187.技の羅針盤

 公式生放送の翌日、木曜日。

 メンテナンス作業は予定通り12時に終了していた。

 なお、昨日の夕方に公開されたリリースノートも確認したが、大きな変更点はレベルキャップの開放と各種羅針盤アイテムの追加、それから、新規マップの追加ということで公式生放送の内容と大差なかった。

 その他の変更点もある程度確認したが……少なくとも、ガンナーや錬金術、調薬と言った内容に直接関係するものは少なかったな。

 色々とシステムの追加があったようではあるのだが、今の俺に直接関わりがある事はなさそうだ。

 関係性があるものと言えば、ガンナーギルドで購入できる各種銃のレシピセットを市場に出品できるようになったと言うことだが、これは放っておいても誰かがやってくれるだろう。

 少なくとも、俺が積極的に流す必要はないはずだ。

 ……どうせマギマグナムはレシピセットの販売自体してないんだし。


 早めの昼食を食べていた俺と遥華は早速ログイン。

 多少のログイン待ち時間はあったがすんなりとログインできた。


 ログインした俺を待ち構えていたのはGMからのメールだった。

 最近はそんなに派手なことをした覚えがないので、なんの用事だと思い開けてみると、『幻狼の腕輪』と各種経験値ブーストチケット、それから謝罪文だった。

 本来なら、試練の大狼戦をクリアした段階で幻狼の腕輪を入手できるのだが、そのままフェンリル戦に挑んでしまった場合、この幻狼の腕輪入手イベントがスキップされてしまう不具合があったらしい。

 本来ならすぐさま対応するべき案件だったのだが、発見が遅れてしまい今現在になってようやく補填をすることを許して欲しいという内容だった。

 俺としては幻狼の腕輪は既に入手済みだし、正直どっちでもいいのだが……もらえる物はもらっておこう。


 ログインしてすぐに向かったのは錬金術ギルド。

 まずは『技の羅針盤』を入手するためにやってきた。

 錬金術ギルドに入って二階へと向かい、サイネさんの受付で『技の羅針盤』について確認をとる。


「『技の羅針盤』ですね。王宮から異邦人の皆様にも使用許可が下りてます。ただ、使用するにあたって少々集めていただくものがありますが構いませんか?」

「ええ、何を集めればいいんでしょう?」

「王都近郊のエリアに住み着いているアースドラゴン、ワイバーン、それからそれらを倒してさらに奥地へ進んだ先に生息している氷鬼、雷獣と呼ばれているモンスター、合計4種の魔核を集めてきてください。ワイバーンについては複数種類存在していますがどれでも構いません」

「わかりました。……ちなみに自分で倒す必要は?」

「『技の羅針盤』については必要ありません。可能でしたらマーケットなどで購入していただいても構いませんよ」

「ちなみに、『技の羅針盤』を手に入れるために必要な条件はギルドによって異なりますか?」

「基本的には変わらないはずです。よほどの理由がない限りは同じ条件のはずですね」

「了解です。それではこれで」

「はい。またのご利用をお待ちしています」


 ―――――――――――――――――――――――


『技の羅針盤の入手』


 クエスト目標:

  以下のアイテムを錬金術ギルドに納品する

   アースドラゴンの魔核 0/1

   いずれかの属性ワイバーンの魔核 0/1

   氷鬼の魔核 0/1

   雷獣の魔核 0/1

 クエスト報酬:

  技の羅針盤


 ―――――――――――――――――――――――


 錬金術ギルドを出た俺はすぐにクランホームへと戻り、対象となるモンスターの魔核が市場に出品されていないかを確認した。

 ……数はさほど多くはないし少々高めだが、とりあえず2セットは確保出来るな。

 とりあえず俺とユキの分、2セットを購入したところでホームポータルから柚月が現れた。


「あら、トワも市場に用事? って事は羅針盤絡みよね。まだ在庫は残ってたかしら?」

「ああ、潤沢とは言えないがまだ大丈夫だな。……夜になったら怪しいが」

「そう。ならドワンとイリスの分も買っておこうかしら。あの2人も『技の羅針盤』には興味があるみたいだったし」

「それがいいかもしれないな。……おっさんの分はまた今度でいいか」

「おじさんはまだまだギルドランクが足りないからね。今から買い置きする必要もないでしょ」


 柚月も市場から各種納品用アイテムを購入したみたいだ。

 念のためという事でドワンとイリスの分も購入したようだ。


「あ、トワくん、柚月さん、こんにちは」

「あら、こんにちは、ユキ」

「ああ、ユキ、こんにちは。今日は早いな?」

「うん、リクから早めにログインして羅針盤のクエストだけは確認しておけって言われて」

「それなら俺達の方で確認済みだ。『技の羅針盤』については、もうクエストアイテムも確保してある」

「そうなんだ……さすがトワくん達は早いね」

「この手のクエストでアイテムが必要な場合、相場が一気に値上がりするからね。相場が変わる前にアイテムを押さえられるかどうかが勝負なのよ」

「ゲーム内通貨は大量にあるけどな。相場が上がってから買うような無駄金は使わないに限る」

「そうだね。それじゃ、私もクエスト受けに行ってくるね」

「ああ、ちょっと待った。ユキの分もクエストアイテムを買っておいたから、それを持っていくといい。クエストアイテムがギルド間で変わらないことは確認してあるし」

「そうなの? それじゃあ買わせてもらうね。いくらだったの?」

「全部で6Mぐらいだったな。やっぱりまだ氷鬼や雷獣の魔核は高いからな」

「わかった。6Mだね……はい、これ」

「うん、確かに。それじゃ、これがアイテム一式だ」

「確かに受け取ったよ。それじゃあ、料理ギルドに行ってくるね」

「ああ、気をつけてな」

「行ってらっしゃい」

「はい、行ってきます」


 料理ギルドに向かうユキを見送った後、俺と柚月もそれぞれの生産職ギルドへと向かう。

 俺の場合は錬金術ギルドだから、先程ぶりのサイネさんのところだな。


「あら、トワ様。もうお戻りですか」

「ええ、マーケットで一式揃いましたので」

「なるほど。錬金術や調薬で稼いだお金で買い取ったのですね」

「まあ、そう言うことです」

「構いませんよ。むしろ、生産者にとっては自力で手に入れるより、他者にお金を払って買い取る方が一般的ですから」

「そうでしょうね。かなり手強いモンスターだと聞いていますし」

「そうですね。……それでは魔核の方を渡していただけますか?」

「わかりました。これで大丈夫ですか?」


 俺はインベントリの中から4つの魔核を取り出してサイネさんに手渡す。


「……確かに受け取りました。ただいま『技の羅針盤』をお持ちしますので少々お待ちを」


 サイネさんは受付の奥へと向かい、数分後1枚のプレートを手に戻ってきた。


「これが『技の羅針盤』になります。これに魔力を通していただくことで使用可能になります」


 サイネさんから渡されたプレートは丁寧な細工が施してある。

 古代文字で『技の羅針盤』と彫り込んであるのが特徴か?

 ともかく、まずは魔力を通して利用可能な状態にしなくては。


「わかりました。……これで大丈夫ですか?」

「……はい、大丈夫です。ここの魔宝石の色が変われば使用者登録済みという証なので。早速ですが、使い方の説明をしてもよろしいですか?」

「ええ、お願いします」

「かしこまりました。使用するには、まず技の羅針盤に使用者登録をしていただく必要があります。これについては、もう完了していますね。それから、ギルドの方でどの職業に就くことができるのかを登録する必要もあります。これについては、職業適性を調べてからの登録となりますので、この後適性検査をしていただく必要があります。ここまではよろしいでしょうか?」

「ええ、大丈夫です」

「それでは、この先の使用方法については職業適性を調べてからの方がよろしいでしょう。適性検査を行いますのでこちらへどうぞ」


 サイネさんに案内された部屋には水晶玉が1つ置いてあるだけだった。


「この水晶玉を使うことで、現時点での職業適性がわかる仕組みとなっています。それでは、水晶玉に触れていただけますか」

「わかりました。……おお、これは……」

「現時点での職業適性は『中級錬金術士』『錬金薬士』『魔法錬金術士』『上級錬金術士』『上級錬金薬士』ですね。上級錬金術士と上級錬金薬士については、もし転職したい場合は試験を受けていただく必要がありますが、どうなさいますか?」

「とりあえず今はパスで。残りの2つについては試験は必要ないのですか?」

「中級クラスの職業については錬金薬士になった時点で資格があるものとみなされます。それでは中級錬金術士クラスの3つを技の羅針盤に登録させていただきます。技の羅針盤を一度お借りします」

「ええ、どうぞ」


 俺は技の羅針盤をサイネさんに手渡す。

 サイネさんは水晶玉に技の羅針盤をかざすと、何やら魔力を技の羅針盤と水晶玉の間に通し始めた。

 すると、水晶玉の輝きが技の羅針盤へと吸い込まれて……残ったのは、部屋に入ってきたときと同じ状態の水晶玉と魔宝石と呼ばれていた部分にわずかな輝きをともした技の羅針盤だった。


「これで技の羅針盤への職業登録の手続きは完了です。まずは技の羅針盤をお返しいたします」

「はい。……それで、これからどう使えば?」

「はい、魔宝石の部分に手を触れて魔力を流し込んでください」

「わかりました。……おお、これは」


 言われた通りに魔力を流し込んでみると、先程登録された3つの職業がそれぞれのレベルと一緒に表示された。

 錬金薬士はもちろんレベル30、残りの2つはレベル1だ。


「そこまでできれば大丈夫ですね。あとはご自分がなりたい職業を選ぶことで自由に職業を変えることが出来ます」

「なるほど……ちなみに、職業を変える際のデメリットは?」

「技の羅針盤に登録されている範囲内で職業を変更する限り、デメリットは存在しません。ただ、技の羅針盤の登録範囲外の職業に変更した場合、少々問題がありますが」

「問題?」

「『技の羅針盤』と対をなす『力の羅針盤』の存在はご存じでしょうか?」

「ええ、この後ガンナーギルドに行こうと思っているので知っていますが」

「それでしたら問題はないでしょう。『力の羅針盤』なしに戦士系の職業に就こうとした場合、技の羅針盤の効果範囲外となってしまい技の羅針盤の記録がリセットされてしまう場合がありますので……」

「つまり、俺達のような生産職は両方を持っていた方がいいと?」

「戦闘もなさる方でしたらその方が安全ですね。もちろん、生産職のままでいていただいた方が安心なのは確実ですが」

「わかりました。気をつけるようにします。……ところで、中級クラスの錬金術士って他にどんな職があるのですか?」

「そうですね……そもそも、魔法錬金術士が現れる方がかなり珍しいのですが……他ですと、魔宝石を作れる『錬金細工士』が一般的ですね」

「魔宝石ですか。それって何に使うんですか?」

「主に魔道具の補助ですね。高ランクの魔道具を作る際には必要となります。技の羅針盤や力の羅針盤にも使われていますし、他にもこの水晶玉なども魔宝石として錬成された魔道具になりますね」

「魔道具って魔石から作るんじゃないんですか?」

「一般的な魔道具は魔石のみで作られる場合がほとんどです。ただ、魔石はどうしても魔力にムラがあることが多いため、高位な魔道具には魔宝石が使われることが多いですね。そう言う意味では、魔宝石は人工的な魔石とも言えます。ただ、錬金細工士になるためには細工の知識と技術も一定以上必要となってきますのでなり手は少ないですね」

「なるほど。ちなみに、魔宝石って銃にも使えたりしますか?」

「銃についてはそこまで詳しくはないので……おそらくガンナーギルドで聞いていただいた方が詳しい話を聞けるかと」

「それもそうですね。ありがとうございます」

「いえ、これも仕事の範疇ですので」

「……そう言えば、さっき技の羅針盤に水晶玉から何かを移していたように見えましたが……」

「ええ、水晶玉の測定結果を技の羅針盤に移し登録しました。……一般の受付が1階で上位の受付が2階にあるのは、あのスキルを使えるかどうかと言う面もあるのですよ。技の羅針盤は上位の錬金術士にしか使えませんので」

「なるほど……とりあえず使い方もわかりました。ありがとうございました」

「いえ、これが仕事ですので。もし、上位の錬金術士にランクアップしたい場合はまたお越しください。そのときは試験を受けていただくことになると思います」

「はい、わかりました。それではこれで」

「またのご利用をお待ちしています」


〈『技の羅針盤』を入手しました。ヘルプに『技の羅針盤』が追加されます〉


 どうやらこれで正式に技の羅針盤を入手したことになるようだ。

 錬金術ギルド2階に備え付けてあるソファーに座り、ヘルプを確認してみる。

『技の羅針盤』に登録されている範囲で職業を変更する場合、ステータスウィンドウから直接操作することでも変更が可能になるらしい。

 また、最初に上げる職業に比べて先行している職業のレベルまではかなりレベルの上がり方が早くなるそうだ。

 その代わり、職業レベルを上げることで手に入るSPは1ポイントまで減ることになるらしい。


 職業レベルは中級クラスだと最大30だからレベル1から30まで、上げられるのは29だけか。

 その気になれば58手に入るとは言え、上級生産スキルでそれぞれ25ずつ使った事を考えると余り無駄遣いはできないよな……

 この先、戦闘系のスキルもさらに上位のスキルを覚える事になるんだし、SP管理には気を使わないと。


 さて、技の羅針盤は無事に手に入ったし、次は『力の羅針盤』だな。

 ガンナーギルドに急ごう。

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