257.【防衛戦2日目】いざ最終決戦へ

「おーい、手の空いてる鍛冶士はいないか! 装備の修理を手伝ってもらいたいんだが!」

「布装備の修理はこちらです! 今のペースなら間に合いますので、順番にお待ちください!」

「消耗品の配布の最後尾はこちらになります! 備蓄は十分にありますので並んでお待ちください!」


 全ての街門および市街地の防衛が成功してから10分少々。

 作戦本部である教会前は、別の意味で戦場のような有様になっていた。


「トワくん、すごい人だかりだね」

「そうだな。流石に800名近い参加者がいるだけのことはあるな」


 装備の修理に並ぶプレイヤーや、消耗品の配布に並ぶプレイヤー。

 そして、それらのプレイヤーに対して修理や消耗品の配布を行うプレイヤー。

 それぞれがそれぞれの役割を果たしていた。


 さて、そんな中、俺とユキが何をしていたかというと……


「トワ君にユキさん、二人はあっちに行かなくても大丈夫なのかい?」

「ああ、白狼さん。大丈夫ですよ。装備の消耗もないし、消耗品も多めに持ち込んだおかげで配布に並ばなくても大丈夫ですから」

「私も同じです。まだポーションはたくさん残ってますから、この後の戦闘でも大丈夫だと思います」

「ならいいんだけど。……まあ、僕も特にやることがないのは一緒なんだけどね」


 そう、特にやることがないのだ。


 俺は攻撃時、結局オリジン装備だけしか使わなかったので武器の耐久値消費は0。

 防具も攻撃を受けてない以上、耐久値が減っているはずもない。

 ユキは俺に輪をかけて装備品の消耗がない。

 そもそも、後方でバッファーを続けていたユキに攻撃が届いていた方が問題となった訳で。

 さらに、ポーションのような消耗品も、今日はかなり多めに持ち込んだことで補充の必要がない。


 結論としてやるべき事がないため、人混みから離れた場所でのんびりしている訳だ。

 こんなところに来る以上、白狼さんも似たようなものなのだろう。

 南門の総指揮官だった白狼さんが消耗していたらまずいのだが。


「さて、この後、最終決戦とやらに移行する訳だけど、トワ君は何が来ると思う?」

「そうですね。グレーターデーモン以上の存在が来るのでしょうから、デーモンロードとかでしょうか」

「あるいは、アークデーモンとかかもね。どちらにしても、大規模レイドになることは間違いなさそうだけどね」

「そうですね。全員強制参加のようですから、大規模レイド戦になるのは間違いないでしょう」

「問題はどの程度の敵が来るのかだけど、それは蓋を開けるまでわからないし、今から気をもんでも仕方が無いか」

「ですね。……まあ、今後の戦闘に備えてのあの騒ぎな訳ですが」


 俺達が話をしている間も、修理や補充の列は途切れることなく続いており、かなりの人数が補給を終わらせてもまだまだ人が途切れる気配はない。


 ちなみに、俺達がのんびり話をしている理由は、補給の手伝いを断られたためである。

 作戦本部の補給用人員だけで配布は行いたいらしく、手伝いの申し出は丁重に断られた。

 俺とユキは消耗品作成の生産職なので、修理の手伝いをすることもできない。

 つまりは邪魔にならないように、離れた場所で休んでいるしかやることがないのである。


 やることもやれることもないプレイヤーと言うのもそれなりにいるらしく、俺達のように人混みを避けたところで休んでいるプレイヤーも多い。

 そのほとんどは、各門の後方支援部隊らしい。

 正直、俺やユキのように戦闘を行っていたにもかかわらず、装備の修理も消耗品の補充もいらないプレイヤーの方が稀なのだ。

 ともかく、俺達にはやることがなく……ぶっちゃけ、暇なのである。


「イリスさんはどうしたんだい?」

「イリスなら修理の手伝いに行ってますよ。俺達みたいに消耗品を作る生産職じゃなくて、木工品を扱う生産職ですからね」

「なるほど。彼女も全力で戦っていただろうに、大丈夫なのかな?」

「最後10分は休憩を取るって言ってましたし、大丈夫じゃないでしょうか」

「自己管理ができているなら大丈夫そうだね」


 そう言えば、今日のグレーターデーモン戦はどうだったんだろう?

 この機会に聞いてみるか。


「白狼さん、今日のグレーターデーモン戦ってどうだったんですか?」

「グレーターデーモンかい? 基本は昨日と同じ攻撃パターンだったかな」

「それなら、かなり楽勝でしたか?」

「うーん、今日は後列狙いの特殊攻撃もしてきたから、楽勝とまでは言えないかな。門の被害のことを考えれば、かなり楽には勝てた方だと思うけど」

「そのようですね。それにしても、今日は西門が最速でクリアしたのは驚きました」

「西門は『ヴァルハラリーグ』が加わったからね。単純に戦力が増した結果、討伐が早くなったらしいよ」

「そうなんですね。誰から聞きました?」

「教授だよ。教授はヴァルハラリーグのエインヘリアルさんから報告を受けていたようだったよ」

「そうですか。逆に北門が大変だったのかな?」

「北門はそこまで苦戦してなかったみたいだよ。攻略は最後になったけど、実質的には特に問題なかったらしいからね」


 白狼さんは総指揮官として色々報告したみたいだし、他の門の様子にも詳しかった。

 まあ、クリア済みの話である以上、あまり深く聞いても仕方が無いのだが。


「おお、トワ君達。こんなところにいたのであるな」

「うん? 教授か。何かあったのか?」

「状況の確認に回っていたのであるよ。トワ君達が市街地防衛戦の要になっていたと聞いたので探していたのである」

「要ねえ。確かに重要な役割をユキが担っていたとは言えるけど」

「概要は聞いているのである。使っていた戦法は、神楽舞による移動速度減少デバフを使った囮作戦、で間違いないのであるな?」

「……まあ、囮作戦だろうな。デバフをつけることで前線にデス達を向かわせないように誘導していた訳だから」

「なるほどである。……しかし、そうなると一つ疑問が残るのであるなぁ」

「うん? 何か問題でも?」

「問題と言うほどではないのである。タンク陣のヘイトコントロールを受けない設定になっていたデス達が、デバフの付与とは言えそんな簡単に釣り出されたという事実が引っ掛かるのであるよ」

「……考えすぎじゃないか? そもそも、ああ言った広域デバフでヘイトコントロールをされるというのが、運営の予想外の行動だったとか」

「しかし、神楽舞を取得したのはだいぶ前であるよ。それなのに、スキル一つで戦況をコントロールされるような設定を今更してくるというのは引っ掛かるのである」

「うーん、教授。僕も考えすぎだと思うよ。広域デバフに対応できなかったのは、そう言う戦術をとってくると言うのが想定外だったと思うべきじゃないかな。実際、あの範囲のデバフを使えるのは、神楽舞を使えるユキさんくらいのはずだし」

「ふむ、そうであるか。ちなみに、アイドルや歌姫が使うという歌唱スキルでは広域デバフは出来ないのであるか?」

「詳しくは聞いていないけど、デバフの場合は5メートル程度しか届かないらしいよ? 増幅装備であるマイクを使っても有効範囲は伸びないらしいし。神楽舞が特別有効だったと言うだけじゃないかな?」

「うーむ、運営が想定していなかった戦法をとったというのであるか。……あるいは、運営側が開発サイドに神楽舞を覚えてるプレイヤーの存在を伝えていなかった可能性もあるのであるか?」

「そうだね……想像の域を出ないけど、その可能性もあるのかな?」

「どちらにしても、デスの討伐が順調に進んだおかげで、ナイトメアリーパーの討伐がスムーズに行われたのは幸運である。ユキさんがいなかった場合、まだ市街地戦が続いていた可能性もあったのであるからなぁ」

「……ナイトメアリーパーって、そんなに強かったのかい?」

「俺は一当てすらしてないのでなんとも」

「報告によれば、第一形態は楽勝だったそうである。であるが、第二形態に移行したと同時に取り巻きである飛行型モンスター、デスが大量に現れてタンク達を無視し、後列のプレイヤー達に襲いかかっていたらしいのである。そのせいで、前線に十分な支援が行き渡らなくなり、一時は崩壊しかけたそうであるよ」

「なるほど。その状況を救ったのがユキさんの神楽舞か。お手柄だったね」

「いえ、そんな事は。トワくんが作戦を考えてくれたからこそですし」

「何はともあれ、殊勲賞はユキさんであるな。……さて、最終決戦まであと10分を切ったのである。最後もよろしく頼むのであるよ」

「了解、精一杯やらせてもらうよ」

「はい、頑張ります」

「出来る事はやらせてもらうよ。総指揮官って言う立場だったおかげで、戦闘面では不完全燃焼気味だからね」

「心強い返事であるな。それではこれで失礼である」


 さて、教授も去っていったがこの後はどうしたものかね。

 あと10分を切っているとは言え、逆にいえば10分弱はまだ待機なのだ。

 ……ここまでやることがないと、本気で持て余すな。


「さて、僕もそろそろクランメンバーのところに戻るとするよ。レイドチームについては、今組んでいるチームをそのまま維持で構わないかな?」

「いいんじゃないでしょうか。最終決戦は全プレイヤー参加とは言え、ドワンと柚月はそこまで積極的に攻撃に参加するとは思えませんし。何かあるようでしたらとっくにチャットで報告が来てるでしょうから」

「なるほどね。了解したよ。それじゃあ、他のレイドメンバーには、この後でレイドチャットを通じて報告しておくよ」

「お願いします、白狼さん」


 白狼さんもクランメンバーと合流するために去っていった。

 少ししてから、レイドチャットで今のレイドチームを維持する事が連絡された。

 その決定に異を挟むものはおらず、霧椿などは俄然やる気をみなぎらせていた。

 ……おそらく、ナイトメアリーパー戦のダメージMVPも霧椿なんだろうなぁ。


「トワー、調子はどう?」

「やれやれ、ようやく合流できたわい」

「流石にこの短時間であれだけの修理をするのは疲れたわね」

「皆さん、お疲れ様です」

「全員揃ったのか。お疲れ様」


 イリスに柚月、ドワンの3人が合流してきた。

 流石に3人とも大量の修理を行ってきた後だけに、それなり以上に疲れている様子だ。


「レイドチャットを聞いたけど、レイドチームは維持なんだよねー? ここにいて大丈夫なのかな?」

「あー、そう言えば合流するかどうか聞いてなかったな。ちょっと待ってくれ」


 レイドチャットで合流するかどうかを確認したが、特に合流はしなくても大丈夫だろうという事だった。

 ユキの神楽舞はバフをかける時は、レイドチームに所属していれば距離は関係ないし、今から集合しようにも人が多すぎて集合場所を決められないという事だった。

 それに、大規模レイド戦ともなれば、数百人規模の乱戦になることが予想され、はっきり言ってクランチーム単位の行動は難しいらしい。

 実際、夏休み前半戦の最後であった邪竜帝との戦闘では、レイドチームで固まって行動する事が難しく、結局は分散して戦っていたらしい。

 なので、特に集まらずに各自の判断で戦闘を行うという話だった。


「へえ、そんなに乱戦だったのね。あの最後のイベントって」

「話によれば、数百人毎に別々のイベントサーバーに移動させられて戦っていたらしいからのう。流石にパーティやレイドチームなどを組んでいれば、ばらされることはなかったらしいのじゃが」

「つまり、この場にいる全員が同じ相手に挑むのは確定だけど、大乱戦になるからレイドチームで固まっても大して意味はないって事なのね」

「そのようじゃのう。あえて利点を挙げるとすれば、レイドウィンドウで各メンバーのHPなどの情報を確認出来る事じゃろう」

「それって、乱戦になって支援ができない状況じゃあまり意味はないわよね?」

「そう言うことじゃな」

「人数が多いって言うのも考え物よね」

「βテストの最終日にあった大規模レイドも似たような状況だったろ?」

「あの時は最後尾で適当に回復魔法を使っていただけだもの。前線の状況なんてわからなかったわ」

「わしも投擲武器を大量に用意して投げつけていただけじゃからのう」


 なるほど、この二人はあのイベントの時も前線にはいなかったのか。


「とはいえ、今回はわしも前線に出るしかないからの。投擲武器なんぞ作っていないわい」

「私は後方で回復役ね。前線の混み合っている中で戦う気概はないわ」

「……私はどうすればいいのかな、トワくん?」

「ユキも後方から神楽舞で支援してれば大丈夫だと思うぞ。ただ、大規模レイド戦だと後方をなぎ払うような直接攻撃も多いから、油断はできないけど」

「わかったよ。そうさせてもらうね」


《最終決戦開始1分前です。最終決戦のクエスト内容を公表します》


 ―――――――――――――――――――――――


『悪魔の軍勢の総司令官を撃破せよ』


 クエスト目標:

  敵性対象を撃破する

 勝利条件:

  アークデーモンの撃破 0/1

 敗北条件:

  60分以上の経過

 クエスト報酬:

  イベントポイント(報酬ポイントは戦闘内容によって変化)

 特殊条件:

  デスペナルティなし(死亡判定となった場合、60秒後に後方にてリスポーン)

  攻撃時有効射程延長


 ―――――――――――――――――――――――


「……さて、いよいよ始まるわね」

「そのようじゃの」

「頑張ろうねー、みんなー」

「はい、頑張りましょうね」

「まあ、やるだけやるさ」


 準備は可能な限り整っている。

 後はラスボスのアークデーモンとやらを撃破するだけだ。


《最終決戦開始時間となりました。転送を開始します》


 戦闘開始時間になるとともに、強制的に転移させられる。

 さて、ラストバトルの開幕だな。

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