207.陰陽寮

「陰陽寮ね……」

「ああ、ここが私の所属している組織、陰陽寮だ。これでも星見の都では重要拠点の一つだぞ?」


 目の前にある建物は木造でありながら数階建ての立派な建物。

 何階あるかは外部からではよくわからないが……高さ的には3階建てぐらいか?


「まあ、城壁の内部にあったり、警備が厳重だったりで察しはつくけど。どう考えても人間以外の気配も混じっているが……」

「それは式神の気配だろうな。長の放っている迎撃用の魔術のような物だ。あまり気にしないでくれて構わない。こちらから手を出さなければ基本無害だからな」

「なるほど。それにしても、この数は半端じゃないと思うんですが」

「そこは、長の実力だな。……さて、立ち話もなんだ。陰陽寮の中に入ろうか」

「そうですね。行きましょうか」

「はい、行きましょう」


 俺達が陰陽寮に向かって歩くと、門の守衛に止められた。

 ……先程までは誰もいなかったはずだが……これも陰陽術だろうか?


「クロ様、そちらの方々は?」

「長の客人だ。問題ない。通せ」

「はっ、承知しました」


 短いやりとりの後、再び姿を消す守衛。

【気配察知】には反応がないが【魔力感知】にはうっすらと反応があるな。

 これはつまり、守衛も式神だったという事だろうか。


「意外と驚いていないのだな。初めてここを訪れる者は、あの守衛にまず驚かされるものだが」

「それなりには驚かされましたがね。おおよそ予想がついていたので」

「私は結構驚きましたよ?」

「ふむ、やはり反応が薄いか。これ以上、あまり驚かせてもしょうがないだろうな」


 クロは小言で何かをつぶやくと改めて俺達に向き直った。


「これで道中の式神達は私達の行く手を阻まないはずだ。……長自身が特別に仕組んだものがいなければだが」

「……最後の言葉が不安ですが、行きましょうか」

「ああ、そうしてもらえると助かる。こちらだ、ついてきてくれ」


 クロは正面玄関ではなく建物の側面にある扉から建物内に入っていった。

 俺達もそれに続く。


「正面にある門は言わばフェイクなのだ。あそこを経由すると無駄に時間がかかってしまうからな。急ぎの場合はこちらの入口を使う。もっとも、長に用事がある場合のみだが」

「今日は長の元を訪ねるのでこちら経由であると」

「そういうことだ。……さて、こちらだ、ついてきてくれ。内部は複雑につながっているからはぐれないようにな」


 俺とユキは再度クロについて歩いて行く。

 途中、部屋の中を横切ったり、階段を上り下りしたりとなかなか愉快な行程を踏んだが、クロが襖の前で立ち止まったことでどうやらここが終着点であると言うことがわかる。


「長。精霊との友誼を結びし外つ国の異邦人、トワ殿、ユキ殿をお連れしました」

「わかっている。通せ」

「かしこまりました。……長は基本的には難しい礼儀などは重んじない方だ、気楽にしてくれればいい」

「了解。適度に敬意を持って接すればいいんだな」

「わかりました」


 クロによって襖が開かれ、その奥にいたのは20代前半と言った年頃の若い男が一人。

 どうやらこの人が陰陽寮の長なんだろう。


「お初にお目にかかる、外つ国の異邦人よ。私はこの陰陽寮の長代理、セイメイだ」

「長代理? ここの長だと聞いてましたけど?」

「ふふふ、今は長となれる役職に就いているものがいないのだよ。故に、代理である私が実質的な長というわけだ。……さて、立ち話もなんだ。適当に座ってくれ」


 適当に座ってくれと言われたので、セイメイ殿の正面に正座で座ることにする。

 ユキは俺の右手後方、クロは入口近くに陣取っている。

 精霊達はそれぞれの肩の上に乗ったままだ。


「……ほう、それが精霊か。なるほどなるほど、確かに化生の類いとも式神達ともまったく異なる気配を持つものだな」

「当たり前じゃない。精霊の体なんて、あくまでこの世界に顕現しているための器でしかないんだから」

「なるほど、それで強力な魔力の反応があった訳か。それはそれで興味深いな。出来ることであれば、私も妖精か精霊と友誼を結びたいものだが」

「んー、それはあなた次第なんじゃない? 妖精にしろ精霊にしろ、十分な実力をもって邪な心の持ち主でない相手であれば、友誼を結ぶのは簡単だよ?」

「ほう、そうかそうか。他でもない精霊に保証されるとはありがたいな。それならば精霊の試練とやらに挑んでみるのも悪くはないだろう」


 セイメイ殿はずいぶんとアグレッシブな人のようだな。

 そして、これは特殊イベントの予感か?


「長、そんな事をすればまた帝よりお叱りを受けるのでは?」

「なに、数時間ほど都を離れるだけだ。大したことはあるまい。身代わりの式も置いていくしな」

「そう言う問題ではないかと。ともかく都を離れるのであれば許可を取るべきでしょう」

「そんな事をしていてはせっかくの客人を待たせてしまうではないか。封印されし妖精郷の道へ急いで向かうぞ」

「……はぁ、わかりました。支度をして参りますのでしばしお待ちを」

「うむ、頼んだぞ」


 クロが部屋から退出し、俺達はセイメイ殿と向き合うことになる。


「何、そう緊張するな。取って食おうというわけではない。……まあ、私の力に反応しているのであればそれも仕方が無いだろうがな」

「ええ、あなたからはとんでもない強者の気配を感じますよ」

「それは重畳。私の気配を感じ取れるのであれば十分よ。出来る事ならば陰陽寮の専属としてしまいたいが……そうそう簡単なことでもなくてな。長代理といえど出来る事など限られているのだよ」

「はぁ。そもそも陰陽寮の専属になると言うこと自体が無理ですが」

「わかっているよ。何でもセイルガーデン王国で店を営んでいるそうではないか。異邦人であれば市場を使えるであろうに、真に酔狂なものだな」

「まあ、酔狂でしょうね。実際、市場で売り買いした方が手間がかからないのですから」

「ふむ。それがわかった上で、なお店を出すか。本当に面白い男のようだ」

「それはありがとうございます。……それで、この後どこに向かうのでしょう?」

「なに、国が管理している妖精郷への門のある場所だ。私の転移の術により一瞬でつくから気にしなくても構わんぞ」

「構わんと言われましても……今日は都の散策をするだけのつもりでしたから、十分な備えはありませんが」

「そこも問題ない。私とクロがいれば大体のことは片がつくからな」

「お待たせしました。準備ができました」

「うむ、入れ」

「はっ」


 支度をしてきたというクロの服装は着物から鎧甲冑装備へと替わっていた。

 和風鎧に身を包んだクロの姿は姫武者と呼ぶのに相応しい姿であった。


「ちなみに、クロの職は姫武者だぞ。そちらの女子と同じ特殊派生系職業だな」

「……【看破】ですか?」

「【看破】とはまた違うな。私の術によるものだ。……それにしても、禍津戦巫女まがついくさみことは、また希有な職業を選択しているものだ」


 禍津戦巫女?

 いつの間にそんなジョブに転職していたんだ?

 そう思ってユキの方を振り向くと、ユキが少し困ったような顔をしていた。


「力の羅針盤を手に入れた後にね、ジョブチェンジしていたの。黙っててゴメンナサイ」

「いや、その程度構わないんだが。どんなジョブなんだ?」

「ええと、聖戦巫女の死滅属性版と言ったところかな? こっちは攻撃力とデバフに偏っているみたいだけど」

「魔法と武器を両方操れるという意味では万能職であるがな。その特殊性ゆえ、滅多になる者がいない職業だ。さては、その上位の『幽明の戦巫女』が狙いか?」

「えっと、はい、そうです」

「ふむ、そうか。前提条件に『神楽舞』があったはずだが、そちらはもう覚えているのか?」

「はい、神楽舞はもう使えます」

「ふむ……神楽舞は陰陽寮の秘伝であるのだがな。異邦人であれば別の方法で覚える事も可能か」

「そうですね。私は別の方法で覚えました」

「なるほどなるほど。これはますます陰陽寮で召し抱えたい人材であるな。……さて、クロの準備もできたようだし早速現地へ向かうとするか」

「わかりました、それでどうやって現地とやらに向かうんです?」

「なに、こうしてだよ」


 セイメイ殿が懐から一枚の札を取り出すと、それに魔力を込める。

 すると札が光り輝き、気がついたときにはまったく別の場所にいた。

 ちなみに、足場は床の間から草場に変化しているが、それにあわせて靴も履いている。

 このゲーム、靴を脱ぐべき場所に来ると勝手に靴が脱げる仕様なのだ。


「ここは……?」

「ふむ、トワ殿であれば一度は行ったことがあると思うのだがな。妖精郷へとつながる門、フェアリーサークルだ」

「……確かに、これはフェアリーサークルですね」


 足下の花畑を見れば、確かに花の色で魔法陣が描かれていた。


「さて、それで、ここからどうすればいいのかな、精霊殿」

「んー、ここはまだ封印されているからね。先に封印を解かなきゃダメかな」

「なるほどなるほど。して、どうやって封印を解くのかな?」

「あっちに、封印している守護獣がいるからそいつを倒しちゃって。ああ、倒してもまた新しい鬼が守護につくから心配しなくていいよ」

「……妖精郷の封印鬼って、精霊が用意した封印だったのか?」

「そうだよー。今まで知らないで戦ってたの?」

「知るわけがないだろう」

「そっか。でも気にしなくていいよ。守護獣が何度倒れたところで何度でも復活するからね」

「それはよかった。……それで、セイメイ殿。この人数で封印鬼の討伐に向かうのですか?」

「私達ならば問題ない……いや、むしろ私一人でも過剰戦力だろう。クロは客人方に余波が行かないように注意を払ってくれ」

「かしこまりました」


 あちらの二人で色々と決まっていく。

 ……そもそも妖精郷の封印に入れるかどうかが問題なのだが。


「……ふむ、随分と厳重な封印が施されているが……まあ、私にかかれば容易いな」


 セイメイ殿は封印の扉を調べると、事も無げに扉を開けてしまう。


「開いたな。さあ、行くぞ」

「……本当に開けちゃったよ、あの人」

「長だからな。いちいち驚いていたらキリがないぞ。それよりも私達も行くぞ」

「……ああ、わかった」


〈これより特殊イベント『妖精郷の開放』を行います〉

〈このイベント中は経験値・アイテムが手に入りません〉


 ……うん、何やら特殊イベントが発生したようだが、アナウンスが不吉だな。

 ユキも戸惑った顔をしてるしはてさてどうしたものか。

 先に進むしかないか。

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