367.昇段試験

 雪音と遥華が戻ってくる前にログアウトできたため、リビングでふたりの帰りを待つ。

 帰ってきた後に診断結果を聞いてみるが、以前に比べてかなりよくなってきているそうだ。

 油断はできないけど、それでも快方に向かっているのならいいことだと思う。


「それで、午後からはどうするの?」

「そうだな。とくに予定はないか」

「そうだね。そういうわけだから、悠君は私とストレッチや運動ね」

「了解。食べ終わったら動きやすい服装に着替えてくるよ。遥華はどうする?」

「わたしはゲームかなー? レベルキャップには届いてるけど、スキルはもう少し上げたいからね」


 さすが我が妹、かなり忙しいスケジュールだったはずなのにレベルはカンストしてるか。

 まあ、レベルのカンストよりも、スキルの成長具合のほうがウェイトが大きいから、そっちに時間を割かないといけないのだが。


「実は、まだスレイプニルを誰も入手できていないんだよねー」

「……そうなのか? レベルキャップ開放もきてるし、すでに誰かクリアしてると思ってたんだが」

「誰もクリアしてないらしいよ? ヘルプも公開されてないし、教授もそんな話聞いたことない、って言ってるし。……まあ、『白夜』や『百鬼夜行』が組んでレイドに挑んでいるのに、負け続きな時点で他のプレイヤーがクリアできる見込みはないんじゃないかな?」


 ふむ、まだクリアできてないとは驚きだな。

 そんなに難しいコンテンツなのだろうか。


「そういうわけだから、しばらくは皆スキル上げで忙しくしてるよ。あとは、装備を更新するために上位の素材を乱獲してるとか」

「乱獲、なんだね。集めるとかじゃなくて」

「乱獲なんだよね。雪姉は消耗品専門だから直接関係していないけど、『ライブラリ』にも大量の素材を持ち込んでるって聞いてるよ」

「ふむ、俺も知らないな。俺はまだ特級生産セットを入手していないからかもだけど」

「お兄ちゃんも環境が揃ったら、ガンガン素材を渡されるんじゃないかな? いまだと、ガンナーは遠距離攻撃職では最大火力を出せるジョブになってるからね」


 ほう、それは初耳だ。


「遠距離攻撃職で最大ってことは魔術士系も抜いているのか?」

「抜いてるよ。超級スキルがガンガン解放された結果、複数バフをかけた状態で攻撃するとかなり高いダメージが出るんだよね。セルフバフだけでその状態だから、他のプレイヤーやスキルのバフ効果もあわせると、近距離攻撃職も含めて最大火力に近くなるかな」


 そこまで火力が出るとはな。

 ゲーム開始当初の不遇な状態から、よく復権したものだ。


「ただ、そこまでバフを噛ませると、制限もいろいろ出てくるんだけどね。それを置いておいたとしても、瞬間最大火力はガンナー一強だよ。時間あたりの平均火力になると、ほかのジョブと大差なくなる……というか、魔術士系や魔法戦士系には抜かれるけど」

「そりゃ、どんな状況でも最大火力を維持できるんじゃ、修正対象になるだろうよ。……瞬間火力で貢献できるっていうのは魅力的だけど」

「お兄ちゃんが本格復帰するのなら、白狼さんとかから声がかかるかもね。お兄ちゃんも鍛えれば最前線クラスのガンナーになれるはずだし」


 気持ちはわからないでもないけど、戦闘はなぁ……。


「あまり戦闘方面は最前線に復帰する予定はないんだけど」

「そうも言ってられないと思うけどね。……さて、ご飯も食べ終わったし、わたしはこれで行くね。ごちそうさまでした」

「うん、あまりゲームばかりしてちゃダメだよ?」

「わかってるって、雪姉。それじゃ、またあとでね」


 〈Unlimited World〉にログインするため自室に戻っていく遥華を見送り、俺と雪音も昼食を食べ終える。

 雪音が昼食の後片付けをしている間に、俺は部屋に戻って着替えを済ませる。

 雪音の作った運動メニュー、なかなかきついからな。

 体感型ゲームを利用したメニューだけど、それなり以上に厳しい。

 病み上がりなんだから、もう少し楽にしてもらいたいんだけど、交渉してもダメだったし……。


「悠君、お待たせ。準備できてる?」

「ああ、大丈夫だ」


 さて、嘆いていても仕方がない。

 雪音の運動メニュー、今日も頑張ってこなしていこう。



―――――――――――――――――――――――――――――――



「それじゃあ、昼間はその運動だけで潰れたんだねー?」

「まあ、そうなるな。終わったあと、マッサージとかしてくれるから、筋肉痛とかにもならないんだけど」

「ホント、ユキちゃんって良妻だよねー。私もそんなパートナーほしいなー」

「……曼珠沙華には難しいだろ」


 雪音の作った運動メニューをこなし、晩ご飯も食べたあとの夜時間。

 寝る時間まではフリーなので、ゲームにログインした。

 談話室に行ったところでイリスと曼珠沙華に捕まり、今日の出来事を話しているところだ。


「でも、ユキちゃんって本当にいいお嫁さんになりそうだよねー。トワー、大事にしないとダメだよー?」

「わかってるって。……ただ、運動メニューはもう少し負荷を下げてもらいたい」

「毎日続けられるってことは相当考えられたメニューなんじゃない? 諦めなって、トワっち」

「……わかってはいるんだがなぁ。やっぱり、少しは楽をしたいんだよ」


 大怪我から回復して雪音の考えた運動メニューをこなすことで、日常生活には問題ないレベルまで体力も戻った。

 春休み明けの高校生活では、体育に参加することも可能だろう。

 勿論、激しい運動は避けてになるが。


「……そういえば、ユキちゃんは一緒じゃないの?」

「んー、今日はのんびりお風呂に入ってから来るって言ってたし、もうしばらくかかるんじゃないかな?」

「そう。……一緒にお風呂に入ったりはしてないの?」

「しないよ。なんだと思ってるんだ」

「だって、怪我、相当ひどかったんでしょ? だったら、トワっちの介護ってことで一緒に入ってもおかしくないかなって」

「……さすがにそこまでしなかったぞ」


 ……似たような状況にはなったけど、それを教える必要はないな。


「そう、なんだか面白くないなー」

「ほっとけ。……そういえば、曼珠沙華。お前さんが元いたクラン、再開したって聞いたけど?」

「ああ、うん、復活したね。ただ、こっちに籍があっても問題ないから戻ってないだけ。こっちにいないときは、向こうのクランでいろいろ打ち合わせとかしてるよ」

「そうなんだー。それじゃあ、劇とかもそのうちやるのー?」

「やるね。まあ、早くてもGWゴールデンウィークの連休くらいになるけど」

「そっかー。日にちが決まったら教えてねー? ボク、興味あるから」

「おっけー。トワっちはどうする?」

「俺か? ……ユキに聞いてみるよ。あっちが興味あるってことなら、行ってみる」

「りょうかーい。ユキちゃんに今度聞いてみてねー」


 しかし、劇か。

 一度くらいならどんなものか見に行ってもいいかも。


「ところで、トワっち。なにをしに談話室にきたの?」

「……ああ、そうだった。薬草類の補充にきたんだった」

「そっかー。引き留めちゃってゴメンねー」

「気にしてないからいいさ。それじゃあ、また今度な」

「うん、バイバーイ」

「またね、トワっち」


 ふたりと分かれ、市場から足りなくなっている薬草類を補充する。

 復帰してから気がついたんだけど、最上位クラスの薬草も市場から入手できるようになったのはありがたい。

 すぐに売り切れないあたり、供給量が増しているのか、それとも、このクラスの薬草を使えるプレイヤーが少ないのか。

 とりあえずは、楽になってラッキーってところか。


 談話室から自分の工房に戻り、薬草を使ってポーションを生産する。

 この作業も、ようやく元の感覚を取り戻してきたところだ。

 復帰したばかりのころは、どんなに頑張っても★11がやっとだったことを考えると、我ながら上出来だと思う。


「……さて、50個連続で★12ができるようになったな。これなら、特級生産セットも大丈夫だろう」


 特級生産セットを手に入れるために必要な昇段試験。

 いままで、何回も失敗してきた試験に、今日こそは受かってみせる。

 ……というか、いい加減に受からないと、その先に進めないので問題だったり。


「あ、トワくん。今日って昇段試験を受けに行くんじゃなかったの?」

「ユキか。さっきまでイリスや曼珠沙華と話をしてたからな。これから受けに行くところだよ」

「そっか。いまのトワくんなら大丈夫だと思うけど、頑張ってきてね」

「ああ、任せとけ」


 ユキの方は、疎遠だった間に特級生産セットを入手していたらしい。

 特級生産セット用に、新しい工房を用意していたというのだから、少し驚いた。

 工房を増設した柚月も、どうせ俺が特級生産セットを入手したらそっちの工房も必要になる、ということですんなり増設したらしいのでなんとも言えない。

 ……実際問題、俺も特級生産セットを入手したらいまある設備を移す必要があったのだから仕方がないのだけど。

 なお、今日の試験に受かったら、特級生産セットはユキが新設した工房に設置する予定だ。

 さて、試験を受けに錬金術ギルドに向かおうか。



―――――――――――――――――――――――――――――――



「いらっしゃいませ、トワ様。本日はどのようなご用件でしょうか」

「昇段試験を受けに来ました」

「かしこまりました。……前回の受験から、規定の日数は経過しておりますね。それではこちらへどうぞ」


 受付から試験を行う作業部屋へと通され、試験の準備が始まる。

 俺の場合、錬金薬士ということで、試験内容は『素材に錬金術を用いて下処理を行い、★12のポーションを十回連続作製せよ』というものになる。

 単純に錬金術だけなら銃の製造で終わるらしいが、そっちを選んだ場合、調合ギルドで調合側の試験を再度受けなければいけないため、一度の試験で突破できるこちらの試験を受けている。


「それでは、試験を始めます。制限時間はありませんので、ご自分のペースで作業を行ってください」

「わかりました。……さて、それじゃ始めますか」


 自分のペースで、という話だが、自分のペースだと、かなりサクサク作ってしまう。

 あーだこーだ考えるより、すぱっと終わらせるほうが性に合ってるからな。

 というわけで、薬草の下処理を錬金術で一気に済ませてしまう。

 この時点ではミスはなく、すべて★12である。

 さて、ここから先が問題なんだよな。


「……一呼吸おいてっと。調合、失敗しないようにしないと」


 最近のミスは、すべて調合側で起こっている。

 それも、調合割合を間違える……というか、割合通りに原液を混ぜるのに失敗する、という初歩的なミスばかりだ。

 でも、いまなら、思い通りに全身が動くし、さほど問題はないだろう。

 ……というわけで、調合作業も一気に済ませ、見事★12を十連続成功させた。


「お疲れ様でした。昇段試験は合格となります。手続きをしてまいりますので、しばらくお待ちください」

「ああ、よろしく」


 ここしばらくの間、問題になっていた昇段試験も無事にクリアできた。

 さて、手続きが終わったら特級生産セットを手配して、クランホームに戻ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る