373.下見:天上の試練に挑みし者_2

『天上の試練に挑みし者』を開始すると、すぐにバトルフィールドへと転送された。

 バトルフィールドは岩壁に囲まれた荒れ地、隠れる場所のないシンプルなフィールドだ。

 周囲の様子を窺っていると、岩壁の向こうから巨大な八本足の馬に乗った巨人が姿を見せた。

 あれが、幻体・オーディンか……。


「思ったよりも大きいんだね」

「そのようだな。攻撃する分には的が大きくて助かるが……」


 ユキも想像していたより大きい相手が現れたことで驚いている。

 アタッカーとしてみれば的が大きくて狙いやすいということになるが、タンク陣にとってはどうなんだろうな?

 ついでだし、始まる前にリクにでも聞いてみるか。


「リク、タンクってあいつからの攻撃を防ぎ続けるのか?」

「おうよ。なかなかしんどいぞ? 6パーティそれぞれのタンクが交代で引きつけないと、すぐに崩されるからな」

「巨体だけあって攻撃力も高いか」

「そうだな。ああ、後衛陣にダメージが飛ぶようなヘマはしないから安心してくれよ」

「そんなことがあったら、俺はともかくユキは危ないぞ?」

「わかってるって。タンクで作戦会議があるから、行ってくるわ」

「ああ、気をつけてな」


 タンク陣の打ち合わせに向かっていったリク。

 代わりに、今度はハルがやってきた。


「はろー、決心はついた?」

「ここに来た時点でそんなものできてるよ」

「それはよかった。いやー、お兄ちゃんたちが誘えるかどうかは結構大きな問題だったからねー」

「そうなのか? 【神楽舞】でバフができるユキはともかく、俺の攻撃力なんて最前線組に比べれば低いほうだろ?」

「そこについては、補う方法を考えてあるから大丈夫! ……頑張ってもらうのはお兄ちゃんだけど」

「……なにか言ったか?」

「ああ、ううん、なんでもない。ともかく、今日は下見ってことで頑張ろうね!」


 なにかを言いかけた様子だったが、すたこらと逃げ出したハルを追いかけて聞き出すわけにもいかない。

 後衛陣は後衛陣で集まって打ち合わせがあるからだ。

 そろそろ、それが始まる時間なのでそっちに行かないと。

 ……絶対、ハルのヤツ、なにか悪巧みをしてそうだけど。



―――――――――――――――――――――――――――――――



 打ち合わせが終わって、いよいよボス戦が始まる。

 俺たちに与えられた指示内容も至ってシンプルで、範囲攻撃にだけ気をつけ、あとは個人の判断に任せる、というものだった。

 レイド戦とか慣れてないから、複雑な指示じゃなくて助かったけど……それで大丈夫なのかな?

 ともかく、もう数十秒で戦闘が始まる。

 気を引き締めないと。


「戦闘開始まで十秒! ……五、四、三、二、一! ……スタート!」


 カウントダウン終了とともにタンク陣が一気に攻撃をしかけ、ヘイトを奪う。

 そのあと、一拍おくれてアタッカー陣が総攻撃を開始した。

 タンク陣はターゲットをしっかり維持しつつ、誰かのダメージが大きくなってきたらスイッチして脱落者を出さないように立ち回る。

 前衛陣は時折飛んでくる、槍のなぎ払いや叩きつけを躱しながら地道にダメージを稼いでいる。

 そして、後衛陣はというと……。


「魔法攻撃予告、ロックオンサンダー! 狙われているプレイヤーは散開を!」

「了解!」


 散発的に飛んでくる魔法攻撃を最小限の被害に止めながら戦闘を継続している。

 ダメージ範囲が事前にわかるタイプの攻撃に一度だけ当たってしまったが、俺が受けたダメージはHPの七割程度だった。

 装備が雷属性ダメージのカット率が高い結果だろう。

 ……それでも七割は失ったのだから、即回復したが。


 そんな一進一退の戦いが続くこと二十分ほど、ボスのHPが遂に半分以下となった。


「ヒヒーン!」


 オーディンの乗っていた馬が一啼きすると、俺たちの囲みを突破して岩壁の上に移動した。

 そして、オーディンはその手に持っていた槍に力を込め始める。

 すると、オーディンの槍が巨大化して五メートルはあろうかという巨槍へと変貌を遂げた。


「槍攻撃来るぞ! アタッカー陣は破壊と回避を!」


 そんな指示が飛ぶ中、オーディンも槍を投げてくる。

 天高く放たれた槍は、荒れ地の中央部に飛来し地面に突き立つ。

 少しずつ地面に潜っていっている槍を処理しなければいけないらしいな。


「さあ、アタッカーの腕の見せ所だ! 狙われたヤツはしっかり攻撃を躱せよ!」


 アタッカーとして俺も加わり、槍の破壊を始める。

 さすがに、アタッカー全員が参加した攻撃だけあって、槍の破壊はすぐに達成できた。

 だが、問題は破壊が終わったあとのわけで……。


「ちょ!? 今回は俺かよ!」

「まって、回避準備できてない!」

「あっ、やっべ。これは死んだ」


 ……というわけで、今回狙い撃ちにされた三名は誰も回避することができずに即死した。

 すぐに蘇生魔法で復活するが、衰弱状態になってしまったため、攻撃力が激減してしまった様子である。


 破壊された槍は、三本に分かれてプレイヤーを貫いた。

 そのあとは、オーディンの元に戻り、再び一本の槍としてオーディンに握りしめられる。

 後半は、このパターンの繰り返しなのか。

 思っているよりも忙しそうだぞ……。



―――――――――――――――――――――――――――――――



「いやー、やっぱり負けちゃったね、お兄ちゃん」


 名目上はお試しで、ということだった今回のレイドアタックは、想定通り失敗に終わった。

 槍の破壊で衰弱状態になるプレイヤーが増えて、オーディンにダメージを与えきることができずに時間切れで全滅したわけだ。


「ああ、そうだな。というか、お前は槍の回避全然できてなかっただろ」

「あれ、前衛が狙われると回避出来ないんだよねー。三つに分裂してすぐに飛んでくるから、当てずっぽうにステップしてみて躱せればラッキー、的な」

「回避が難しそうなのはわかった。それなら、後衛陣だけで破壊するのは?」

「それも試したけど……破壊がギリギリになるのと、後衛プレイヤーってそういう反射神経が求められる場面が少ないせいで上手く躱せないのとで、作戦としては失敗したんだよね」


 試してはいたんだな、やっぱり。

 だけど、無理だったと。


「その点、お兄ちゃんはすごいよねー。三回狙われたけど、全部回避できたじゃない」

「なんとかな。三回目だけど、刀ではじけるのは助かった」

「いちおう武器で弾くことはできるんだよ。白狼さんとか鉄鬼さんとかしか成功してないけど」

「あの速さだからなぁ……」


 感覚的には一番スピードが乗っている状態の矢を叩き落とすのと同じだ。

 実際には、矢よりもはるかに重くて速いのだが。


「というわけで、毎回こんな感じで負けちゃってるんだよ」

「だいたいの感覚はわかった。……ただ、これで俺になにを求めているのかはわからないけど」


 ユキの役割は単純明快だった。

 ひたすらバフを使い続けるという、明確な目的があるんだからな。


 対して、俺はあくまでもアタッカーのひとり。

 ……俺が参加しなければユキも参加しないというのはあるだろうけど、それ以外にも俺を誘った理由はあるはずだ。


「あー、それなんだけどね。白狼さんが説明してくれるはずだから待ってて」

「白狼さんが? それはかまわないけど……」


 白狼さんがなにかを説明してくれるとのことなので、しばらく待って見る。

 それほど時間が経たないうちに、白狼さんはやってきた。


「お待たせしたかな。ハルちゃん、トワ君にやってほしいことは伝えたのかい?」

「えーと、アタッカーをしてほしいことは伝えましたよ。ねえ?」

「というか、基本的にアタッカーしかできないんだけどな」


 つまりほとんど説明は受けていないのだ。

 状況を理解した白狼さんは、最初から説明することにしようだ。


「まず、トワ君にはアタッカーをやってもらいたい。これは変わりないところだね」

「でしょうね。アタッカー以外だと、俺の能力じゃ中途半端でしょうから」

「そうなるね。それで、トワ君に依頼なんだけど、刻印装備は作れるかな?」


 ここで刻印装備の話か。

 なんとなく、話は見えてきたぞ。


「作れるようになりましたよ。まだまだ試作段階ですけど」

「そうか。それじゃあ、大丈夫かな」


 俺の状況確認が終わったことで、白狼さんは本題を切り出してきた。


「トワ君には多重刻印を施した装備をたくさん作ってほしい。あの槍を一撃で破壊できるくらいに」

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