154.怪しい露天商

「ふむ、まずはこの辺でいいかな」


 俺はGWゴールデンウィークの騒動の時にもらった『姿隠しのローブ』を身につけて、王都の露店通りと呼ばれる場所に来ていた。

 ここにいるのは俺1人だが、露店通りのどこかには柚月やドワンもいるはずだ。

 ファンタジーの街中で都市迷彩という目立つ服装なのに注目されていないのには訳がある。

 もっとも、その理由を語るにはそもそも露店通りなんて場所にやってきている理由から語らねばならないが。


 俺達が露店通りなんて普段来ない場所に来ているのは柚月の提案が発端だった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



「さて、それじゃあ私達は私達なりの方法でレイドに備えましょう」


 露店通りに行くことになる前日の夜、柚月がいきなりそんな事を切り出した。


「私達なりの方法って具体的には?」

「それはもちろん、アイテムの作成よ」

「つまり装備や消耗品の充実かのう?」

「そう言う事ね」

「んーでも、まだ装備を作るための素材が届いてないよー?」


 そう、まだ装備を作ろうにも素材の方が届いてないのだ。

 白狼さん達やハルやリクのパーティも頑張っているようだが、やはりこのレイドに参加する人数の装備を更新するための素材となるとそう簡単には集まらない。

 さて、どうするつもりやら……


「素材がないのは重々承知よ。その上で私達が出来る事をやればいいのよ」

「出来る事ですか? それならレベル上げとか?」

「……レベル上げはまた今度ね。さすがに戦闘してばかりだからしんどいわ」

「それじゃ、どうするんだ? 素材がないと職人なんてただの人だぞ?」

「素材がないならあるところからかき集めればいいのよ!」

「かき集めるって言ってもな……わざわざ高い素材を買うのか?」

「そこもちゃんと考えてるわよ。確かに、今市場に並んでるのは高めの素材ばかりよ。なら私達もお金を稼いでしまえばいいじゃない」

「……まあ、道理ではあるのう。それで具体的に稼ぐ方法は?」

「そこも考えてるから心配しないで。……これらを使うのよ!」


 柚月がそう言って取り出したのは1つの武器。

 確かあれって……


「ふむ、わしが作った武器じゃが……それは品質が上がりすぎたために販売見合わせの物のはずじゃが?」

「ええ、そうね。私が作った装備にもかなりの数の品質が良すぎるせいで在庫になっている物がたまっているわ」

「つまり?」

「この際だから、これらの在庫を売り払ってしまって金を持ってる人から巻き上げようって話よ!」


 ……巻き上げるって、間違った表現ではないが人聞きの悪い話だな。


「別に法外な値段で売ろうって話ではないわ。私達の間での普通の値段を付けて売りさばこうって話よ」

「……まあそれはわかるがのう。だとしても、売り切れば数千万単位のEエニィになるぞ?」

「別にいいんじゃない? ちゃんと売り上げ管理して作った人の手元に来るようにすれば」

「大胆な話だな。それで売れる見込みってあるのか?」

「私はメジャーな武器だったら売り切れると思ってるわよ? 何せ市場にまわってる武器だってごく稀に★10が出ている程度で、それだってオークション形式の販売方法だからね。一定額での販売ならいけると思うわ」

「それってお店で売るのー? またすごい混雑になりそうな気がするけどー?」

「お店では売らないわよ。そんな事したらまた大行列を作り兼ねないじゃない」

「それじゃ、どこで売るんだ?」

「決まってるわよ。露店通りよ」

「露店通り……ですか?」

「そう、王都にある一角の通称ね。プレイヤーも住人も入り乱れて露店を開いている、そんな場所が王都にはあるのよ」

「話には聞いたことがあるが……どっちにしろ売り始めたら大混乱にならないか?」

「まあ、なるでしょうね。売るのは★10でも特に高品質な品か★11になった品ばかりなんだから。中には生産クリティカルが出てる品も混じってるしね」

「確かにの。生産クリティカルが出た品は、強くなりすぎて売れなかったからのう」

「そうだよねー。せっかくクリティカルを出しやすくするためのスキルを手に入れたのに、クリティカル出たら強すぎて売り物にならないんだものねー」


 ふむ、どうやらイリスも俺の【魔石強化】に相当するようなスキルを手に入れてるのかな?

 銃作りだけの特権だとは思ってなかったけど、他の皆も似たようなスキルを手に入れてるんだろうか。


「とにかく、混乱は起きるでしょうけどそこまで面倒は見てられないわ。それにこんなアイテムもあるしね」


 柚月が取り出したのは腕輪装備だ。

 装備名は……『隠行の腕輪』?


「これは『隠行の腕輪』ね。街中でのみ使用可能な【隠行】ってスキルを使えるようにする腕輪よ」

「ふむ、それで効果はどういった物かの?」

「使用中はかなり接近しないと相手の姿を認識できなくするアイテムよ。一種のジョークアイテムね」

「それがなんで3つも出てくるのかねぇ……」

「決まってるでしょ。3人で手分けして販売するためよ」

「……つまり、この腕輪で身を隠しながら移動して、移動先で販売すると?」

「そう言うこと。ついでに、時々販売場所も変えるようにすればよりいいわね」

「……柚月よ、お主、一体どこを目指しておるわけじゃ?」

「んー、今回のコンセプトは『怪しい露天商』ね」


 神出鬼没の露天商か、それは怪しいな。

 ……と言うか、そんな事やって大丈夫なんだろうか。


「まあ、話はわかった。わかったけどそんな事してて大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃない? 別に利用規約に触れることもルールに反することもするつもりじゃないんだから」

「それを大丈夫というのかのう……」

「まあいいじゃない。そんな事より担当分けよ。トワ、あなたには武器全般を売ってもらうわ。ドワンは金属系の防具、私は布革防具ね」

「……これは言っても止まらないな」

「……まあええじゃろう。値段はどうするのじゃ?」

「あらかじめ決めておくわ。それに従って値付けしてもらえれば大丈夫にしておくから」

「……本格的だな。まあ、任せた」

「あの、私達はどうすればいいでしょう?」

「んー、ユキとイリスは留守番ね。腕輪は3つしか用意できなかったし、消耗品は売る予定ないから」

「わかりました。それじゃあ、私はクランで待ってますね」

「待ってなくてもいいけどね。それじゃあ、私は値付け作業に入るから後はよろしく!」


 上機嫌な柚月は談話室を出て行ってしまった。

 後に残された俺とドワンは……なんというか、微妙な顔をしていた。


「どう思う、今回の企画?」

「お祭りみたいな物じゃと思えばええじゃろう。やり過ぎな気はするがの」

「だよなぁ……まあ、柚月に付き合いますか……」


 そんなこんなでこの『怪しい露天商』企画は決まってしまったのだった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



「とりあえずここで露店を開くか」


 露店通りの端の方に陣取って露店セット――これも今回のために買い足した――を広げて露店の準備をする。

 あとは、売りたいものに値段を付けて公開すれば露店準備の完了だ。

 えーと、この杖は2Mで、こっちの斧は……4Mか。

 自分の作った銃もいくつか含まれてるけど、どれもいいお値段である。

 自分達は自力で作ってしまうから気にしないけど、普通に買おうとするとここまでかかる物なんだな……


「よし値付け完了。さて、露店開始だ」


 露店開始と言っても呼び込みをするわけでもない。

 ただ黙って都市迷彩ローブの中からじっと客を待つ、ただそれだけだ。


「……うん? こんなところで露店なんて珍しいな?」


 どうやら、こんな外れの方までやってきたプレイヤーがいたようだ。


「こんなところで店を出しても人など来ないだろうに……ずいぶん変わり者だな兄ちゃん?」

「そうだな、今回のコンセプト通りで行くとそうなるな」

「うん? 兄ちゃん、どっかで見たことあるような……って【魔銃鬼】!? なんでこんなところに!?」

「露店通りに来てるんだから露店をしに来てるに決まってるだろう。それよりも何か買っていくか?」

「ああ、そうだな、品揃えだけでも……って、なんじゃこりゃ!? ★11装備まで売ってるのか!?」

「『ライブラリ』の『不良在庫』の処分市だよ。普段店では売れない装備の一斉処分だ。買わないならそれでも構わないけど」

「……性能もいいが値段も高いな……ちなみに取り置きとかは?」

「一切するつもりはないよ。あと、売るときに譲渡不可リアル30日も付けさせてもらうよ」

「……そうか……この長剣をもらえるか」

「はいよ。5Mだ……毎度あり」

「今日はここで露店をしているのか?」

「そのうち場所を変えるけど露店通りのどこかでは販売してるつもりだよ」

「そうか……わかった」


 長剣を買っていったプレイヤーがどこかに指示をするように何か言っている。

 おそらくフレチャでこの場所を教えてるんだろうな。

 まあ、しばらくはこの場所で販売を続けるか……



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 そうして30分後。

 外れの方まできためざといプレイヤー達によって店の商品は大分減っていた。

 ……一度切り上げるならこのタイミングかな。


「はいはい、そろそろ一度店を閉めるから買う人は急いでおくれよ」

「なっ、ちょっと待ってくれ! ……おい、急いでこいって言ってるだろう!?」

「今買わないなら時間切れだよ……ほい、露店終了っと」

「ああ、そんな……」


 どうやらこのプレイヤー、フレンドから借金をしてまで買うつもりだったらしいな。

 待つ理由はないから待たないけど。


「それじゃあ、商品を補充したら場所を変えてまた露店を開くから頑張って探しておくれよ」

「マジか!!」

「マジマジ。あと、同じようにドワンや柚月も露店をしてるはずだよ。ドワンは金属防具、柚月は布革防具だよ」

「……マジか、そっちも探さないと……」

「……武器だけじゃなかったのかよ……」

「……どうしよう、お金の余裕があまりないよ……」


 なんだかんだで人だかりになった中、周りのどよめきも無視してさっさと撤収作業を完了させる。


「それじゃあ、また。縁があれば会いましょう」


 俺は別れの言葉を告げて【ダッシュ】と【ハイジャンプ】スキルを使用、人混みを飛び越えて姿をくらませる事に成功した。

【ダッシュ】はAGI上限を無視して走れるようになるスキルだが、【ハイジャンプ】と組み合わせることで人間離れした大ジャンプをすることも可能にする事が出来る。

 あとはこれに【空中動作】というスキルを組み合わせて空中で姿勢制御、人のいないスペースに降り立てば姿を完全にくらませることが出来る。

 これらのスキルは【第2の街】以降の冒険者ギルドでなら簡単に手に入る基本スキルらしいのだが、俺は冒険者ギルドなんて行ってなかったから全然知らなかった。

 妹様からこれらのスキルの情報を聞いて、ついこの間スキルブックを買ってきて覚えたというわけだ。


 正確には、他人の視線を切るだけだが【隠行】のスキル効果で周りの人間のうち、極至近距離の相手にしか気付かれない。

 俺が降り立ったのは、建物を飛び越えた裏通りだからさっきのプレイヤー達は完全に撒けただろう。


「さて、次の露店候補地を探さなきゃな」


【隠行】を使ってるので周りに気付かれることなく、俺はひっそりと移動を開始した。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



「はい、これで今日持ち込んでいる商品は品切れだよ」

「よっしゃ! 何とか間に合った!」


 目の前で小躍りしてる男性プレイヤーを尻目に、俺は撤収作業をする。

 実際問題、今日売る予定だった品は全て売れてしまった。

 売上は……予定通り数千万に達している。


「ねえ! 露店って今日で終わりなの!?」

「またやってくれるんだよな!?」

「そこんところどうなんだよ!?」


 出遅れて買いそびれたプレイヤー達が鬼気迫る様相で迫ってくるがこちらは気にしない。


「そうは言っても、武器についてはもう在庫が残ってないからね。やるとしてもまたしばらく先だよ」

「……そんな……」

「ちくしょう……出遅れなければ……」

「せっかく強力な武器を手に入れるチャンスが……」

「まあ、お金があるなら店の方に来てオーダーメイドを頼めばいいと思うよ。もっとも、しばらくは全員忙しいから受け付ける余裕は無いけど」


 実際、今日売ってた武器の値段についてはオーダーメイドの下限の値段程度だ。

 今日の品を買えるだけのお金があれば、オーダーメイドを頼んでくれても一緒である。


「……オーダーメイドを頼むにもなぁ……」

「滅多に会えないからなぁ……」

「……まず、メンバーに接触するのがなぁ」


 さすがにそこまでは面倒を見てられない。

 各メンバーへの接触は各自で努力してもらいたいものだ。


「それじゃあ、これで失礼するよ」


 俺はどうするか悩んでいるプレイヤー達を置き去りにして、露店通りの雑踏の中へと姿をくらましていった。

 ……うーん、『怪しい露天商』ってこんな感じでいいんだろうか?



**********




~あとがきのあとがき~



『怪しい露天商』、柚月とトワでは解釈の齟齬がありますがこれにて終了です。

実際問題として、『ライブラリ』には店売りするには強力過ぎる装備が多々出来上がっていたのでそれの一斉処分です。


なお今回いつものように暴れるキャラが登場していないのは、単純に暴れたところでGMコールされて終わりという事を客側が学んでいるからです。

いい加減、天丼ネタにも飽きたというのもありますがね(


たまには平穏に終わる事があってもいいと思いますよ?

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