190.島国に向けて
「うむ、全員揃ったのであるな」
「ああ、今日はどうしたんだ、教授?」
教授がわざわざ『
だが、今日に関してはその様子は見受けられない。
そうなってくると途端になんの用事かを察する事が出来なくなるわけで……
正直めんどくさい。
「まあ、そんな悪い話ではないのである。時に、トワ君。まだ、土曜日の封印鬼退治は続けているのかね?」
「ああ、今週も行く予定だが」
「それはよかった。私が持ってきた情報が無駄にならずにすんだのである」
「一体何の情報を持ってきたのかしら、教授?」
「うむ、今回行われたアップデートで様々な国々に行けるようになったのは知っていると思うのである」
「そうじゃの。そう言うことになっておったはずじゃ」
「そのうちの1つ、東の島国『ジパン』への行き方が判明したのであるよ」
「へえ、それで、それとわたし達がどんな関係があるの?」
「うむ。『ジパン』には独特の文化が根付いているという話である。港町で聞いた話では東洋風、というか和風の国のようであるな」
「和風の国で『ジパン』か。ストレートな名前で来たな」
「私もそう思うのである。まあ、そんな事はさておき。ジパンへ渡る方法であるが、『定期船』と『高速船』の2種類が用意されているのである」
「……確か、そんなことを公式生放送でも言ってたな」
「その通りである。そして、その『高速船』の出港日時が、1本目は今週の金曜日、つまり明日の現実時間午後6時である事が判明したのである」
「……それで、私達にどうしろと?」
「うむ、せっかくなので『ジパン』に向かうのである。『ジパン』ではあちらでしか手に入らないアイテムレシピや食材、素材などがあるらしいのであるよ」
「つまりは移動のお誘いって訳か。でも、ジパンに渡るには港町とやらに行かなければ行かないんだろう? どうやって行くんだ?」
「トワ君はケットシーに会うために行った湖を覚えているであるかな? あの時に分かれ道があったと思うのである。あの分かれ道を湖ではない方に向かって走っていくと、やがてボス戦になるのである。そのボスを倒して南へ向かうと目的地である、『港湾都市フンフコーラル』に到着するのである」
「ちなみに、そのボスは?」
「ボス名は『クラウドベア』レベル50のボスであるが……おそらくトワ君達なら6人揃っていれば楽勝である」
「どういう意味ですか?」
「クラウドは『雲』ではなく『群衆』を意味するのである。つまり熊の群れがボスとして襲ってくるのであるな」
「それとボク達が楽勝なのとどう関係があるのー?」
「クラウドベア単体の戦闘力は封印鬼で出てくる小鬼と同等かそれ以下なのである。つまり……」
「『テンペストショット』と『テンペストアロー』で焼き尽くせると」
「然りである。はっきり言ってボーナスステージであるなぁ」
「でも、それって明確な目標がないんじゃ?」
「30分耐え抜くか、30匹倒せばそれで終了である。また、増援が出てくる前に全ての熊を倒してしまってもクリアであるな」
「……なんとも俺達向きなボスな事で。それで、俺達を誘った理由は?」
「まあ、新しい土地に行く機会を与えないとしばらく動かないと思ったからである。新しいアイテムレシピや素材などがあれば行く気にもなるであろう?」
「……まあ、それは確かに気になるわね……」
「という訳なので高速船で『ジパン』に向かうのである。到着は土曜日の午後6時、到着先の港町『カンモン』にも転移門が設置されている事はリリースノートで確認済みなのである。したがって、あちらに着いたらすぐに戻ってくればレイドにも遅れないのである」
「……まあ、そう言うことなら、目指してもいいか」
「ああ、それならおじさんは不参加だね。まだ、王都にも到着してないし」
「……どうせだから、このついでにおっさんを王都まで運んで、ついでに『ジパン』にも連れて行くか」
「……それはありがたい話だけど、時間は大丈夫かい?」
「明日、おっさんがログインできる時間帯次第だな。何時ぐらいならログインできる?」
「明日は午前中は無理だから……午後1時くらいからだね」
「ふむ、他の皆は?」
「私は大丈夫よ」
「ボクもー」
「わしも問題ない」
「私も大丈夫です」
「じゃあ、決定だな」
どうやらおっさんも『ジパン』行きの旅に参加することが出来そうだ。
「ああ、だが注意点が1つあるのである。ジパンの最初の街『カンモン』には誰でも入れるのであるが、『カンモン』の外に出るにはギルドから発行される身分証が必要になるのである。これには相応のギルドランクが必要になるのであるよ」
「……おじさん、あなたのギルドランクは?」
「生産ギルドが4だね。流石にまだまだギルドランクは足りそうにないね」
「まあ、『カンモン』まで転移門を開いておけば自由に行き来できるようになるので便利であるよ。ともかく、そう言うわけである。それではまたであるよ」
「ああ、ありがとう教授。ちなみに情報料っていらなかったのか?」
「今回は必要ないのである。『ライブラリ』が新たなレシピを手に入れてくれる方が収穫が大きいのであるよ」
「そう言うものか?」
「そう言うものである。では失礼するのであるよ」
情報を伝え終わった教授は足早に去って行った。
さて、この後どうするかだが……
「この後はどうしましょうか? 各ギルドを回って身分証とやらをもらってくる?」
「いや、それよりもおっさんを王都まで連れて行かないか? 今からなら十分な時間があるだろ」
「ふむ、それが良さそうじゃのう」
「ボクも賛成かなー。明日一気に連れて行くとなると大変そう」
「あの、私、生産作業が残っているので参加出来そうにないです……」
「気にしなくていいわよ。ユキがいない分の穴はトワの眷属で埋めればいいわ」
「まあ、倒すのはタイガーベアに白銀魔狼だからな。ユキ抜きでもどうにでもなるだろう」
「わかったよ。それじゃあ私はお留守番してるね」
「話はまとまったわね。おじさん、すぐに出られるかしら?」
「うん、私も準備は出来てるね」
「それじゃあ、早速出発しましょう。流石に第2の街から王都までとなると距離がなかなか長いわ」
そうと決まれば話は早い。
早速第2の街から出発した俺達は、タイガーベアを撃破して第4の街を経由、そのまま西へと走り抜け白銀魔狼も撃破。
王都まで2時間強の道程だった。
「……やれやれ、本当に簡単にたどり着いてしまったね。βの時は苦労したんだけどなあ」
「今は私達のレベルも高いからね。それよりも転移門の登録を済ませてしまいましょう」
「そうだね。あと、私は職業ギルドにも顔を出して登録しておかないとね」
「それがいいでしょうね。……さて、それじゃあこの場は解散かしら?」
「そうだな。あえて言うなら外国への渡航許可をもらうためにギルドに向かうことだが……どこのギルドに向かえばいいんだ?」
「……そう言えば教授も『ギルド』としか言ってなかったわね。とりあえず皆で生産ギルドに顔を出して、そこでダメなら各職業ギルドに向かうってところかしら」
「そうじゃの。では生産ギルドに向かうぞい」
こうして俺達は全員で生産ギルドに向かうことになった訳だが、これについては完全な空振りだった。
おっさんは自己申告通り、ギルドランクが低すぎてまだ身分証を発行してもらえず、それ以外の俺達については、各職業ギルドの身分証の方が有効だ、という事で断られたのだ。
「……まあ、職業ギルドの方がランクは高いからね。技の羅針盤をもらえる程度には」
「そういえば皆も手に入れたんだっけ。職業はどうしたんだ?」
「私は中級服裁縫士になったわ」
「わしは中級武器鍛冶士じゃの」
「ボクは中級弓木工士だよー」
「皆、さすがだね。おじさん、まだ見習いが取れたばかりだよ」
「まあ、そんなものよね。気長に弟子入りクエストを進めていくといいわ」
「そうさせてもらうよ。それじゃあ今日はありがとうね。また明日もよろしく」
「ええ、それじゃあね、おじさん」
俺達は生産ギルドで別れてそれぞれの職業ギルドに向かうことに。
俺はまず錬金術ギルドに向かうことにしたのだが……
錬金術ギルドで『ジパン』に向かう話をしたら、呼び止められてしまいギルドマスターと面会することになった。
「ジパンに向かうというのは本当かね?」
「はい、高速船が出るというので、間に合えばそれに乗る予定です」
「ふむ、そうか……済まないが少し待っていてもらえるか。あちらのギルドマスターに手紙を書いておこう」
そう言って、ギルドマスターは机の中から便箋を取り出し筆を走らせる。
やがて必要な事を書き終えたのか、封筒を取り出して封蝋を使いしっかりと封をする。
「済まないが、これをジパンの都『星見の都』にある錬金術ギルドのギルドマスターに渡してもらえるだろうか。正式なギルドからの依頼と言うことで謝礼も出そう」
「構いませんが……今週の高速船に乗れなかった場合、次の高速船を待つことになりますよ?」
「構わんよ。そこまで急ぎの連絡というわけでもない。まあ、来月中には届ける、その程度の感覚でも構わん」
「……わかりました。それではお預かりします。」
「頼んだぞ。それから当ギルドからの身分証だが、これを持っていくといい」
渡されたのは懐中時計のようなもの、というか完全に懐中時計だな。
懐中時計の蓋には錬金術ギルドの紋章が彫られている。
かなり豪華な懐中時計だがもらってしまっていいのだろうか?
「それを見せれば問題なく『カンモン』を通過できるはずだ。連れの人間も含めてな」
「……それは大丈夫なのですか?」
「錬金術ギルドとしてそのものの身分を保障するという証だ。ジパンだけではなく他の国々でも有効だから必要ならばその時に使うがいい」
「それではありがたく使わせてもらいますが……本当に大丈夫ですか?」
「君の今までの貢献度を考えれば問題ないさ。……ああ、それからジパンに行くのなら他のギルドにも顔を出しておくといいだろう。他のギルドでもジパンとの交流は滅多にないからな何か頼み事をされるかも知れないぞ。他にも身分証は発行してくれるだろう。行く国によっては我々の身分証よりも有効な場合もあるだろう。もらっておいて損はないぞ」
「それって、優秀な人材の囲い込みでもあるんじゃ?」
「否定はしない。だが、異邦人は定まった地に留まらない渡り鳥のようなもの。ならば、無理に引き留めるよりも、所属を示すものを渡しておいた方がよかろうて」
「……まあ、否定は出来ませんね。それでは、封書は確かに預からせていただきます」
「ああ、頼んだぞ。それから銀時計には本人確認の魔法をかけさせてもらう。第三者が悪用できないようにな」
「わかりました。お願いします」
「うむ。……これで完了だ」
「ずいぶん簡単ですね?」
「長年の研究で簡略化されたものだからな。この周辺国ならばどこでも本人確認の魔法を使える。身分証明にはこれで困らんだろう」
「ありがとうございます。それではこれで」
「ああ、手紙は頼むぞ」
―――――――――――――――――――――――
シークレットクエスト『ジパンへの手紙』
クエスト目標:
ジパンの『錬金術ギルド』のギルドマスターに
手紙を届ける
クエスト報酬:
???
―――――――――――――――――――――――
……ああ、シークレットクエスト扱いなのか。
ひょっとすると、他のギルドでも同じようなクエストを受けることになるのだろうか?
そう身構えていった調合ギルドでは、やはりギルドマスターと面会することになり、同じように身分証となるメダルとジパンのギルドマスター宛の手紙をもらうこととなった。
こちらもシークレットクエスト扱いでの受注となった。
そして、俺の職業ギルド最後の1つ、ガンナーギルドだが……やはりここでもギルドマスターのアリシアさんと会うこととなった。
「ジパンに行くそうね。渡航目的は?」
「……余りこれといった目的はないですね。錬金術ギルドと調合ギルドで手紙を預かってますから、それを届け終わったら観光でしょうか?」
「なるほどね……ならちょうどいいかも知れないわね。済まないけれど、私からも手紙の配達をお願いできないかしら?」
「まあ、2つも3つも大差ないですし構いませんが……何かあるんですか?」
「何かあるというか、何もないというか……まあ、ジパンに関しては困っているのよ。……いえ、ガンナーギルドとしてはこの国以外ではどこでも困ってるというべきかしら」
「それってどういう……」
「まあ、簡単に言ってしまうと、余り受け入れられていないって事ね。銃という特殊な武器を使うことと、まだギルドとして結成してからも歴史が浅いのとで色々困っているのよ。出来る事ならあちらのガンナーギルドでも頼まれごとを聞いてもらいたいのだけど、ダメかしら?」
「……内容次第でしょうかね? 余り手間がかからない内容なら考えますが」
「そうして上げて頂戴。……それじゃあこれをジパンの都のガンナーギルドまで届けてもらえるかしら。職員は1人しかいないはずだから、その子に渡してくれれば問題ないわ」
「……また、深刻な人手不足ですか」
「1人で十分に仕事が回る、と言うよりも仕事がないというのが現状でしょうね。それじゃあよろしく頼むわね。ああ、それから、これがガンナーギルドの身分証よ。……錬金術ギルドや調合ギルドに比べると意味はないでしょうが一応持っていって」
渡された身分証は小ぶりな短剣。
柄にはガンナーギルドの紋章が刻まれている。
さて、これで全部のギルドから身分証をもらったわけだが、ジパンで使うにはどれが正解になるのやら……
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