

 今クラスメイトであるし、家も近所で小学校上がる前から面識はあった。


 しかし、仲が良いかと言われると『普通』である。


 親同士は、道端で小一時間世間話に花を咲かせるレベルでは仲が良いようだが……

 真輔シンスケ自身は、李子リコと簡単な会話をするぐらいしか接点がない。


 あとは、ゴリラが好きでゴリラグッズを(一体どこから仕入れているのか知らないが)集めている事、プロレスが好きな事(いつも昼休みに雑誌読んでるから)、近所に肉親ではないけど仲の良い祖母のような人がいる事、ぐらいしか知らなかった。


 どうしよう……

 こんな『如何にも』な人物を連れて行ったら、李子リコは困るのではないか?

 いや、李子リコじゃなくても困るだろ、これは。


 真輔シンスケは、答えの出ない事をグルグル考えていた。

 ハタから見たら、無表情でただ座っているだけに見えるのだが──


「困らせてしまったようで申し訳ありませんでした。

 住所は存じ上げておりますので、またお伺いしてみます」

 デカイ身体を折り曲げて、ペコリと頭を下げる大男──刀義トウギ

 真輔シンスケは、その言葉を聞いて驚いた。


 この大男──刀義トウギは、いつも『何を考えてるか分からない』と言われる自分の表情を読んで


 すると、一気に沸き起こってくる『なんとかしてあげたい』という気持ち。

 真輔シンスケはスクッと立ち上がると、拳を握りしめた。

「大丈夫。俺が案内します」


 本来、理由を聞くべきところだが、真輔シンスケは目覚めた使命感で胸がいっぱいになり、そんな事すら思い至らなかった。


「ありがとうございます」

 刀義トウギは、またデカイ身体を丁寧に折り曲げてお礼を言う。

 その様子を見て、真輔シンスケは心の中だけで呟いた。


 こんなに物腰丁寧である人間なんだから、きっと変な事はしない筈。

 李子リコに会わせても、最初は戸惑うかもしれないけれど、きっと大丈夫。

 この人──刀義トウギは、良い人だ。


 真輔シンスケはまだ14歳。

 気づくには、まだ人生経験が乏しかった。



 才能ある詐欺師程、他人に疑問を抱かせない人間であるという事を──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る