195.カンモン到着
翌土曜日、俺は早起きしてゲームにログインした。
この先、次があるかわからない船旅だ。
せっかくなので色々なことを満喫してみようと考えたからだ。
俺がゲーム内で目を覚ますとエアリルはまだ眠ったままであった。
猫妖精にしろ精霊にしろ、睡眠はそこまで必要ないとは言うが……まあ寝てる相手を起こす必要はないし、部屋から出よう。
「あ、おはよう、トワくん」
「ん、おはよう、ユキ」
俺と同じように、朝早くから起き出してログインしているユキがリビングルームにいた。
「外の天気はいいみたいだよ。これなら綺麗な日の出の様子が見られるかも」
「だといいがな。とりあえず展望テラスへ行くか」
「うん。……シャイナちゃんはまだ寝てるけど起こした方がいいかな?」
「うちのエアリルも寝っぱなしだし、とりあえずいいんじゃないのか? まあ、そのうち起きてくるだろ」
「……そうだね。それじゃあ展望デッキに行こう」
日の出前の薄暗い展望デッキの中をユキと二人で歩く。
展望デッキ自体には一定間隔で灯りが点いているが、それでも薄暗いことには変わりない。
展望デッキで一番よく空が見えそうな場所まで来ると、夜空には無数の星々と2つの月――銀月と紅月――が浮かんでいた。
周りに光源となるものは、展望テラスの隅に設置されてる転落防止用の灯りぐらいなので、まだ暗い夜空に星々や月がはっきりと見て取れる。
「おや、お客様方も日の出をご覧になりに来たのですかな?」
不意に背後から声がかけられる。
声の主はバロア船長だった。
「ええ、船の上から見る朝日というのも初めてですから。せっかくなので見ておこうと思いまして」
「なるほど。今日は幸い晴れ渡っていますからな。いい朝日が望めるでしょう」
「あの、船長さんはどうしてここに?」
「私も朝日を拝みに参った次第でして。……ほら、そろそろ夜明けの時間ですよ」
船長が指さす方角を見やると、うっすらと明るくなり始めていた。
やがてうっすらとした光が空全体にあふれ出し……太陽が昇り始めた。
「うわぁ、綺麗……」
「お嬢さんは水平線から望む朝日は初めてですかな?」
「はい。こんな船に乗ったのも初めてです」
「それは運がよかったですな。ここまで雲一つない空というのも珍しいですからな」
「そうなんですね。ラッキーだったね、トワくん」
「ああ、そうだな」
「さて、それでは私は他の場所の見回りをしてきますので私はこれで」
「はい、ありがとうございました、バロア船長」
「いえいえ、それではまた」
歩き去っていくバロア船長の後ろ姿を見送った後、俺達は改めて日の出の様子を観察する。
水平線からゆっくりと昇っていく太陽は段々とその光量を増していった。
しばらく展望デッキで色々なものを眺めた後は、朝食の時間と言うことでレストランへと向かう。
途中でエアリル達と合流したが……実際には不可視状態になって展望デッキにいたのはバレバレだ。
朝食は焼いたパンやスクランブルエッグなど、ビジネスホテルで提供されていそうな内容だった。
……なぜ、そんな事を知っているかというと、ビジネスホテルに泊まった経験があるからだ。
食事の内容は簡素だが、パンにしろその他の惣菜にしろ、なかなか美味しかった。
まだ、レストランが開店したばかりの時間と言うことで、客の入りも少なくゆっくりとした時間を過ごすことができたな。
ゲーム内での朝食を食べ終わったら、ログアウトして現実でも朝食だ。
昼間の船内観光なども楽しみたいが、家事をする必要もあるし、何より1日のログイン時間制限に引っ掛からないかが心配である。
一応、リアル12時間の制限には引っ掛からないとは思うが、今日はレイドの日でもあるので少し時間に余裕を持たせたい。
そんなわけで午前中は宿題と家事で時間を潰して昼食を食べたら、再度ログイン。
今は全員がログインしているみたいだが、各自思い思いに過ごしているみたいだな。
ログインしたらリビングでユキが待っていたので、ユキを伴ってレストランへ向かう。
今度は朝とは逆に混み合う時間帯から遅かったために、レストランは大分空いていた。
自分達の食べる分をプレートに乗せて空いてる席に座りのんびりとした昼食を食べる。
エアリル達は展望デッキに行っているらしく、昼食の時間は割とのんびりと過ぎていった。
昼食を食べ終わった後は、甲板へと向かってみたが……そこには大砲が備え付けてあった。
近くにいた船員に話を聞くと、大砲は甲板の他にも3層に渡って取り付けられており、万が一モンスターに襲われてもこれで対処するらしい。
もっとも、高速船の速度についてこられるモンスターというのが稀だという話だが。
やはりモンスターがいる世界だ。
客船といえどもある程度以上の備えは必要になるのだろう。
ちなみに、海賊などは滅多なことでは現れないそうだ。
海賊業を行うにはまずモンスターに対する備えが必要なわけで……はっきり言って割に合わないらしい。
それでも小さな島々が集まっているような場所では海賊がいるらしいが、逆にそのような場所には大型船が入っていけないため海賊被害はやっぱり滅多に出ないらしい。
海賊としても、小さな漁船を襲ったところで得られるものはほとんどないのだから。
なお、この高速船を海賊が襲うことはまずもって不可能らしい。
風の結界のようなもので船体を包み込んでいるため、中途半端な攻撃ではそもそも届かず、大砲のような大型兵器でないとダメージを与えることは出来ないらしい。
しかも、この高速船、比較対象がほとんど存在していないため速度がよくわからないが、船としてはありえないぐらいの速度で進んでいるらしい。
そのため、狙いをつけることがまず不可能で、しかも運良く機関部にでも命中しない限りはその速度差から追いつくことが出来ないと言うことだ。
それから、大砲だが、個人的な予想通り、銃の理論を応用した技術が用いられているらしい。
詳しくは秘密らしいが……まあ大体は想像がつくので深く聞くのはよそう。
その後は、一旦ログアウトして、昼食を食べたり家事をしたりして過ごす。
そして、ゲーム内時間で夕暮れ時になった頃に再度ログインして、再びユキと一緒に展望デッキへ。
朝日が昇るのを見たなら夕日が沈む様子も見て見たいというのが理由だった。
その後はレストランに行き食事をして、全員が集まったところで今後の予定の確認となった。
「話を聞いてきたけど、船の進行状況としては予定よりも早くなっていて、ゲーム内時刻午後10過ぎには目的地であるカンモンに到着するそうよ」
「ゲーム内時刻午後10時というと現実では午後5時頃じゃの」
「思ったよりも早くつくものだね」
「今回の船旅は好天に恵まれたって言うのが大きな理由らしいわね。魔導炉による推進方式を取っているこの船にとっては風の有無は関係ないみたいだし。と言うよりも、あまり風が強いとそれで減速せざるを得ない状況になるらしいから、この好天は本当にラッキーだったみたいよ」
「なるほど。それで、港に着いたらどうするつもりだ?」
「まずは転移門の開通かしら。開通を忘れてたらまた船旅をしてこなきゃいけなくなるからね」
「そうだよねー。船旅は船旅でいいものだけど、そんな頻繁には乗りたくないかなー」
「という訳で、カンモンについたらまずは転移門の開通、その後は首都である『星見の都』を目指してみようと思うの」
「首都に向かうんですか? でも、レイドクエストまでの時間は大丈夫でしょうか?」
「ジパンはかなり狭い国らしいのよね。国境を兼ねているカンモンから首都の『星見の都』までの距離は馬を走らせて3時間程度って聞いてるからレイドに間に合わなくなることはないとおもうわ」
「なるほど。それで、この後の予定は?」
「とりあえず、もう船内でしたいことはないわよね? それならログアウトして、現実時間で4時半頃に再度ログインしましょ」
「まあ、妥当な線じゃの」
「それでカンモンについたら転移門にダッシュ。その後は入国審査を経て星見の都まで馬を走らせるわよ」
「だけど、入国審査は大丈夫なのかい? おじさん、結局身分証になるようなもの持ってないけど……」
「とりあえず入国するだけなら何とかなると思う。俺の銀時計がかなり強力な身分証になるらしいから」
「……じゃあ、最初はそれを使って審査を受けてみましょう。それでダメだったら各自の身分証を出すといった感じかしらね」
「じゃあ、そう言うことで。俺は先に落ちさせてもらうよ」
「おっけー。それじゃあ皆、よろしくね」
一足先に落ちさせてもらった俺は、夕食の下ごしらえをしていく。
今日の夜は余り時間もなさそうだから簡単に食べられるものにしておいた。
そして、約束の午後5時が迫った頃にログイン。
リビングルームには他の皆も揃っていた。
「これで全員揃ったわね。さっき船内アナウンスがあってもうすぐカンモンが見えてくるそうよ」
「カンモンね。どういう街なんだか」
「そこまでは聞いてないけど……街の探索は後日改めてしましょう。今日は星見の都までの移動を優先で」
「わかってるって。……それじゃテラスにでも出て接岸の様子を見てみないか?」
「……それぐらいの時間なら大丈夫よね。いいわ、私も気になるし見てみましょう」
俺達が外に出るとちょうどカンモンの門と思われる灯台の灯りが見えてきたところだった。
灯りはぐんぐんその大きさを増していき、そんなに経たないうちにすぐ側までやってきた。
この高速船のスピードがわかるというものだ。
灯台の灯りがよく見えるようになってからは減速を始めたらしく、近づいていく勢いは弱まっていった。
それでも数分で灯台の横まで到着し、カンモンの街の灯りも見えるようになっていた。
カンモンの街は、フンフコーラルを出発したときよりも街灯の明かりか何かで明るくなっている。
高速船が到着すると言うことで、まだ店や宿が開いているのだろう。
ゲーム的な事情もあり、酒場などの食事処や宿屋のような店は24時間営業をしてるところも珍しくはないのだが、それ以外のお店が開いてるかどうかは怪しいところだ。
運行速度をかなり落とした高速船はゆっくりと湾内に入り、やがて港に接岸する。
そしてタラップなどが用意されて降船準備が整ったようだ。
『皆様、お待たせしました。ただいま、ジパンの玄関口『カンモン』へと到着いたしました。御降船の皆様はお忘れ物の無いようにお気をつけてお降りください。また、帝国への出発日時は……』
船長の船内アナウンスが響き渡る中、俺達は降船のための最終確認を行っていた。
「特に忘れ物はないわよね?」
「そうじゃの。そもそもサービスとして用意されていたもの以外、出したものはないからのう」
「そうだよねー。特に忘れものはないかなー?」
「そう言えば精霊達はどうしたのかね? 姿が見えないけどね」
「そっちは大丈夫だと思います」
「そうだな。どうせ召喚すれば合流できるんだし大丈夫だろ」
「そう言うものかね? おじさん、少し心配だよ」
「精霊や妖精は気にするだけ無駄よ。かなり気ままに飛び回ってるからね。それじゃあ早いところ船を降りましょうか」
乗降口で降船手続きを済ませた俺達だったが、タラップを降りたところで挨拶をしていたバロア船長に呼び止められた。
「本日のご利用ありがとうございました」
「いえ、こちらこそなかなか快適な船旅だったわ」
「そう言っていただけますと幸いです。異邦人の皆様ですと、この後は転移門で移動となるのでしょうが、気が向きましたらまた船旅をご利用ください」
「そうね、そうさせてもらうわ。それじゃあ、縁があったらまたよろしくね」
「はい、よろしくお願いいたします」
バロア船長への別れの挨拶も済ませた俺達は、道行く
住人の着ている服だがやはりなんというか、和服に近い服装だったな。
街中を教えられたとおり歩く事10分弱、無事転移門広場へとたどり着いた。
その後は、各自で転移門への登録を済ませ、セイルガーデン王国への転移が可能なことを確認する。
「さて、これでカンモンの街でやることはとりあえず終了ね」
「うむ、情報収集や店を回るなどはまた今度やればよい」
「今は真夜中で余りお店とかも開いてないしねー。まずは星見の都まで移動しよー」
「賛成だね。あとは入国審査とやらにどれだけ時間を取られるかだけどね……」
「行ってみないことには始まらないさ。とりあえず行ってみよう」
「うん、そうだね。行ってみよう」
俺達6人は星見の都を目指すべく入国管理施設へと向かうのだった。
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