断章2.憂鬱な夜に

 墓参りが終わる頃に降り出した雨は、時間が経つとともに勢いを増し、夜には本降りとなった。

 俺達は雨が降り始めた時点で墓参りを終え、途中のファミレスで昼食を食べた後に帰宅した。

 そのため、帰宅時間としてはそんなに遅くはなかったのだが……ゲームはせずに机に向かい勉強をしていた。

 夏休みの宿題はとうの昔に終わっているため、夏休み中に急いで片付けなきゃ行けない課題というのは残っていないが、来る新学期に向けた予習を欠かすわけにもいかない。


 俺にしろ遥華にしろ、普段の行動はゲーム優先とでも言うべき状況なので塾には通っていない。

 だからと言って成績が悪いわけでもなく、学年上位をキープしている。

 学年上位をキープできている要因がこう言った地道な予習や復習なのだが、普段だと今日みたいなかなりまとまった時間が取れた日には2~3時間勉強をしたらゲームをすることが最近の日常だった。

 特に今日はUWでは夏休み前半イベントの最終日という事で特別なイベントが開催されているらしい。

 だが、今日はそんなイベントに参加する気分には到底なれない。


 毎年の事であるが、秋姉の墓参りに行った後は俺も遥華も憂鬱な気分になる。

 本当に毎年の事なので、家族や海藤家の両親にも『無理をしてこなくてもいい』とは言われているが、墓参り自体は無理をしているわけではないのだ。

 もっと単純に秋姉の事についてに黙っている状態がずっと続いてる事、それが俺達を憂鬱にしているのだ。


 普段仲が良く、なおかつお互いに信頼しあっている、と俺達が思っている相手に対して、長年黙ったまま隠し続けている事があるというのはやはり心苦しい。

 単純に裏切っているなどとは言えないのだろうけど……でも、関係があるのに黙っているというのは裏切っているのと変わりない事とも言えるのかもしれない。

 こんな嘘を抱えていくなら打ち明けてしまった方が楽になれるだろうが、あちらがどう受け止めるかはわからない。

 ましてや向こうは、の話をされる事になるのだから。


 外で降る雨の音を聞きながら机に向かって勉強する事暫し、部屋のドアが控えめにノックされた。


「お兄ちゃん、いる?」


 どうやら遥華がやってきたようだ。


「うん? いるがどうかしたか」

「ちょっと話でもしようかなって」

「わかった。入っていいぞ」


 俺の入出許可が出るとすぐに遥華が入ってきた。

 手には500mlのペットボトル2本にスナック菓子を持ってきている。


「あれ、お兄ちゃん勉強中だったんだ。出直した方がいい?」

「いや、構わないさ。どうせ、暇つぶしで始めた勉強だ。イマイチ集中できてなかったからな」

「そっか。それじゃあ、一緒におやつにしよう」


 俺の部屋にある小さなテーブルの上にお菓子と飲み物を広げる遥華。

 飲み物は遥華はジュースだが、俺はお茶のようである。

 個人的にもお茶の方が飲みたい気分だし問題ないか。


「ねえ、お兄ちゃんは今日はログインしないの?」

「うん? ……そうだなあまりログインする予定はないぞ」

「そうなんだ。浮遊島では大規模レイドボス討伐イベントが開催されていたみたいだよ」

「大規模レイドボス討伐イベント? どんな内容だったんだ?」

「うーん、その名の通り大規模なレイドボスを倒すイベントとしか言えないっぽいよ? 島の中央部に広がる平原に、邪竜帝ってボスが沸いてそれを全ユーザーで袋だたきにするイベントだって。与えたダメージ量や、耐えたダメージ量、支援回復の内容によってボーナスポイントがもらえたんだってさ」

「そうか。でももう終わったイベントなんだろう?」

「うーん、それがそうじゃないっぽいんだよね。最初の襲撃は11時にあったらしいんだけど途中で逃げ出して、次の襲撃が16時だったんだって。ある程度ダメージを与えたらまた逃げ出したらしいから、次の襲撃もまたあるだろうって話になってるみたい」

「なるほどな。……まあ、参加する気にはなれないけどな」

「あー、お兄ちゃんもか。誘いに来てなんだけど、わたしも今日はあまりログインする気にはなれなかったんだよね」

「……ちなみに、俺が参加するって言ったら一緒にきたのか?」

「うーん、そのつもりだったけど気分次第かな。今のテンションじゃそんなに活躍できるとも思えないしね」

「別に活躍しないでもいいだろ。プロでもあるまいし」

「まあそうなんだけどね。ほら二つ名持ちとしてはやっぱり活躍したいじゃない。どうもボス討伐後にはダメージランキングとか回復ランキングとか被ダメージランキングとか、色々とランキングが発表されてるって話なんだよね」

「それでも別に無理してランキング入りを目指さなくてもいいと思うがね。参加する予定がないならゲームをせずにのんびりしてるといいさ」

「うーん、それもそうなんだけどね。……たまにはそれもいいか」

「たまにはゲームの事を忘れて過ごす日もあっていいんじゃないか?」

「そうだね。……それじゃあ、わたしも部屋に戻って勉強でもしてようかな」

「それがいい。ゲームばかりにかまけてて成績が落ちたら怒られるぞ」

「怒られるだけならいいけどね。ゲーム禁止とかにならないといいんだけど」

「そう思うなら、地道に勉強していくしかないな」

「はーい。それじゃあまた晩ご飯の時にね」


 スナック菓子を食べ終えると、ジュースのペットボトルを持って遥華は部屋から出て行った。

 とりあえずスナック菓子の袋をゴミ箱に捨てて、俺は再び勉強を始める事にする。


「……雨はまだ止みそうにないな」


 窓から見える風景は相変わらず雨に遮られていた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 午後の時間を勉強に費やし晩ご飯を食べた後、寝る支度を調えた俺は自室でのんびり過ごしていた。

 ……同じく寝る支度を済ませてパジャマ姿になって俺のベッドでゴロゴロしている遥華と一緒に。


「お兄ちゃん、やっぱりレイドボスの討伐イベントはまだ続きがあったみたいだよ」

「そうか……それを調べるだけなら自分の部屋でもいいんじゃないか?」

「まあまあ、いいじゃない。それでレイドボスだけど夜8時に再度襲ってきて、今度は完全に討伐されたってさ」

「そうか。それじゃあイベントはこれで終了か」

「そうだね。今は浮遊島の中央キャンプ付近で後夜祭というかプレイヤーの有志が集まって盛り上がってるみたいだけどね」

「別にそんな場所に行きたくはないしなぁ」

「お兄ちゃんならそう言うだろうと思ってたよ。……それで、これからどうするの?」

「どうすると聞かれてもな。特別やる事は無かったんだが」

「んー、そう言わずに何かやる事ないの?」

「……つまりは暇なんだな」

「まあね。調子はイマイチ上がらないけど、だからと言って何もせずに過ごすのは性に合わないというか」

「そうは言われてもな。俺の部屋にだって特別面白いものはないだろ」

「まあねー。……そう言えば、イベントアイテムの交換って終わったの?」

「ああ、終わってるぞ。もっとも、交換終了は夏休み明けて、9月に入ってからじゃなかったか?」

「そうだけどね。お兄ちゃん、ペット系は入手した?」

「ああ、特に欲しいものもなかったから色々と入手したぞ」

「よし、UWにログインしてお兄ちゃんの家で遊ぼう!」

「……何でそうなるのか聞いてもいいか?」

「普段はペットと遊ぶ機会なんてないからね。それに気に入ったらわたしも残ったイベントポイントをつぎ込んで入手しようかなと思って」

「……そう言う事なら、まあ構わないか。ただ、家から出る予定はないぞ」

「うん、構わないよ。それじゃあわたしは部屋に戻ってログインするね」


 遥華はベッドから起き上がるとすぐに部屋から出て行った。

 あの様子だとすぐにでもログインしそうだし、俺もログインするとするか。

 ……でも、今日は雪音もログインする予定じゃなかったんだよな。

 それなら雪音にこれからログインする事だけでも、メッセージで送っておくか。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 ジパンの屋敷にログインした俺は、オンラインステータスを『ログアウト中』に変更した。

 別にログインしている事を示す必要は今日はないんだからそれでも構わないだろう。


 さて、縁側にでも行ってペットを召喚してハルのヤツを待つか。

 ハルにはゲストIDで屋敷内に入れるように権限を渡してあるので、ログインが終わったら適当にやってくるだろう。

 俺は召喚したイエネコを膝の上に乗せて適当になで回したりしながらハルが来るのを待つ。

 ハルがやってきたのは10分ほど経った後だった。


「お兄ちゃんお待たせ。ちょっと遅くなったかな?」

「別に構わないけど、何かあったのか?」

「うーん、大したことじゃないよ。パーティの皆に浮遊島でやってる後夜祭に行かないかって誘われてただけだから」

「だったらそっちに行ってもよかったんじゃないか?」

「お兄ちゃんを待たせているからね。そっちは断ってきたよ」

「……それならそれで構わないが。さて、とりあえず俺が所持しているペットは全て召喚しておいたぞ」

「うわぁ、カワイイモフモフがいっぱいだ! ところでペット枠には蛇とか亀とかもいた気がするけどそっちは持ってないの?」

「貰ってはいるけど、俺やユキの趣味にあわないから普段は出してないな」

「そっか。ちなみに出してもらえる?」

「まあ、見たいなら構わないか」

「やったあ! ありがとう!!」


 屋敷の縁側でハルと一緒にペットを構い倒していること30分ほど。

 ユキもログインしてきたようだった。


「こんばんは、トワくん、ハルちゃん。今日はログインする予定じゃなかったって聞いてるけどどうしたの?」

「こんばんはユキ姉。ログインする気はなかったんだけど、あまりにも暇だったからこうしてペットとたわむれにやってきました」

「そう言う事らしい。ユキこそ今日は忙しくなかったか?」

「うーん、忙しいどころか一日暇だったかな。お父さん達はお墓参りに出かけてたし、特別急ぎでやる事も無かったし。天気もあまり良くなかったから出かける気にもなれなくて、一日中家の中で過ごしてたよ」

「そうなんだ。ちなみにユキ姉もペット持ってるの?」

「うん、私も持ってるよ。出してみる?」

「うん、お願い! 今日はモフモフ天国だ!」


 先程からいる俺のペットに加えてユキのペットも召喚されてモフモフが2倍に増えた。

 大量のペットに囲まれてハルもユキも幸せそうである。

 ……俺としてはここまで大量に召喚せず、少ない数で楽しみたいところだが。


 その後、小一時間ほどペットに囲まれながらペット談義を続けていたユキとハルだったが、ここまでの会話の結果、ハルもペットをもらう事に決めたらしい。

 どちらにせよ、装備や有用なアイテムをもらうには半端なポイントしか余っていなかったらしいのでちょうどいいと言えばちょうどいいらしい。


「いざペットを手に入れると決めると今度は何を手に入れるか迷うね。猫や犬ってかなり種類がいるんでしょ?」

「うん、沢山いるよ。どんな種類なのかは事前に確認出来るし、その時に決めてもいいんじゃないかな?」

「それもそうだね。お兄ちゃんはどうやって決めたの?」

「ユキと相談しながら、適当に見て回ってだな。ペット自体はホームでしか呼び出せないし個人的な癒やし以外には役に立たないからどれを選んでも構わないわけだし。まあ、結局はどれでもいいかって事になって、最終的には全部もらう事になったんだが」

「またお兄ちゃんは夢のない事を……」

「そうは言っても、ペットをいくらでも手に入れることができるのなんてゲーム内だからこそだしな。現実じゃそんな無責任な真似できないし」

「それはそうだけどね……とりあえずわたしもホームに戻ってからのんびり決めようかな」

「ああ、それがいいと思うぞ。……あと、イベントポイントは後半のポイントとも合算されるから、無理に今使わずにもうしばらく残しておいてもいいんじゃないか?」

「……それもそうだね。聖霊武器を強化するのに結構ポイントを使ったしもう少し様子見でもいいか。それじゃあ、わたしはそろそろ帰るね。また一緒に遊ばせてね、バイバーイ」

「ああ、またな」

「またね、ハルちゃん」


 ハルが帰った後は、俺もユキも自分達で構うペットだけを残して召喚解除をした。

 縁側に腰掛けてのんびり外を眺めながらペットを撫でる。

 特別な事は特に何もしていないが、それだけでも憂鬱な気分が晴れていく感じがした。


「……ねえ、トワくん。何か嫌な事でもあったの?」

「うん? どうしてだ?」

「なんだか落ち込んでるように見えたから。もし私で良かったら相談に乗るよ?」


 うーん、あまり表には出していないつもりだったがユキには気付かれていたか。


「……まあ、ちょっと憂鬱な気分になっていただけだ。もう大分落ち着いてきたから大丈夫だよ」

「……そっか。でも、辛いことがあったら相談してね?」

「ああ、わかった。いざって時は頼りにさせてもらうよ」

「うん、わかった」


 その後はとりとめのない話をして、就寝時間になったのでログアウトすることになった。

 ログアウトするときには気分も大分落ち着いてきたので、今日はゆっくり眠ることができるだろう。

 ……雪音には相談できないことを抱えた罪悪感は残ったままだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る