231.【1日目】『アビスゲート』『ミオン親衛隊』のアップグレード

 いつも通り寝る支度を調えて夜時間のログイン。

 今日はポーション作りが終わっていないため、クランホームからのログインだ。

 ……終わっていないと言えば日課にしているガンナーギルドでの銃製造クエストも受けていないが、イベント期間中は時間が取れたときのみに行う事にしよう。


 自室にログインしてクランメンバー用のメッセージボードを確認したが、特に新しい話はなかったので工房へと向かう。

 工房では一足先に来ていたらしいユキが料理をしていた。


「こんばんは、トワくん。トワくんもこれから作業?」

「こんばんは、ユキ。俺もこれからポーション作成かな」

「そうなんだ。昼間は忙しかったからね」

「まったくだ。……ところで、ユキはサブジョブの方を上級職にしてあるのか?」

「うん、もうしてあるよ。トワくんはまだだったの?」

「ああ、忘れてた。今日、師匠のところに行ったときに指摘されるまですっかり忘れてたよ」

「それなら早めに行った方がいいんじゃない?」

「ああ、忘れなければ明日にでも錬金術ギルドに行くつもりだ」

「うん、それでいいと思う。あるいは、これから行くとか」

「今日はいいや。この後、クランに来客があるし、俺の出番もあるかもしれないからな」

「そっか、わかったよ。私も覚えておくから、錬金術ギルドに行くのを忘れそうだったら伝えるね」

「頼んだ。……さて、それじゃポーションを作り始めるとしますか」


 昼間買い込んできた大量の上級ポーション素材を丁寧に処理してポーションを作成していく。

 品質的にはハイポーションはほぼ確実に★12になるようになった。

 カラーポーションは1割ほど、蘇生薬は2割ほど★11になってしまうが、残りは★12になるので特に問題はない。

 上級錬金術士になれば、この品質のブレも収まるかもしれないから早いうちに上級錬金術士になっておくべきだろうな。


 集中してポーションを作る事しばらく、工房のドアがノックされた。

 俺の方は手が離せなかったので、ユキが対応にでてくれた。


「あら、ユキもいたのね。トワはいるかしら」

「柚月さん。トワくんもいますよ。今、ポーションを作ってますからちょっと待ってくださいね」

「わかったわ。作業が一段落ついたら談話室に来るように伝えて頂戴な」

「わかりました。伝えておきますね」

「よろしくね。私は来客対応があるから談話室に戻るわね」


 要件だけ伝えると柚月は去っていったようだ。

 それにしてもやっぱり俺も必要だったか。


「トワくん、今の話、聞こえてた?」

「談話室に来てほしいって事だろ。聞こえてたから大丈夫だ」

「うん、それじゃお願いね」

「ああ、わかってる。今作ってる分のポーションを仕上げたら談話室に向かうよ」


 とりあえず、今は手が離せない工程だからそれだけ返事をしておく。

 やがて、今作っているポーションも完成し、作業全体としても一段落ついたと言える状況まで到達したので談話室に向かうことにした。

 ユキの方の作業も一段落ついたみたいで、俺と一緒に談話室へと来てくれるらしい。

 ユキを伴って談話室に向かうと、普段見慣れないプレイヤー達が柚月と談話室で打ち合わせをしていた。

 ドワンとイリス、それからおっさんの姿が見えないが作業中だろうか?

 打ち合わせをしているメンバーの中には、昼間来ていたホリゾンやミオンの姿もあるのでそれぞれのクランメンバーだろう。

 俺達が入ってきたことに気付いた柚月が手招きしてくる。


「意外と時間がかかったわね。ともかく、来てくれて助かったわ」

「柚月が来たのが作り始めてすぐの段階だったからな。それで、俺を呼んだ理由はなんだ?」

「そうね、まずは錬金術で作ってほしい装備があるという事が一つね」

「錬金術で作る装備か。それって銃か?」

「銃もあるのだけど……詳しい話は本人に聞いてもらいたいわ」

「わかった。それで他にもあるのか?」

「次に、イベント期間中にポーションを作って卸してほしいという事なんだけれど、どうかしら?」

「……ポーションを作る事自体はできるけど、それを卸すというのはどうだろうな。一応、イベント期間中もポーションの販売は行うけど」


 流石に優先的にポーションを卸すような間柄でもないし、そこは見送らせてもらいたいところだな。

 そこに話を聞いていたホリゾンとミオンが事情を説明してくる。


「ああ、普通のポーションを売ってくれって訳じゃないんだ。イベントサーバーでもポーション用の素材を入手できるんだが、イベントサーバーで入手した分の素材を渡すからそれをポーションにしてほしいって事なんだけど、それでもダメか?」

「自分達で集めた分だけでも優先的に作ってほしくて、ダメでしょうか?」

「んー、イベントサーバーで入手した素材の分だったら、まあいいか。それで、イベントサーバーで入手できるポーション素材ってどんなものがあるんだ?」

「ちょっと待ってくれ。俺らが昼間に採取しておいたサンプルがあるから、それを見てどんなポーションが作れるか教えてくれ」


 ホリゾンが机の上に置いた薬草類は、ハイポーションやカラーポーション、蘇生薬の材料になる素材だった。

 アイテム鑑定の結果としては、全てに『イベント用』という但し書きがついており、イベントサーバーでないとトレードも加工もできないようになっているが、少なくともイベントサーバーに行けば加工できるだろう。


「これらの薬草があればハイポーションやカラーポーション、蘇生薬が作れるな。これをどこで手に入れたんだ?」

「うん? 都市ゼロの東にある森の中に普通に生えてた薬草だ。俺達のスキルレベルでも普通に入手できるから、良くてミドルポーションだと思ってたが、ハイポーションまで作れるんだな」

「ハイポーションまで作れるというか、錬金術で加工してから使えばハイポーションになるという話だな。普通にこのままポーション素材として使ってしまうと、ミドルポーションになるはずだ」

「そうなのか。それなら尚更ハイポーションにしてもらいたいんだが、どうだ?」

「……柚月、どう思う?」

「私としては悪くない取引だと思うけど? 素材を優先的に納めてもらう代わりに、こちらも優先してポーションを渡す。特に問題のある事じゃないと思うわ」

「それもそうか。そう言うことならこの依頼を引き受けようかな」

「本当か。それは助かる。それで、素材の納品はいつ行えばいい?」

「イベントサーバーでしかトレードもできない以上、ある程度の数をまとめて渡してもらった方がいいな。一日一回、素材の受け渡しと完成したポーションの受け渡しをすることにしよう。完成したポーションを渡せるのは次の日になるけど、それでも構わないか?」

「できればその日に渡してもらいたいんだが難しいか?」

「加工している間、待ってもらえるならそれでも構わないぞ。ただ、数によっては1~2時間待ってもらう事になるけど」

「……それなら問題ないと思うぜ。待ってる間も、俺達は素材集めをしておけばいいんだからな」

「それでいいなら当日渡しも可能だな。後は詳しい受け渡しの方法だけど……」


 その後、細かい内容を詰めていってホリゾン達『アビスゲート』との取引については合意できた。


 他方、ミオン達の方も同じように素材を納品する代わりに優先的に完成品を卸してほしいという事になった。

 ミオン達についてはポーションなどの消耗品だけでなく装備、特に防具類を卸してほしいという事だった。

 それについては柚月が一時保留という形にした。

 実際にどれくらいのアイテムが集まり、装備をどの程度作れるかがわからないため、数日は様子を見るという事になったためだ。


「……とりあえずアイテムの優先納品についてはこんなところかしら。それじゃ、私は依頼された装備のアップグレード作業にあたることにするわ。トワもそっちの方をお願いね」

「ああ、わかった。ちなみに、料金とかの話はついてるのか?」

「そっちの交渉は終わってるわ。『アビスゲート』側からはガンナー用の銃を3つアップグレード、『ミオン親衛隊』からは銃のアップグレードが1つと、それ以外に錬金術での装備強化が1つね。詳しい話は本人達に聞いて頂戴」


 柚月の方でもそれなりの数の作業を行うようで、アップグレードを行う装備品を抱えて工房の方へと向かっていった。


 俺の方はと言えば、『アビスゲート』のガンナーから強化する装備品を受け取ってどんな強化をするかについて確認させてもらう。

『アビスゲート』の強化についてはレイド産装備をアップグレードするという事で、強化結果についても決まっているらしい。

 武器としての性能が生産装備よりも1割ぐらい上な代わりに、融通が利かないというのがレイド産装備の特徴らしい。

 強化素材については俺がいなかったため何を使うかが判明してなかったが、俺が確認して素材名を伝えると強化用素材には余裕があるという事ですぐに用意してもらえた。


『ミオン親衛隊』については、すぐにアップグレードというわけにはいかなかった。

 一応料金と素材は受け取っているのだが、素材としては普段使っているものより一段階下の素材を使うことになるため、そちらの素材完成待ちと言う状態だった。

 それについては既にドワンとイリスが対応しているという話だったので、それを待てばいいだけであったが、もう1つの装備強化というのが問題だった。


「……マイクの強化?」

「はい。マイクの強化を行ってほしいんです」

「まず、『マイク』って種類の装備を聞いたことがないんだけど……」

「ああ、そうですよね。『マイク』は『アイドル』や『歌姫』といった職業を持つプレイヤーの支援能力をアップさせる装備なんです」

「まあ、装備種別は何でもいいんだが……俺はそれを作ったことがないから強化できないぞ?」

「ご心配なく。マイクのレシピも用意してあります。それからマイクの強化に必要なアイテムは、インゴットと魔石だけですのですぐに対応できると思います」

「……そう言うことなら引き受けるけど、★12になるとは限らないからな」

「そこも大丈夫です。今使ってるマイクは★7品ですから、★10くらいまで上がればラッキー程度に考えてます」

「……なんていうか、特殊な職業なんだな」

「そうですね。でも、なれると結構楽しいですよ?」

「とりあえず話はわかった。レシピと素材を渡してもらえるか?」

「はい、よろしくお願いします」


 レシピと素材を渡してもらい、早速レシピを使用して作り方を覚える。

 作成難易度的にはあまり高くない、というか、ハンドガンレベルの難易度なのでこれなら失敗せずに強化できるだろう。


 俺も素材を持って自分の工房へと戻ることにする。

 ユキの方も来客に飲み物を配り終えていたので、一緒に工房へと引き上げる事にしたようだ。


 工房に戻った俺は早速装備強化を行ってしまうことにする。

 ユキはそんな俺の様子を邪魔にならないところから見学するようだ。


 まずは、レイド装備の強化から始めるが、こちらは特に問題なく★12になっていた。

 そして、作業中にドワンとイリスからメールが届いており、装備強化用素材が完成したとの事。

 クランの共有倉庫を確認すると強化素材があったので、それを取りだして強化を行う。

 こちらも問題なく★12にすることができた。

 ハンドガンだし扱う上で問題になる事はないと思う。

 あえて問題がありそうな事と言えば、素材のランクが低いため耐久値が低く壊れやすいという事か。

 最後は初めての強化となる『マイク』の強化だ。

 レシピの難易度としてはハンドガンと同じくらいだが、初めての強化なので慎重に行うことにする。

 結果、1回目の強化では★11にしかならなかった。

 素材自体は3回分渡されていたので2回目の強化を行うことで無事に★12にまで強化する事ができた。


 ついでに『マイク』の性能について調べてみたが、『歌唱』系スキルの効果範囲を拡大するという効果らしい。

 確かに『マイク』らしい性能だと感心しつつ、談話室へと戻ることにした。

 ユキは工房に残って料理をするらしいので、ここで別行動になる。


 談話室に戻るとおっさんがいたが、他のメンバーはまだ誰も戻ってきていないようだった。


「おっさん、来てたのか」

「ああ、トワくんか。おじさんにも装備の作成依頼が来てたからねぇ。★8装備までしか作れないと言ってはあったんだけど、今装備しているアクセサリーは★7以下らしくてねぇ……」

「なるほど。お疲れ様」

「疲れるほど作成してないけどね。トワくんは装備の強化をしていたんだろう? 早いところ納品した方がいいと思うよ」

「わかってるって、またな、おっさん」


 俺に装備強化を依頼していた3人に集まってもらい、それぞれの装備を渡す。

 その後は訓練所に向かい装備の調子を確かめてもらう。

『アビスゲート』のプレイヤーは、流石プロゲーマーと言うだけあってすぐに新しい装備を使いこなせていた。

 この人はメインはFPSプレイヤーらしく、VRでの銃の扱いにはかなり慣れているらしい。

 逆に『ミオン親衛隊』のプレイヤーは慣れるまで結構な時間がかかった。

 もっとも、ステータス不足というわけではなかったようなので、元々の腕前の差のような気がしないでもない。

 強化されたマイクを持ったミオンは上機嫌に歌唱スキルを使っていた。

 前よりもスキルが上手く使えている気がするらしく、こちらも文句ない仕上がりだそうな。

 あとは、ミオンに使わなかった分の素材を返却して俺の方の対応は完了となった。


 俺達が訓練所から戻ってきたタイミングで、柚月達もアップグレード作業を終えて談話室へとやってきた。


「訓練所から出てきたって事はトワの作業は終わりという事ね。大丈夫だったかしら」

「特に装備は問題なく完成してたな。そっちはどうなんだ?」

「こちらも量が多いだけで特に問題はなかったわ。……まあ、これだけ大量のレイド素材があるというのも珍しいけど」

「あー、65レベルレイドがクリアできなくて60レベルレイドはガンガン周回してたからな。素材だけは豊富に持ってたんだわ」

「そういう事ね。ともかく、装備は完成したから配るわね。あとは訓練場で調整が必要か確認して頂戴。……トワはこの後どうするの?」

「んー、やることがないんだったら、工房に戻ってポーション作りに戻ろうかな。問題ないよな」

「そうね。構わないと思うわ。それじゃあ、お疲れ様」

「助かったぜ、トワさん」

「ありがとうございました」

「こっちもちゃんとした依頼なら断らないからな。それじゃあ、これで」


 こうして、装備強化作業が終わった俺は自分の工房に戻ってポーション作りを再開することに。

 工房に戻ったタイミングでユキから休憩をするように言われたので、少し休憩を挟んでから残りのポーションを仕上げた。

 とりあえず、これで今日の作業はおしまいだ。

 イベント初日とは言え結構疲れたので、今日のところはゆっくり休むとしよう。

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