185.とある運営管理室 3
「オーケー、全ユーザーの強制ログアウト処理が完了した」
「了解、それじゃあサーバー群のメンテナンス作業を開始するわ」
ここは『Unlimited World運営管理室』。
一言で言ってしまえば
その一室では慌ただしく作業が進められていた。
理由は単純である。
本日昼12時から明後日昼12時まで、合計48時間の長時間メンテナンスを行うためだ。
メンテナンス内容は機器のチェック等も含まれるが、そんなものは日常業務の中でも行っており、システム停止状態でのチェックを行うと言うだけだ。
48時間にも及ぶ大規模メンテナンスを行う理由。
それは一言で言ってしまえば『大規模アップデートの実施』である。
既に事前情報として『別の国への移動が可能になる』、『レベルキャップの開放』、『新規ダンジョン・レイドクエストの追加』などが挙げられている。
実際の修正項目はこんな物じゃなく、それこそ多岐にわたるわけで……これから始まる
「……それにしても『妖精郷の封印鬼』の情報、想定されたゴタゴタもなく広まっていったな」
「ああ、あれか。……まあ、感情的になったところで仕方が無いというユーザー心理が働いたんじゃないか? 実際、公式掲示板で罵詈雑言を浴びせるような真似をすれば簡単にアカウント凍結だ」
「そうだとしても、初クリアチームには生産職クランも含まれていたわけでしょう? 騒ぎにならない方がむしろ疑問だったわけだけど」
「運営に対する問い合わせなら来てたぞ。『チート利用の疑いあり』ってな。わざわざGMコールからの通報をしてくれるとは、暇人もいたものだよ」
「ふうん、それで、その件はどうしたの?」
「『監視データ上チートツールの利用は認められない』の一言で終わりだな。その後もクリア者に対する罵詈雑言が絶えなかったから、運営警告として『これ以上の侮辱行為はアカウント停止処分の対象となる』と伝えてようやく静かになったよ」
「……ずいぶんとまあ、身勝手だこと。……ちなみにそのプレイヤーは?」
「『ディアボロス』と言えばわかるんじゃないか?」
「ああ、あそこか……」
「あそこも問題行動の多い集団よね」
今の話題に出てきた『ディアボロス』だが、プレイヤーによって結成されたクラン名である。
いわゆる廃人プレイヤーの集まりでは最大の勢力を誇るのだが……このゲームでは一流クランの端に引っ掛かるかどうか、と言う程度の成績しか残せていない。
理由は単純で、プレイ時間だけは毎日接続制限時間限界まで利用しているのだが、中身、つまりはプレイヤースキルがイマイチ伴っていないのだ。
フルダイブ型ゲームが流行りだした昨今、ゲームの中でもリアルスキルが要求される場面も増えてきた。
古いタイプのMMOであれば、マウスをクリックしたりキーボードで操作したり、あるいはゲームパッドで操作したりとあらゆる意味で『ゲーム的な腕前』があれば一流プレイヤーの仲間入りができた。
しかし、フルダイブ型ゲームではそうは行かない。
操作するためのデバイスなど存在していないし、何かをしようとすれば自分で
視点も当然、一人称固定。
見下ろし型であったり、自分の背後からの俯瞰だったりはしない。
敵の攻撃は『自分の目』で見ないと何も見えないのだ。
それに、剣を振る、槍で突き刺すなどの動作に関しても、システムアシストは存在しているが自分で行う必要がある。
つまりは自分の
ゲームがこのような進化を遂げた結果、ただひたすらにゲームにログインし続ける廃人プレイヤーというのは減っていった。
その代わり、
実際、そう言ったゲーマー向けの通信教育やオンライン教育プログラムが色々と販売されているのだから、商売としては成り立っているのだろう。
旧時代的な『とにかくゲームにログインして強くなれば最強になれる』と言う考えに基づく行動を取る者達というのも少なからずいるわけで……
そう言った、『廃人様』が集まった集団が件の『ディアボロス』なのだ。
この『ディアボロス』、接続時間に見合ったプレイスキルを身につけているものもいれば、まったくリアルスキルが伴ってないものもいると言う集団である。
そして、上位勢はプレイヤー間のマナーを守るものが多いのだが、下位勢には『接続時間限界までプレイしている自分達は強いんだ』という根拠のない自信を元に他のプレイヤーに高圧的な態度を取るものがいる。
『ディアボロス』というクランは基本的に放任主義らしく、同じクランのメンバーが諍いを起こしても我関せずと言う態度を貫き通すのが基本だ。
運営からしてみると『問題児が多いクランだが、クランとして利用規約に抵触しているわけではないので厄介な集団』という認識である。
件のGMコールをしてきたプレイヤーも下位勢のプレイヤーであり、『生産系クランが自分達の先を進んでいるのは許せない』という短絡的な考えからああ言った行動に出たのだろうと予測されている。
……実際、公式掲示板の攻略総合掲示板で炎上させようとして失敗、監視AIによる掲示板全体の削除を食らっており、『他プレイヤーに対する侮辱的行為』の実行によってアカウント停止2週間の処分が下されている。
その後は、外部掲示板で同様の事をやろうとしたようだが……そちらも監視AIによって即刻発見され、『ゲーム内画像の無断使用』と『他プレイヤーへの誹謗中傷』を理由に外部掲示板運営元に対して対象情報の削除と裁判所経由の発信者情報の開示請求を実施、後日そちらからの返信も速やかに処理され同一人物である事を確認、アカウント停止期間をさらに2週間延長されている。
なお、余談だが運営から見た『ライブラリ』の評価は『全力を出されるとゲームバランスが傾くので、そのまま大人しくしていてほしい』クラン筆頭である。
最新のログだと、遂に現状環境で作れる最高品質装備まで作れるところまで来ているらしく……そんなものをばらまかれた日には最上位レイドだって数回程度のアタックでクリアされてしまうだろう。
それこそ『妖精郷の封印鬼』のように。
それから一般プレイヤーには一部しか知られていない事だが、ステータスによって装備出来る装備のランクが変わってくる。
こう言った事象が平気で発生するレベルの装備品なので、あまり出回られてもトラブルの元になってしまい困るのだ。
「ともかく、問題クランの事は置いておこう。まずは目の前の難題に挑むとしようじゃないか」
「……それもそうね。とは言っても、私達がしなければいけない事なんて、しばらくは処理が正常に進んでいるかの監視だけなんだけど」
「それも大事な仕事だろう? このアップデートが正常に進まなければ、夏のイベントも何もなくなるんだからな」
「はいはい、それじゃあ、まずは進行状況を確認しましょうか」
「そうだな。……とはいえ、まだ1時間も経っていないんだ、始まったばかりというのが現実で確認しなきゃいけないような問題も発生しちゃいないんだがな」
「それじゃあ、アップデートが終わった後のユーザー動向でも予想しないか?」
「ユーザー動向ねぇ……まずは同職間で転職可能になる『羅針盤』の入手に躍起になる層が現れるんじゃないかしら? あれがないと3次職特殊ジョブや超級ジョブにはつけないわけだし」
「そういえば3次職も開放だったな……他の要素が盛りだくさんで忘れてたぜ」
「3次職になれるプレイヤーは全体の30%程だからな。そのうちどれだけのプレイヤーが3次職を選ぶのか、それとも『羅針盤』によるさらなる強化を望むのか」
「あと、どれだけのプレイヤーが外国……というか別の国や種族の土地に行くのかとかかしら?」
「それもあるな。外国に向かうにはそれぞれ条件を満たさなければならないが……別の国でなければ身につけられないスキルなども存在しているからな」
「それなんだよなぁ。学術都市とかもろそれじゃん。あの仕掛け、早めに気付いてもらえないと魔術士系が行き詰まるぜ?」
「そこのところは、上手く
「問題はどの程度のプレイヤーがその情報にいち早く気付いてくれるかなんだよなぁ。メンテナンス開けと同時に『夏休みイベント』前半戦も開始になるわけだし」
「イベントに人が集中しすぎるとゲーム内のフラグが進行しない。イベントに人が集まらなければ企画倒れ。……困ったものね」
「今回のイベントは、それなりに人が集まるだろう。なんて言ったって景品が豪華なんだからな」
「その豪華な景品の最上位は取らせるつもりがあまりない状態だけどね」
「……それは仕方がない。あんなもの簡単に取られたらたまったもんじゃないからな」
「ちなみに理論上は取れることになってるの?」
「1日8時間ぐらいで毎日イベントに参加してもらえれば取れるぐらいのポイントは集まるよ。もっとも、イベントエリアに入れる時間が1日8時間制限な訳だから、毎日最高効率で回ってようやくと言ったところなんだけどね」
「……それも、他のイベントアイテムを全て諦めてようやくでしょう。それはそれで不満が出そうだけど」
「現実的な範囲で入手できるものも用意されているんだ。普通のプレイヤーはそちらで我慢してもらおう」
「そうそう。『全てのプレイヤーに最高景品が渡るような難易度になど設定はしない』って室長も言ってたしな」
「……それが一番不安になるのよね……」
「今から不安がっていても仕方が無い。それよりも今やるべき仕事をこなそう。ちょうど第一フェーズも終わったところだしな」
「それじゃあ、今回のフェーズに問題がなかったか確認して、次のフェーズへと移行しましょうか」
「そうだな。48時間あると言っても作業量を考えればあまり余裕は無いんだ。早いところ作業を進めよう」
夏の大型アップデートに向けた彼らの戦いはまだ始まったばかりである。
この後もアプデート作業がすんなり進むかは、まさに神のみぞ知る話である。
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