第7章 都市防衛戦 都市ゼロ

222.【1日目】レイドイベントの事後処理

 夏休み前半のイベントが昨日で終わり、今日からは夏休み後半のイベントが始まる。

 夏休みイベント後半戦は『都市防衛戦』である。

 プレイヤー達がイベント用の都市サーバーに配置され、そこをモンスターの襲撃から守るというのがイベントの概要だ。

 概要だけを聞くと簡単そうに思えるが、流石にここの運営だけあってそこまで甘い作りではない。

 具体的な内容を挙げていくと次のようになる。


・どの都市サーバーに配置されるかは事前に決まっている。別の都市に移動または支援はできない

・あらかじめ持ち込める装備品は武器1つのみ。それ以外の装備は封印状態となる

・聖霊武器については封印状態にならない

・封印状態の装備は性能が低下する。封印の解除は都市サーバーで専用素材を消費することで可能となる

・素材アイテムの持ち込みはできない

・消耗品アイテムの持ち込みについては上記のルールからは除外される

・都市サーバーで入手した素材および作成した装備は都市サーバー内でのみ使用可能となる

・現実時間一日で都市サーバー内で行動できる時間は、ゲーム内時間8時間のみとなる


 などなど、細かいルールが決まっている。


 個人的に気になるのは装備の封印というものだが、武器については攻撃力半減、防具についてはステータス上昇効果・特殊効果無効となっている。

 はっきり言って楽な仕様ではないが、最初から強力な武器を持ち込む事を制限しているという事だろう。

 逆を言えば、防衛する都市で素材を手に入れて強力な装備を作れば無制限に配布できるという事だが、それだと通常サーバーに戻ったときに手に入れた装備を使うことができない。

 どちらを優先すべきは問題だが、そこのところは実際に始まってみないとわからないと言ったところだろう。


「お兄ちゃん、今日から都市防衛戦イベントだけどこっちには参加するの?」

「んー、一応参加予定だけどどうしたものかな」

「参加するんだったら同じ都市サーバーになるといいね。お兄ちゃんの生産能力があれば色々楽になりそう」

「兄を便利な道具扱いするな。……とは言っても俺は生産職だから、ひたすらポーション作成をしていた方が貢献できるか」

「そうそう。それにイベントサーバーで装備やアイテムを作ればそれだけでポイントになるらしいからポイント稼ぎに便利だと思うよ」

「これ以上ポイントを稼いでもな…」

「昨日のイベント掲示板を見てたけど、ポイント交換の対象にカーズドメアっていう闇・死滅属性の装備が追加されたらしいよ。特殊効果は『呪い』の付与とバステ強化だって」

「ふーん。俺は使わないけど雪音には便利そうだな」

「そう言えば雪姉はバッファーメインに転向したんだっけ。強いもんね、神楽舞」

「神楽舞以外にも色々とバフやデバフスキルを覚えてるって話だけどな。まあ、同じサーバーになったらよろしくな」

「うん、よろしくね。装備の封印解除の仕方がわからないけど、ドロップ品で解除だったら融通するから生産スキルで解除だった場合はよろしくね」

「ああ、わかった。どちらにしても今日の12時からイベントスタートらしいし、それまでは様子見かな」

「そうだね。それじゃあ、わたしはログインするから。また後でね」

「ああ、また後でな」


 自室に向かう遥華の姿を見送り、俺は朝食の後片付けを済ませることにする。

 後片付けが終わったら俺もログインするとしようかな。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 後片付けが終わって、ジパンの屋敷にログイン。

 昨日変更していたオンラインステータスを元に戻したりしていると、柚月からメールが届いていた。

 なんでも、昨日のレイドイベントのせいでポーションが完全に売り切れ状態になってしまっているらしい。

 市場の方でもポーションの在庫はほとんど存在せず、材料となる各種薬草も軒並み売り切れか値上がりしているそうだ。


ライブラリおれたち』はあらかじめ素材を購入しておいて在庫を確保しているので問題ないが……逆に売るときにどうするか相談したいという事だった。

 屋敷でのんびり現状確認をしたかったところなのだが、どうもそんな事を言っている余裕は無かったらしい。

 どう考えても至急の呼び出しなので急ぎクランホームへと移動する。

 クランホームの談話室では柚月が既に待っていた。


「おはよう、トワ。早速で悪いんだけど、メールは読んでくれたかしら?」

「ああ、読んだよ。読んだからこそジパンでのんびりしないで急ぎでこっちに来たんだろ」

「それは良かったわ。それで、急ぎで悪いんだけど、店売り用の★8ミドルポーションを作ってもらえるかしら。店売り出来ないような高品質ポーションは在庫が沢山残ってるけど、店売り品は倉庫も含めて在庫が空なのよね」

「了解。それじゃあ生産に移るとするよ。それで、どれくらい作ればいいんだ?」

「できるだけ多い方が助かるのだけど……とりあえず各種200ずつお願いできるかしら。あと、値段の件についても話をしたいんだけど、生産作業をしながら話をすることって可能?」

「難しい作業をしているときじゃなければ可能だな。とりあえずポーション作りを始めさせてもらうよ」

「わかったわ。私はもう少し市場の状況を調べてから工房の方へ向かわせてもらうわ」

「了解。それじゃあよろしく」


 柚月と別れた俺は工房へ移動してすぐにポーション作成に取りかかる。

 昨日はレイドボス戦だったため、ある程度は多めに在庫を作っていたのだがそれでも足りなかったらしい。

 素材の在庫自体は千個単位でストックしてるから問題ないけど、それでも市場でのポーション販売額を調べないとどれくらいの値段で売ればいいのかわからない。

 きっと普段通りの値段で売ろうとすると、すぐに売り切れてしまい転売もされてしまうだろう。

 消耗品の場合、どうしてもプレイヤー間の移動を妨げるわけには行かないので譲渡禁止にするわけにもいかない。

 そんな事を考えながら中級生産セットで一度に作れる最大数のポーションを作っていると、柚月が工房にやってきた。


「柚月、市場の相場はどうだった」

「どうもこうもないわね。普段通りの値付けをした場合、今の市場だと素材の原価にすら届かないわ」

「……そこまで深刻な素材不足なのか」

「そうね、そこまで深刻な素材不足ね。はっきり言って、トワが普段から千個単位の素材をストックしてくれてたから『ライブラリうち』には影響がないけど、市場では完成品のポーションの値段は普段の2.5倍から3倍になってるわ」

「……それはまた一気に値上がりしているな。それで、『ライブラリうち』としてはどうするんだ? まさかいつも通りの値段で売るわけにもいかないだろう?」

「そうね、仕入代が変わってないのにあまり値上げして売るというのも避けたいところだけど、完成品の相場が全体的に値上げされている以上、ある程度はそちらにあわせる必要があるわね。……仕方が無いから、ポーションの値段が落ち着くまでは普段の2.5倍の値段で売るとしましょう」

「……柚月がそれでいいというならそうするよ。どちらにしても、千個単位の素材ストックがあるとは言え、おそらく2~3日で全ての在庫が売り切れてしまいそうだしな」

「そうね。今の状況だとそう言う感じになりそうね。装備品についてはそんなに値上がりしていないのだけど、消耗品はこの一日で爆上がりしたわね」

「それだけ激しいレイド戦だったんだろうよ。……夜の部が始まる前に回復アイテム露店だけでもやれば良かったかな」

「昨日はお墓参りに行ってたって聞いてるけど、そんな時間あったの?」

「墓参り自体は夕方前には終わってたよ。ただ、疲れてゲームをやる気が起きなかったからログインしなかっただけで」

「……余裕があったなら露店をしてほしかったところだけど、流石に疲れてるところでまでやらせるわけにはいかないからね」

「そう言ってもらえると助かるよ。……さて、初期ロットの分がそろそろ完成だな」

「流石に作るのも早いわね」

「もう流れ作業でしかないからな。中級生産セットを使うことで品質も★8で頭打ちになってるし。文句があるとすれば、スキル経験値が入ってるような気がしない事かな」

「そう言えば調合スキルの経験値はほとんど入っていないんだっけ?」

「ほとんど入ってないな。【上級錬金術】が輝竜装備のおかげでレベル18まで上がってるのに【上級調合術】はレベル5止まりだ」

「そう考えると輝竜装備は本当に経験値的においしいイベントだったわね。私の裁縫スキルも19まで上がってるし」

「上がったレベルに相応しい作成難易度だったけどな。……それじゃあ、次のロットの生産に入るから完成品の値付けと売り出しは柚月に任せても構わないか?」

「ええ、任せなさい。その代わり次のロットも大急ぎでお願いね」

「ああ、わかった。それじゃあ、とりあえずこれ、よろしくな」

「わかったわ。それじゃあ、トワ、次もよろしくね」


 完成したポーションを柚月に渡して、俺は次のポーションの作成を始める。

 そんななか、ユキが工房に入ってきた。


「あ、おはようトワくん、柚月さん。なんだか料理が売り切れてたってメールが届いてたけど……」

「ああ、おはようユキ。ユキも朝から来てくれるとはラッキーだったわ。昨日のレイド戦の影響で料理も軒並み在庫切れを起こしているのよ。悪いんだけど、料理の補充をお願いできるかしら?」

「わかりました。何から作ればいいでしょうか」

「うーん、本当は薬膳関係を優先してほしいんだけど……素材ってある?」

「薬膳料理の在庫は少量しかないです。普段はその場でトワくんに作ってもらっているんですが……」

「……流石に今、薬膳料理用の素材を作る余裕は無いわよね?」

「見ての通り、ポーションを作るのだけで精一杯だな。それに薬膳料理用に薬草類を回してしまうとポーションの作成数にも影響が出るぞ?」

「……それもそうよね。まったく、素材価格の高騰がここまで響くとは結構厳しいわね」

「それじゃあ、料理はどうしましょうか?」

「まずは現時点で作れるだけの薬膳料理を作って頂戴。そっちの在庫がなくなったら他の料理を適当に作ってもらえるかしら」

「わかりました。それではすぐに始めますね」

「ええ、そっちもよろしく。料理が完成したら値付けと売り出しは私の方でするから、ユキは料理にだけ専念して頂戴」

「はい。それじゃあ、私も料理を始めますので」


 こうして俺はポーション作成、ユキは料理作成で数時間を潰すことになった。

 作ったポーションや料理は飛ぶように……とはいかないまでも、かなりいいペースで売れていっているようだ。

 柚月曰く『市場に同じ値段で流せば飛ぶように売れるわよ』という事だったが、別にそんなに急いで売る必要もないのでいつも通り店舗での販売のみとする。

 そうこうしているうちに、俺の方はノルマとして提示された各種ポーション200個を達成したので休憩に入ることにする。

 ユキの方はと言うと、あちらもとりあえずの在庫補充は終わったらしく、休憩に入るための後片付けを始めていた。


「ユキ、そっちも終わりか?」

「うん。トワくんも終わり? それじゃあ一緒に休憩しない?」

「そうだな、そうするか」


 俺はユキと一緒に談話室へと向かい、そこでお茶を飲むことにする。

 相変わらずユキが用意してくれる飲み物はおいしかった。


「まさか料理の在庫が切れてるなんて思わなかったよ」

「俺だってポーションの在庫は多めにしていたのに売り切れだからな。レイド戦が3回あったとは言え、かなりの消耗戦だったんだろうな」

「そうみたいだね。……そう言えばイベント掲示板を覗いたときにカーズドメアの装備がデバフ強化だって書いてあったけど……」

「公式のイベントページにも詳細が載ってるぞ。実際、デバフ強化の効果があるらしいな」

「うーん、できれば私の聖霊武器にこの効果を取り込みたいんだけど、何とか入手できないかな?」

「どうだろうな。イベントポイントはそんなに残ってないんだろ?」

「うん。3万ポイントぐらいは残ってるけど、カーズドメアの薙刀、35万ポイントなんだよね……」

「譲渡不可なアイテムじゃないんだし、誰かから買い取るって方法もあるだろうけど、これからイベント後半戦が始まることを考えるとすぐには手に入りそうにないよな」

「……やっぱりそうだよね。はあ、しばらくは我慢しなくちゃ」

「それがいい。……ところでユキは都市防衛戦に参加するのか?」

「うん、そのつもりだよ。強制って訳じゃないみたいだけど、全員参加が可能らしいし、何よりイベントポイントを稼ぎたいからね。トワくんは参加しないの?」

「俺も参加する予定ではあったけどな。イベントポイントはともかく防衛戦っていうのはやったことがなかったし、個人的には宝探しよりは楽しめそうだからな」

「そうだね。でも、セイメイさんからもらった巻物の解読とかは進めなくていいの?」

「そっちも少しずつ進めていくさ。防衛戦なら生産職の出番も多そうだし、出来る限り頑張ろうな」

「うん、頑張ろうね、トワくん」


 ユキと今後の予定について話していると、メールが届いた。

 メールの差出人は『運営』で、件名は『都市防衛戦のサーバーについて』である。

 なんともタイムリーなメールではあるが、12時開始と考えればそろそろこの辺の内容を周知する必要はあるのだろう。

 早速内容を確認してみると簡潔に次のような内容が書かれていた。


『あなたの参加する都市サーバーは【都市ゼロ】です』

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