365+1.Unlimited World
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本日3話目の更新
昨日から連続更新しています
まだ読んでいない方は昨日の1話目からどうぞ
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「それで、結局は元の鞘に収まったわけね」
ユキ……雪音との話をしてから数日後。
きちんと仲直りしたことを柚月に報告しておいた。
柚月も、安心した表情を浮かべている。
「元の鞘に収まったと言うか、言葉の上でのケジメをつけただけというか」
「なんにしても、ユキが大手を振って復帰できるのは喜ばしいことね。あの子ももう少しで、特級生産設備に手が届きそう、らしいし」
そうなのか。
ユキも俺がログインできないでいた間、それなりに頑張っていたんだな。
「それにしても、ちゃんと仲直りできたようで安心したわよ。おじさんから、ちょっとこじれてるって聞いてたから」
「それは心配をかけたかな。いまはもう問題ないから安心してくれ」
「そう、わかったわ。……ところで、ユキの姿が見えないけど、一緒に帰っていないの?」
「んー、それがな。ユキ、かなりの間学校を休んでたんだよ。その穴埋めのために、放課後に残って単位を稼いでるところだな」
「そうなのね。……トワ、それは彼氏として一緒に帰ってあげるところじゃないの?」
ニヤニヤしながら、柚月が俺に告げる。
柚月も恋愛話は大好物、ってところか。
「残念ながら、俺は先に帰ることになってるよ。というか、ユキの用事がないときだけ、一緒に帰ってる」
「あらそうなんだ。あなたなら、ユキを待ってあげるくらい気にしないと思うけど」
まあ、確かに柚月の言うとおりだ。
もっとも、これには理由があるんだが。
「ユキの補講初日に、ユキの下校時刻まで時間を潰していたことがあったんだよ。でも、そうしたら、ユキにガッツリ怒られてな。自分の補講が終わるまで待っていたら、薄暗くなるんだから、ってな」
「ああ、まだ松葉杖をついて歩いてるんだっけ」
「それにも、大分慣れたけどな」
それでも、薄暗くなってからの移動はかなり大変だけど。
「逆に俺のリハビリがある日は、必ず同行するのに。解せぬ」
「それだけ、あなたのことが心配なのよ。……ところで、ユキの具合はよくなったの? トワの話だと、なかなか日常生活も厳しい状況だと思うんだけど」
それなぁ。
確かに、そう思うんだろうけど……。
俺は、肩をすくめながら回答する。
「一番、精神的な負担になっていたことは、俺のことだったようだ。俺との関係が修復されたら、一気に体調もよくなっていったってさ」
「それもまた、現金な話ね」
柚月は嘆息をつきながら答える。
……でも、精神的な問題って、なにかのはずみで好転することはあるからな。
一時的な回復状態の可能性があるため、勿論、経過観察は必ず必要なわけだけど。
「精神的な問題は、いろいろとあるからな。ただ、ユキの主治医からは、これからしばらく、できる限りそばにいて体調に注意してほしい、とは言われたけど」
「……実際、二カ月くらい家に篭もりきりだったんだから、体力が落ちてるわよね」
「ああ、ユキと再会したときは、かなりやつれていたからな。もう治ったけど」
ユキと再会して数週間、ユキの様子も十二月前の明るさと活発さを取り戻した。
そのほかにも、少し困ったことが増えたが、そっちは些事だろう。
「それで、トワ。あなたは、いつになったら商品販売に復帰できそう?」
「……まだ数週間はかかりそう。いまだと、慎重にやっても★11が限界だし」
「なんでまた、そこまで腕が落ちているのよ」
腕が落ちた理由なぁ。
まあ、柚月なら話しても問題ないか。
「俺が右目を眼帯で隠しているのと一緒だよ。事故の後遺症で、リアル側で右腕がほとんど機能していないんだ。
「……一体、どんな事故だったのか気になるけど……命があっただけ儲けもの、かしらね」
「右腕と右目はダメになったけど、足はなんとか治りそうだからな。運動制限はされてるけど」
「……本当に、どんな事故に遭ったのよ」
柚月が心配そうにこちらの様子を窺うが、まさか「通り魔に襲われた」とは言えない。
このまま「事故」で押し切らせてもらおう。
「ともかく、今の状況じゃ、よくて★11、基本★10だ。ウォルナットの作った薬のほうがいいんじゃないのか?」
「同じ品質なら、錬金術経由で作ったほうが効果が高いのよ。……しばらくは、ふたりの薬を併売かしら」
「わかった。ウォルナットも納得しているのか?」
「そっちは確認済みよ。トワが本調子になるまでは、『ライブラリ』に残ってくれるって」
それはよかった。
いまの俺じゃ、品質も量も少ないからな。
「それで、これからなんだけど……」
「あ、トワくん! ただいま!」
柚月の言葉を遮り、ユキが部屋の中に入ってきて俺に抱きつく。
そして、俺の胸元に顔をうずめ、ぐりぐりと擦り付ける。
「うーん、トワくんの匂いがするよー。補講の疲れが吹き飛んでいく感じー」
「……ユキ、いちおう私もいるんだけど?」
「……あ、柚月さん、こんばんは。トワくんは渡しませんよ?」
「誰もあなたの彼氏を取ったりしないわよ……」
柚月がうんざりした表情で肩を落とす。
ユキはいまも、俺の身体を抱きしめて離さない。
そう、困ったことというのは、ユキの行動だ。
リアルのほうでもスキンシップが増えているが、ゲームの中ではそれに輪をかけて激しい。
ログイン直後に抱きついてくるのは、恒例となっている。
ドワンやイリス、おっさんに曼珠沙華もこれには苦笑を浮かべていた。
曼珠沙華には「ちゃんと責任、取りなさいよ」とも言われたし。
「ユキ、俺はもう少し柚月と話がある。どうする?」
「邪魔じゃなければ、一緒にいたいな」
ユキは同席希望。
柚月のほうも、問題ないのか、ひとつ頷き話を再開する。
「邪魔なんてことはないから大丈夫よ。それで、相談は今後の『ライブラリ』の体制のことなんだけど、入団依頼が結構きてるのよ。トワがいなくなったことで、錬金術が手薄なのを知られたのよね。それで、入団希望者が押し寄せたわけなんだけど……」
「それって相手にする必要あるのか?」
「……ぶっちゃけ、ないわね。ユキもこの件はどう思う?」
「トワくんと一緒にいられる時間が減りそうなので、お断りです」
ユキのどこまでも自分の都合を優先した回答に、柚月も苦笑を浮かべるしかない。
クランの雰囲気が変わる、とか、人間関係に不安がある、とかじゃないのがユキらしい。
「それじゃあ、これは全部却下ということで。……その代わり、トワは早めに錬金術を再開してよ」
「わかった。と言うか、銃を作るだけなら、右手は添えるだけだし、素材があれば試作してみるよ」
「了解。練習用素材は用意されてるはずだし、よろしく頼むわよ」
今日の予定は、錬金術スキルの練習だな。
そう決めようとしたところに、割り込んできた者がいた。
ユキだ。
「ダメです。トワくんは、今日、私とジパンでデートをするんです」
「……あら、そうだったの、トワ?」
柚月が不思議そうに聞いてくるが、俺にとっても初耳……いや、確か……。
「ユキ、確かにジパンでデートをしようって話はあったけど、今日じゃなくてもいいんじゃないのか?」
「ダメです。私は今日がいいんです」
「……トワ、一緒に行ってあげなさいな。銃は数日遅れたって問題ないわけだし」
「すまないな、柚月。それじゃあ、行こうか、ユキ」
「うん! 早速行こう!」
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ジパンに移動したあとは、ふたりで適当にぶらぶらして歩いた。
リアルでは、まだ左足がリハビリ中なので、歩き方がぎこちなくなる。
だがゲームだと、左足の違和感がないので普通に歩くことができる。
……全力ダッシュだと、うまく走れるか心配だけど。
そして、しばらく街中をぶらぶらしたところで、ユキが申し訳なさそうに告げてくる。
「ゴメンね、トワくん。柚月さんの依頼を無理矢理断らせることになって」
「……いや、今日は気にしなくていいさ。急ぎの仕事じゃないし」
「そっか、よかった。これで、今日はトワくんを独り占めできるね」
ニコニコ笑顔で話すユキ。
そう、あの話し合い以降、ユキの独占欲が一気に高まった。
柚月やイリス、曼珠沙華相手に話している分には問題ない。
だが、学校とかで女子と話していると、目に見えて機嫌が悪くなっていくのだ。
……好かれているのは嬉しいけど、ヤキモチ焼きはもう少し穏やかにしてほしい、
そんな雪音が好きになったのだから、どうにもならないけど。
「さあ、トワくん。クリスマスイベントとお正月イベントに参加できなかった分、今日は目一杯楽しもう!」
「はいはい、わかったよ。ユキの気が済むまで付き合うさ。明日は休みで予定もないからな」
「うん! まずは射的場に行ってみよう!」
元気に俺のことを引っぱっていくユキ。
今日もまた〈
「トワくん、早く行こうよ! 夜更かしするにしても、時間は限られてるんだから!」
「わかったわかった。すぐに行くよ」
願わくば、今日の青空が明日も続きますように。
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365+1話終了
~あとがきのあとがき~
エピローグ完結!
これにて『Unlimited World ~生産職の戦いは9割が準備です~』の本編は終了となります。
……8月以降の連載間隔変更や一時休止がなければ、もっと早く完結できていたのですが。
今後の予定ですが、後日談を書いていければと思ってます。
とりあえず、メインの冒険はこれで終わりになりますが、トワとユキの話はまだ続く予定です。
開始タイミングは、高校一年生の春休みあたりスタート。
ちょうど連載開始時点から一年後です。
それでは、また読んでいただけることを祈りつつ。
皆様、今後とも心にゆとりを持ちつつごゆるりとお楽しみください。
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