129.5.閑話 あるケットシーの一(?)日

 朝。

 夜明けとともに目を覚ます。

 昨日は自分の家に戻ってきて寝たんだっけ……

 最近はご主人様の家で修行をしながら夜を明かすことも珍しく無いから少し新鮮な気分だ。

 このベッドも他の異邦人の方の元に修行に行っている同族が修繕してくれたから、非常に寝心地がよかった。


 目が覚めたら裏手の井戸で水を汲んで顔を洗う。

 ほどよく冷たい水が気持ちいい。


 せっかく帰ってきているので族長である父上に報告してから修行に行くとしよう。


『オッドか。今日は帰ってきていたのだな』

『はい、父上。ご無沙汰しております』

『お前もそうだが、他の者達も帰ってこないことが多い。不自由はしていないか?』

『大丈夫です。少なくとも僕と同じところで修行している皆は不自由はしていません。むしろ、整った環境で技術を学べることで、寝食を忘れて修行に励んでいるのでしょう』

『それはそれで心配なのだが……この前もジンベエが来て木工製品を色々修復していったな。その前はキラクが来て料理用ナイフを研いでいったし、ハナメもやってきて服の修繕をしていった。あの者達は狩猟部隊のところでも装備品の修繕をしていったそうだな』

『流石ですね。僕はまだまだ修行段階ですのに』

『お前のポーションについてもウルス達は評価していたぞ。あの異邦人の方々が訪れる前とは比べものにならないくらい効果が上がったとな』

『僕はまだまだです。師匠であるトワ様に比べればポーションと呼ぶのも烏滸おこがましいような品物しか作れません』

『最初は皆そんなものだろう。お前達の成長については私としても嬉しい誤算だ。まさか、あれだけの職人の方々に弟子入りさせていただく機会が巡ってこようとはな』

『確かに。僕達は運がよかったかも知れません。やはり優れた師というのは何者にも代えがたいものがあります』

『そうだな。かつてニンゲン族から学んだ様々な技法を失伝している現在、お前達が里にもたらしてくれる技術は大きいものだ』

『ありがとうございます、父上。……ところで、他のところに修行に行っている皆は元気なのでしょうか?』

『あちらはあちらで上手くやっているそうだ。職人としての技量はトワ殿達には劣るようだが、あちらはあちらで師匠を呼んでくれたようだ。おかげで、あちらの面々についても予想以上の技術が習得できている』

『それはよかった。他には何かありましたか?』

『狩猟部隊が他にも異邦人の方々と接触できたようだが……こちらはとりあえず様子見だな。悪いニンゲンでなければ同胞を連れ出してもらって鍛えてもらうのだが』

『単純な戦闘技術であっても得るものは大きいですからね』

『うむ。ニンゲンとの諍いによって交流が途絶えてから数百年。我々ケットシーだけでは生きていくのも苦しくなっていたからな』

『そうですね。……僕等は物作りの技術を優先して学べているので、戦闘技術を学べる機会が多い同族も必要になると思います』

『そちらについては問題なさそうだ。教授殿に師事している者からの報告によれば、異邦人のほとんどは戦闘を本業にしているらしい。そう言う方々が我々の元を訪れてくれる機会も増えて行きそうとのことだ。戦闘技術が学べる同族が増えれば狩猟部隊の被害も減っていくことだろう』

『はい。……そう言えばトワ様からこのような武器を預かっています』

『ふむ、これは?』

『『銃』と呼ばれる武器らしいです。魔力によって金属の玉を発射する弓、みたいな物のようです』

『なるほど、興味深いな。これならば片手で扱えるしモンスターに近づく必要もない。それで、これはどうやって作るのだ?』

『トワ様が錬金術で作るお姿を何度も拝見していますが……作り方はまだわかりません。おそらく、作り方を教わっても今の僕では満足に作れないでしょう』

『そうか……ともかく、今のところは出来る事から修行に励むといい。あまり異邦人の方々には迷惑をかけないようにな』

『わかっています。それでは僕は修行に行ってきます』

『ああ、まて。狩猟部隊が採ってきた魚の切り身がある。それを食べてからでもいいだろう』

『……それではご相伴に与ります』


 という訳で、今日は魚の切り身を食べてから修行に行くことになった。

 魚は生でも干してもおいしいけど、焼いた魚はそれはそれでおいしい!



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



『ゲッタク、いるか?』


 僕は修行に行く前に素材を回収しに友人でもあるゲッタクの家を訪れた。

 ゲッタクの家系は代々、様々な素材を集めることを生業なりわいとしている家系だ。


『いるぞー。どうした、もう修行用の素材が足りなくなったのか?』

『まだ少しは余裕があるけど、素材があるなら持って行っておきたい。次に帰ってくるのが何日後かわからないから』

『それなら毎日少しずつ持っていってもいいだろうに。何も何日も泊まりがけで通わなくてもさ』

『異邦人であるご主人様達は僕達とは違う時間感覚で暮らしているからな。昼過ぎに姿を見せることもあれば、真夜中にひょっこり来ることもある。こう言ってはなんだが師匠の技を見て盗む機会はいくらあっても足りないから。できるだけ里に戻ってくる回数は減らしたい』

『やれやれ、修行に出てる連中は皆同じような事を言ってるな。里よりも整った環境で修行できる上に、自分よりも遥かに高度な技術を持つ師匠の元で技を磨ける。なんとも羨ましい限りだ』

『それならお前も主人となる方を探して修行に出たらどうだ?』

『バカを言うな。俺の家系まで修行に出たらお前達の素材はどうするんだよ? ……まあ、弟のゲッサイ達ならいなくなっても大丈夫だから、そっちは修行に出るかも知れないが』

『本当はお前も修行に出たいんじゃないのか?』

『否定はできないな。だが、俺は俺できちんとした仕事がある。里を支えている俺達が抜けるわけにはいかないさ』

『……それもどうだな。変なことを聞いた。すまない』

『気にするな。俺も立場が違えば修行を希望していただろうからな。……それで、今回は何日分くらいの素材を持っていくつもりだ?』

『そうだな……手元にある残りが4日分ほどだから、7日分くらいあると助かる』

『7日分だな、少し待ってろ。今取ってくる』

『頼んだ』


 ゲッタクは7日分の修行用素材を用意してくれた。

 僕達が修行するのに困らないのもゲッタク達のおかげだ。

 無駄にしないように気をつけねば。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



 トワ様方の家に来てみたが、今は皆不在のようだ。

 トワ様方は皆それぞれ忙しいらしく、いる時間もまちまちだし、この談話室で休んでいることもあれば、それぞれの工房で色々なアイテムを作成している事もある。

 幸い、工房には自由に出入りしていい事になっているし、早速修行を始めよう。


 ……そう思ってトワ様の工房の扉を開けたらいい匂いが漂ってきた。

 匂いの質から考えて、料理をしているのはトワ様のパートナーのユキ様ではなく……


『クロユリか、精が出るな。調子はどうだ?』

『あら、オッド。調子は絶好調よ? 試食してみる?』

『そうだな。少しもらおうか』


 クロユリはユキ様に師事している同族で同じ工房を利用する仲間でもある。

 専門分野は『料理』であり、最近だと修行中はいつもおいしそうな匂いを漂わせている。

 ……最初の頃は酷かったんだけどなぁ。


『うん、よくできてる。おいしいよ』

『うーん、でも、おいしいだけなのよね』

『うん? 不満か?』

『ユキ様が作れば同じ料理でも力がわいてくると言うか、そう言う感じがするんだけど……』

『ああ、『魔法料理』と呼ばれる食べるとしばらくの間、力がみなぎる料理のことか』

『そうそれ。ユキ様は普通に作っても必ず『魔法料理』になっているのだけど……』

『そこは修行を積み重ねていくしかないんじゃないか? ユキ様だって最初から全部そうだったわけじゃないだろうし』

『そうなんだけど……しっかりと教えを受けて作ってるのに、未だに『魔法料理』ができた気がしないのよね。何が違うのかしら?』

『そこは基本的な腕前の差、としか言えないんじゃないか? 僕だってトワ様から素材を借り受けてポーションを作らせてもらったことがあるけど『この品質だと、市場に流すならともかくうちの店じゃ売れないな』って言われたぞ』

『まあ、そうなんでしょうけど……せっかく立派な修行の環境と凄腕の師匠、こんな恵まれた環境にいるのに結果が伴わないのは悔しいじゃない』

『そこは、まだ修行を始めたばかりなんだから仕方がないさ。最高の環境があったからと言ってすぐに腕前が上がるわけじゃない。少しずつ腕を磨いていくよりほかないさ』

『……それもそうね。それじゃあ、私は他の皆のところにお裾分けをしてくるわ。それじゃあね』

『ああ、御馳走様』


 クロユリは料理を持って他の皆の元へと行ってしまった。

『教授』と呼ばれていた異邦人の方々に師事している同族に聞いた話だけど、トワ様達は異邦人の中でもトップクラスの職人集団らしい。

 実際、トワ様が普段、何気なく使っている素材の質も完成するアイテムの質も、僕の作るアイテムと比べることができないぐらいの高品質品だ。

 アイテムを作るときの手際もいいし、魔力の扱い方も非常に上手だ。

 最近覚えたという作り方ではかなり手こずっている様子だったが……あの様子なら1ヶ月か2ヶ月もあればすぐにマスターなさるだろう。


 そんな凄腕の職人の元で修行できる僕等はすごい幸運の持ち主だろう。

 あの時、錬金術を学ぶことを恐れずに名乗り出て本当に正解だった。


 さて、僕もうかうかしてられない。

 早速、修行を始めなければ。

 目標は、今月中に一人前を名乗れる腕前になることだ!



 ―――――――――――――――――――――――――――――――



「オッド、相変わらず頑張っているな」


 気がついたらトワ様が来ていた。

 あれ? さっきまで夕方だった気がするのに、もう外は真っ暗でむしろ明るくなってきている?


「ご主人様、おはようですニャ」

「ああ、おはよう。それで、進捗はどんなところだ?」

「はいですニャ。今作ってた物はこのようなところですニャ」


 今し方まで無心で作っていたポーションをトワ様に差し出す。

 トワ様はそれを眺めて……


「うん、まあまあの出来だな。最初の頃に比べればかなりよくなってるぞ」

「それはありがたいですニャ。頑張っている甲斐がありますニャ」

「この分で行けばそんなに遠くないうちにもう1ランク上のポーションが安定するだろうな」

「それは嬉しいですニャ! これからも頑張りますニャ!」

「まあ、頑張るのは構わないけど。適度に休みも取れよ? ケットシーがそんなに休まなくてもいい種族だとは聞いてるけど、休みなしで続けても集中力が途切れるからな」

「わかりましたニャ。注意しますニャ」

「……本当にわかってるんだか。さて、お店に並べるポーションを作りたいから場所を譲ってもらっても構わないか?」

「わかりましたニャ。どうぞですニャ。……ちなみに、作るところを見学させていただいても構いませんかニャ?」

「ああ、構わないぞ。……ああ、そうそう。マタタビ酒を買ってきてあったんだった。これ、後で飲むといい」

「ありがとうございますですニャ。これであと1週間は頑張れますニャ!!」

「そんなに頑張らなくてもいいから程々にな。……さて、始めるか」


 おっと、マタタビ酒も嬉しいけど、トワ様のポーション作りを見学することも大事な修行だ。

 マタタビ酒は後から皆でいただくとして、まずは目の前の技を学ぶことに集中しなければ!



**********



~あとがきのあとがき~



ネコの話を書いたのにネコ語を使ってないが故にネコ成分が足りない、そんな結果に。

やっぱり文字だけでネコ成分を表現するにはネコ語しかないのか?



トワ以外のライブラリメンバーのケットシーは初出なので誰がどのケットシーを所持しているか一覧。


トワ  → オッド

ユキ  → クロユリ

柚月  → ハナメ

ドワン → キラク

イリス → ジンベエ

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