261.夏の終わり

「はははっ!! 楽しいじゃないか、爺さん!! ほらほら、もっとギアを上げていくよ!!」

「ふむ、さすがはオウカ殿が認めた異邦人じゃ。これは滾るわ!」


 目の前で繰り広げられる、【剣豪】あるいは【太刀斬】霧椿とツキカゲ流当主の模擬戦。

 特殊な結界の中である事をいいことに、どちらも真剣で戦っている。

 なお、霧椿が使っている太刀は竜帝装備である。


 防衛戦イベントが終了して早一週間近く、ようやく時間的な余裕ができたので、霧椿を連れてツキカゲ流の道場を訪れた訳だ。

 そこで始まったのが、この模擬戦である。

 もはや、二人とも周りを見ている様子はない。


「トワくん、霧椿さんもツキカゲさんもすごいね」

「すごいってレベルじゃないけどな。あれ、いつか道場を壊すんじゃないのか?」


 二人とも攻撃の勢いはどんどん増しており、攻撃を攻撃で迎撃しているようなものだ。

 防御とか躱すとか、そういった動きはまったくない。

 ……よくもまあ、βの時やGWゴールデンウィークの武闘大会で勝てたものだな。


「さあ、オウカの弟子よ。ここからがツキカゲの技だ。見事受け止めて見せよ!」

「そうこなくっちゃ! さあ、かかってきな!」


 ……うーん、これはしばらく終わりそうにないな。

 とりあえず、この一週間にあったことでも整理してみるか。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



「さて、イベントは終わったわけだけど。あれは一体何だったのかしらね?」

「あれって何だ?」


 イベントが明けた翌日の夜。

『ライブラリ』のクランホーム、談話室にておっさんも含めた全員が集まっての会議、というかお疲れ様会が開かれていた。

 その最中に柚月が疑問の声を上げたのだ。

 さすがに、何を指しているのかわからなければ答えようがないな。


「決まってるでしょう、称号の話よ。戦闘で活躍したトワ達はわかるけど、私にも【カリスマデザイナー】の称号が贈られてきたわよ」

「それを言うならばわしもじゃな。【鉄骨鍛冶師】の称号がついたわい」

「ボクは【サイレントシューター】に【テンペストスナイパー】、それから【木工細工師】だねー」

「おじさんにも、称号はついたねぇ。【ジュエリークラフター】というのは、流石にまだ名前負けしてる気がするんだよねぇ」

「私は【神の舞姫】に【ファンタジックコック】ですね」

「俺とイリスが一番種類があるのか。【魔銃鬼】【双刀銃聖】【アルケミックファーマシスト】の3つだからな」

「これって基本的に、プレイヤーが呼んでいた二つ名を元にしてるわよね。なんで今更、こんな称号をよこしたのかしら?」

「さてな。確かに、今更な気もするけど運営の考えだし俺達が騒いでも仕方が無いだろう? まして、称号を受け取ったことを公表してるわけだし」

「まあ、それはそうだけどね。でも、本当に今更じゃない?」

「むしろ今更だからな気もするけどねぇ」

「おじさん、どういうこと?」

「プレイヤー達が公開している動画をいくつか見てみたけど、皆、相当活躍してたみたいだよね。それで、この機会に活躍したプレイヤー達にユニーク称号をプレゼントした、とかそういうことだと思うよ」

「……まあ、確かに、タイミングとしてはいい機会という訳ね。私としては今更感が拭えないけど」

「『ライブラリ』はそうだろうね。でも、他の大手クランに所属していない凄腕生産者とか、戦闘系プレイヤーを発掘するいい機会になったんじゃないかな?」

「そういったプレイヤーは、発掘されてもなびかないと思うんだがな」

「そこまでは、おじさんも保証できないね」

「まあ、称号の事はいいじゃろう。とりあえず、無事にイベントを終えることが出来たわけじゃからな」

「そうだねー。ゲーム内だけど、夏休みのいい思い出になったよー」

「ところで、皆はイベントポイントをどうするか決めたの?」

「おじさんはそこそこのポイントしか稼げなかったからね。生産用ゴールドスキルチケットを1つもらって、あとは細かい端数を処理して終わりかなぁ」

「わしは、様子見じゃな。ポイント自体はかなりもらったが、生産用ゴールドスキルチケットをもらっても使い道に困る。まあ、一部のスキルはあっても困らんのじゃが」

「ボクも様子見ー。特別欲しいものもないけど、何をもらえばいいかわからないから考え中ー」

「……まあ、私も似たようなものなんだけど。トワ達はどうするの?」


 俺か、そうだな……


「……うん、しばらく考えるようにする。ポイントの交換期限は9月末だし」

「私は生産用ゴールドスキルチケットを1つもらって、残りはまた今度考えます」

「結局、皆ほしいものって言うのが少なすぎるのよねぇ……」


 まあ、大体のものは足りてるからな。

 足りないものは最上級素材だろうが、イベントポイントでかき集めるのもなぁ。


「……そう言えば、もうすぐ夏休みも終わりなのよね。イリス、宿題は終わってるの?」

「バッチリ終わってるよー。毎日勉強もしてるし、そこは抜かりなくやってるよー」

「そう、それならいいわ。トワ達は……もう夏休み明けてるのよね」

「先週から2学期が始まってるよ。大学はまだ、夏期休業なんだろ?」

「うちの大学は9月いっぱいまで休みね。ドワンは?」

「わしも似たようなもんじゃ。もっとも、休み明け前から学校には顔を出す予定じゃが」

「そうなんだねぇ。……おじさんは、まだまだ、リハビリが終わらないから復職まで遠いねぇ」

「……まあ、そっちも頑張ってくれ」

「そうさせてもらうよ。こっちで色々するのも、いいリハビリになるからね。適度に頑張らせてもらうよ」

「そうして頂戴。……さて、今日は一日休暇にしたけれど、明日からはまた忙しくなるわよ!」

「だろうな。正直、明日以降のことを考えると頭がいたいぞ」

「そうだね。消耗品は全て売り切れだもんね」


 そう、先週一週間在庫補充が出来なかった結果、ポーションは完全に品切れとなっていた。

 もちろん、ユキの料理も同様だ。


「あなた達はまず数を作らなくちゃいけないものね。……私達が楽できるわけでもないんだけど」

「そうじゃのう。わしらにも装備の作成依頼が入っておるからのう」

「★12装備を解禁するってなっちゃったからねー。素材も費用も高いのに、頼んでくる人がそこそこいるのは驚きだよねー」

「じゃのう。まあ、わしとしてはスキルレベルのためにも受ける事を否定はしないがの」

「私も嫌だとは言わないわ。ただ、イベントが終わったばかりなのに、よくそんなに素材やお金があると思うのよね」

「むしろ、イベントが終わったばかりだからじゃないのか? 確か、イベントポイント交換の景品の中に最高級素材セットがあっただろ? それを使って素材を集めたんじゃないのか?」

「……そう言えば、そんなものもあったわね。自分で交換するつもりがなかったから、すっかり忘れてたわ」

「まあ、それにしても手数料は安くないのじゃがな。それでも頼める、羽振りのいい客というのはいるもんじゃて」

「それはいいことだ。……そう言えば、イリスは明日から出かけるんだっけ?」

「うん、家族で温泉旅行かなー。2泊3日だから、次にログインするのは金曜日かなー」

「リアルの事情なら仕方が無いわよね」

「まあ、家族旅行もいいことだよな。そっちの準備も終わってるのか?」

「終わってるよー。お姉ちゃんは温泉に行ったときもゲームができるようにできないか、色々考えてるみたいだけどねー」

「あら、イリスって姉がいたのね。お姉さんもゲームをしているの?」

「別のゲームだけどしてるよー。今年、高校生になったからトワ達と同学年だねー」

「へえ、そうだったのか。このゲームには誘わなかったのか?」

「誘ったけど断られたよー。ライセンスは使わずに残ってるけどね」

「つまり、その気になればいつでも始められるのね。一緒に遊ばないの?」

「お姉ちゃんはお姉ちゃんで楽しんでるみたいだからねー。無理には誘えないかな」


 イリスはイリスで色々あるんだな。

 ゲームも色々あるわけだし、一緒に遊べるとは限らないか。


「旅行、楽しんでくるといいよ。おじさんもリハビリが落ち着いたら、少し旅行に行きたいねぇ」

「そうね。ゲーム内でなら色々なところに行けるけど、リアルで旅行なんていつから行ってないかしら……」

「わしももう記憶にないのう。トワ達はどうじゃ?」

「……私もあまり記憶にないですね。トワくんは?」

「俺ももう大分昔だな。なにせ、親が忙しいからまとまった休みをとるのが難しいからな」

「そうよねぇ。家族旅行って言うのもなかなか難しいわよね」

「どうにかしたいものじゃがのう。……さて、今日はこれくらいにするかのう」

「そうだねぇ。おじさんもそろそろ落ちるとするよ」

「ボクもおちることにするねー」

「そうね、そろそろ解散かしら」

「そうするとするか。明日からまた頑張るとしよう」

「そうだね。頑張ろう、トワくん」


 こうして『ライブラリ』の休養日の夜は終わった。


 その翌日からは怒濤の日々だった。

 一般売り用のポーションを量産しつつ、最高級ポーションを作っていく。

 正直、結果的にはイベント期間中と同じくらいの忙しさだったな。


 金曜日まではそんな日々を過ごし、ようやく土曜日、時間ができたのだ。

 そのため、霧椿との約束を果たすために、ドラゴニュートの隠れ里に案内してきたというわけだ。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



「いやー、想像以上に楽しめたよ! 強いな、爺さん!」

「お主もやるのう。よければわしの技も学びに来るがいい」

「本当かい? それは助かるよ!」


 どうやら弟子入りは成功したようだな。

 これで特殊流派スキルを複数覚える事ができることは証明されたわけだ。


「おう、トワ! 助かったよ。いい流派を紹介してくれてありがとうな」

「それは何よりだ。でも、ツキカゲ流は居合いの技だけど大丈夫なのか?」

「そこは何とかしてみるさ。……よし、【ツキカゲ流刀術】確かに覚えたよ」

「おめでとうございます」

「ああ、ありがとうな。……さて、それじゃあ、『インデックス』にでも行こうかい?」

「うん? 何か情報を買いに行くのか?」

「何を言ってるのさ、逆だよ。特殊流派スキルを同じ系統の技でも複数覚えられる、ってことを売りに行くのさ」

「だったら、霧椿だけで行ってもいいんじゃないか?」

「【ツキカゲ流刀術】を紹介してくれたのはトワ達だろう? なら、情報料はトワ達が受け取るべきだね」

「でも、覚えたのは霧椿さんですよね?」

「こっちはスキルを覚えられただけで満足さ。ほら、さっさと行くよ、二人とも!」

「……ふう、これはついて行くしかなさそうだな」

「そうだね。行こうか、トワくん」

「だな。……それでは師範、また今度」

「うむ、また来るがいい。あやつのような骨のある剣士は大歓迎じゃぞ」

「知り合いに、刀使いは他にいないですね……」

「そうか。まあ、良さそうな剣士がいたらまた連れてくるがいい」

「わかりました。それではこれで」


 その後は霧椿と一緒に『インデックス』を訪れて、特殊流派スキルについての情報を売ることに。

 魔法だと特殊派生は1つしか覚えられないらしいが、戦闘スキルだと関係ないらしいな。


 実際、霧椿という実例があるという事で、今後検証してみるとのことだった。


 これでイベントの後始末も全て終わり。

 長かった夏休みイベントも完全に終わりだ。


 この先は暑さも去り、秋へと向かっていく事になる。


 ……暑いのは苦手だし、早く秋が来ないものかね。


「トワくん、今日の夜の準備は大丈夫?」

「ああ、妖精郷か、大丈夫だぞ」

「おじさんも参加するって言ってたし、頑張らないとね」

「だな、頑張るとするか」


 夏が終わってもゲームの中ではあまり関係ないか。

 とりあえず、クランホームに戻って、夜の準備でもしようかな。

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