379.幕間:運営管理室のオーディン戦
「おー、遂にオーディンも倒されたか」
「発見されてから半年くらいでしたっけ? 随分、長持ちしましたね」
「それはもう、意地の悪い仕掛けが施されていたんだもの。ある意味、よくもまあ調整なしでクリアできたわね」
「夏までにクリア者が出なかった場合、弱体化させる予定だったからな。……もっとも、この攻略法では次が出るのは遠そうだが」
トワを始めとした面々がオーディン戦を行っている間、運営管理室でもその状況をモニタリングしていた。
理由はバグが出ないかのチェックと戦況の分析だが……半分程度は興味本位だろう。
「やっぱり、あの槍破壊時のギミックが三人を狙うのはまずいんじゃないか? 犠牲者がひとりならまだやれるだろうに」
「オーディン戦の攻略法は、あの槍でどれだけ被害を減らすかだからな。槍を破壊できなければ全滅、破壊しても与ダメージリスト上位三人に対して即死効果のある破片が飛んでいく、そういうギミックだ」
「単純ですけど嫌なギミックよね。即死級ダメージじゃないから、ダメージ軽減や吸収効果では防げないし」
「即死効果無効の装備なら防げるが……そもそも、まだ出回っていないな」
「最近追加したレイドの攻略報酬ですからね。大手がオーディン戦に全力だったおかげで、そっちの攻略は進んでません」
「ともかく、無事オーディンも倒すことができると証明されたんだ。これで、問い合わせも少しは減るだろう」
実は、オーディンに対してはかなりの数の問い合わせ――というか、苦情――が来ていた。
多くは軽い気持ちで挑んでいたプレイヤーによるものだが……多少は、戦闘系の精鋭と呼べるプレイヤーからも含まれている。
「問題は、このパーティ以外で次に攻略者が現れるかどうかでしょうね。攻略法はある程度拡散されるでしょうけど……」
「多重刻印装備が前提というのは厳しいだろうな。数が出回っている剣のような武器でも多重刻印は厳しいのに、使用者の少ない武器だとより顕著になるだろう」
「そもそも、このパーティだって異常ですからね。どれだけの素材をこの攻略につぎ込んでいるやら……」
さすがに、個々のプレイヤーがどれくらいの素材を持ち寄っているかは把握していない。
とはいえ、完成している装備の数を考えれば、どの程度の失敗があったかは推し量れるので……まあ、これに続く攻略者が出るのは厳しいだろう。
「さて、今回の結果を踏まえ、次のレイドボスの打ち合わせに入らなければならないわけだが」
「さすがに、オーディンは強すぎでしょうね。似たような存在のフェンリルは、かなりの攻略者がいるというのに」
「フェンリルはフェンリルで初期に倒されてしまったからな。本来ならば、あれも数ヶ月かかる見通しだったのだが」
「装備もあまり整っていない段階でよく勝てましたよね、あれ。HPやレベルを計算するシステムの穴を突かれたような結果でしたけど」
話しているのは、フェンリルが最初期の時点でトワに討伐されてしまったことだ。
当時でもフェンリルは倒せる状況ではあったのだが……フルパーティ前提で挑む、と運営側は想定していたため、少人数パーティでは最大HPが少なくなってしまうという問題が見つかった。
もっとも、トワがクリアした直後に白狼がフルパーティでクリアしているあたり、プレイヤースキルがあれば問題なくクリアできる難易度だったのかもしれないが。
「それで、次のレイドボスについての構想はできているのだったか?」
「ええと……巨人タイプのボスにする、ということだけは決まってますね。ギミック的には、最初は体に集中して攻撃すればいいのですが、途中から頭・右手・左手の三カ所に攻撃対象が分かれる設定で」
「大まかな構想に基づいてプログラミングをしてますが、ちょっと難航していますね。主に、テストプレイで思ったような結果が出ないという意味で」
この巨人型レイドボスについて、名前はまだ決まっていない。
だが、基本的な設計はすでに完成しているらしく、テスターによるテストプレイまでは進んでいるようだ。
ただ……。
「思うような結果が出ないとは、どういう意味だ? 強すぎるのか、弱すぎるのか」
「結論から言えば、どちらもですね。弱すぎたので強化すれば、今度は強くなりすぎますし、再調整すればまた弱すぎる。そんなところです」
「うまく調整することはできないのかね?」
「落としどころが少々難しい、と言った感じでしょうか。今回は時間切れによる即死以外は組み込まない予定ですが、ボス単体のレイドで攻撃対象が複数となったためしがないので。最大で三カ所からの同時攻撃を耐えられるようにするのが、いまの課題です。同時に攻撃された場合、いきなり全滅したのでは問題ですし、かといって、攻撃力を下げれば簡単にクリアできてしまう。そこが問題ですね」
通常レイドの場合、複数との同時戦闘はあり得たのだが、今回はボスレイドである。
その時の経験則に従って攻撃力を調整してしまうと微妙に弱いということになり、逆に火力を上げれば強すぎるとなってしまう。
その辺の攻略方法を探すのもプレイヤーの楽しみではあるのだが……攻略方法をある程度想定しているテスター班の時点で、弱すぎるあるいは強すぎるという問題が出てくるのはいただけない。
「そういえば、テスター班ってどうやってオーディンを倒したんでしたっけ? こんなに強いなら、テストプレイの時点で問題になっていたような」
「オーディンは、テスト時点だとそこまで問題にならなかったのよ。実際、実装後の検証でもそこまで問題になっていなかった訳だし」
「あれ? それならなんでここまで倒せなかったんだ?」
テスター班が攻略できていたなら、プレイヤー側でもできなければおかしい。
そんな疑問に対し、出てきた答えは単純なものだった。
「なんでも、槍破壊後の被害を六人で済ませているそうよ。かなり微妙な火力調整が必要らしいけど、慣れればなんとかなるって」
「……そいつは面倒そうだな。ただ、それでも勝てるのか」
「勝率六割、それがテスター班の成績みたいね」
「六割勝てるだけでもすごいだろ。フェンリルのときはどうだったんだ?」
「七割弱だったらしいわね。そういう意味でも、オーディンのほうが強いらしいけど」
テスター班から見てもオーディンは強敵らしい。
勝率が十割にならないのは、理論上の最強装備までしか持ち込めないためで、決してテスター班のスキルが劣っているわけではないことを注記しておく。
「さて、おしゃべりはそろそろ終わりにしよう。それで、報酬のほうは問題なく渡せているのかね?」
「いまログを確認しています。……特に問題なく渡っているようですね」
「結構。それでは、通常業務に戻ろうか」
「「「はい」」」
今後の実装内容について、検討する課題も含めプレイヤーの動向を知る必要はある。
今回のようなゴリ押しが通じる相手を再度作らないためにも、分析は欠かせない。
それぞれ思うところはあるだろうが、通常通りの監視態勢へと戻ったのであった。
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