65.GW1日目 ~変装~
特定プレイヤーに肩入れするGM、小説ならではですね。
現実でそんな事やられたら困ります。
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「ふむ。それで、そんな格好なのであるか」
運営管理室室長の来訪というイベントを乗り越えた俺は、クラン『インデックス』のクランホームを訪れていた。
教授から呼び出されたためだ。
なので今は、教授のクランホーム内の私室にいる。
ちなみに『そんな格好』とは、今の俺の
今の俺はいつもの狐獣人ではなく、竜人のアバターになっているからだ。
ついでに言えば、例え俺のステータスを【看破】で調べようとしても『トワ』とは表示されない。
今の俺のアバターネームは『ザイン』である。
もっとも、俺のフレンドには普通に『トワ』と表示されるのだが。
「人のこと呼び出しておいて、それはないだろう教授」
「いやはや、失礼した。しかし、声まで変わっているのであるな」
「ああ、これも
そう、俺は今、運営管理者用のアイテムを複数使っているのである。
理由は、昨日の夜に室長から持ちかけられた提案だった。
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「パッチ適用が終わるまでの間、アバターを変更してもらえないだろうか」
うん? アバターを変更する?
「ちょっと話の意味がわからないんだけど。説明お願いできるのかしら、室長さん?」
「ああ、言葉が足りなかったな。申し訳ない」
「いや、構わないんだけどさ。……アバターの変更なんて課金サービスでもなかっただろう?」
本日実装された様々な課金アイテム、
その中に期待されていたがなかったアイテムが2種類ある。
「ああ、詳しい話は出来ないが、このゲームのアバターは現実感を増すため、
「うん? それとアバターがどう結びつくんだ?」
「例えばだ、
「……さらっとすごいテクノロジーの話が出てきたのう」
「そう、すごいテクノロジーなんだ。実際、獣人であれば本来ないはずの
そういえば、尻尾を触っても
「それ故に、アバターの再作成は簡単な事じゃないんだ。これらの感覚の結びつけをやり直す必要があるからね」
「……ちなみに、アバターを変更したい場合はどうすればいいんだ?」
「諦めて新しくもう1アカウント作ってもらうしかないな。アカウントが違えば、結びつけ情報も初期状態からなので、問題ないからな」
「……それって確かな情報なの?」
「臨床試験までやって得られたデータだ。間違っていることはないだろう。無論、臨床結果が当てはまらない人間というのは必ずいるがね」
「……そんな大事な情報を開示してもいいいのかよ……」
「まあ、本来はよろしくないな。私が室長だから許されるが、一般職員ならば守秘義務違反だ」
「それ、室長さんも守秘義務違反は変わらないんじゃ?」
「まあ、私が開示の必要があると思い開示したのだ。後で問題になってもなんとかするさ。ああ、ただ、君達には黙っていてもらいたいが」
「こんな話をしても、信じるものの方が少ないじゃろうのぅ」
本当に何を話してくれるのかな、この人。
「まあ、そう言うわけで、アバターの再作成は
「どういう意味かしら?」
「簡単に言ってしまえばアバターの擬装アイテムがあるのだよ。運営用のね」
「……運営側の人間が、気付かれないようにするためにか?」
「そういうわけだ。君達5人にはこの擬装アイテムを使ってもらい、しばらく姿を隠してほしい」
「姿を隠せといわれても、ねぇ」
「正直、その意味があるのか理解できないのう」
「うーん。ボクにもよくわからないかなー」
「私もさっぱりです……といいますか、そんなアイテムを1ユーザーに使わせていいんですか?」
「俺も同意見だな。どうせあの動画と掲示板から俺の事がばれてて、そのための処置なんだろうけど。追い回される経験なんて、これが初めてじゃないしな」
ほとんどのプレイヤーから追い回された経験なんてβの頃に何回もある。
あの動画が出回ったからといって、それこそ今更だ。
人のことを
……おかげでGMコールの常習者になったが。
「素直に言おう。運営として、この時期にあまり騒ぎになってほしくないのだよ。第2陣が入ってすぐに、今回の騒ぎだ。これ以上、炎上する前に打てる手は打っておきたい」
「……それなら、俺の事を隔離してしまえばいいのでは?」
「隔離か。それを考えるものがいなかったと思うのかね?」
「それは、いたんだろうな。一番早い手だし」
「隔離?」
ユキには意味が伝わっていないらしい。
他の3人は……イリスも含めて伝わっていそうだ。
「要するに俺のアカウントを一時停止してしまえばいいってことだ」
「アカウント停止されるようなことしてるの?」
「お嬢さんの言う通りだな。隔離……はっきりアカウント停止と言おうか。それをするためには理由がない。あの銃が出来たのがバグ利用だったとしても、初回だ。バグ利用で不正なアイテムを量産したわけでなく、あくまで1つだけ生産しただけだからな」
「それに、そもそもバグじゃなかったんでしょう?」
「まあ、そうなるな。仕様の確認漏れによる異常値ではあるが、バグと言うより仕様だ。不具合報告なしに乱用されれば処罰対象になり得るが、1つしか作ってない上に自分では使ってもいない。そして使用者からは不具合かどうかの問い合わせがきている。処罰対象にはできないよ」
「でも、俺が出入りしていると何かと問題になりかねないから、そもそも俺がいないことにしたいと」
「まあ、そういうわけだ。かといって
……まあ、運営的にもいてもらわない方が少しでも楽になると言うことか。
「それで、具体的にはどうするんだ?」
「一時的に運営用のアイテムを貸しだして別人になっていてもらう。アバターの種族から体型、声まで変わる優れものだぞ?」
「へー、なんだか面白そう!」
イリスは変装が出来る事に乗り気なようだ。
「とりあえず事情はわかったわ。納得できるものじゃないけど。それで、私達まで変装する理由は?」
「君達がつけ回されないようにするためだな。君達ならつけ回されたならGMコールで終わり、だろう。だが、つけ回す相手がいなければそれすらも起こらないからな」
「とってつけたような理屈ねぇ……」
「実際、とってつけた理由だからな。本音を言えば、運営管理室の負担を少しでも減らしたい、それだけだ」
「そのためにGM用アイテムの貸出かよ……」
「その程度の事で解決できるなら安いものさ」
これは首を縦に振らないと長引きそうだな。
「それで、そのアイテムを使うとどうなるんだ?」
「擬装用アイテムにあらかじめ設定されているアバターの姿・名前・種族になる。いわば完全に別人になれるわけだな」
「……それ、さっきの五感の話が本当なら不可能なんじゃないか?」
「あくまで一時的な偽装だからな。五感全てをリンクするわけじゃない。具体的には一部の触覚や聴覚などが制限された状態になる。……もっと具体的に言えばヒューマン種を選んだときと同じ状態になるな」
つまり、尻尾とかの感覚はないし、耳も顔の横についてるのと同じになると。
「まあ、擬装用アイテムは出かけるときだけ使ってもらえればいい。ホーム内の人目につかない場所でなら普通に過ごしてもらって構わないさ」
「……そういうことなら、しかたない。のかしら?」
「……まあ、わしらに非はないが、ここは素直に従っておくべきじゃろうの」
「変装、楽しみだよね!」
「えーと、私もしなきゃダメなんでしょうか」
「出来れば全員だな。ユキさんもかなり名が知られてしまっているようだからね」
「……わかりました。それなら……」
「それで、俺達はどうすればいいんだ?」
「これから君達に擬装用アイテムともう1つポータル転移用アイテムを送る。擬装用アイテムは腕輪なので腕につけてもらえればいい。ポータル転移用アイテムは、貸し出し中は好きに使ってもらって構わない。転移先は普通のポータルと一緒だがな」
「それ、俺達に必要か?」
「窮屈な思いをさせるせめてものお詫び……という名目で、本音をいえばあまり外出歩いてほしくない、という理由だな」
つまり、人目につく時間を可能な限り減らしたいのか。
「それではまず変装用アイテムと転移用アイテムを送ろう」
室長の言葉の後、すぐに運営からのメールが届き、アイテムが添付されていた。
アイテム名は『擬装の腕輪』と『転移装置』だった。
……さすが運営用アイテム、名前がストレートだ。
「とりあえずそれを着けてもらえるかね」
俺達はそれぞれ腕輪を身につける。
そうすると、俺は竜人、ユキはハーフリング、柚月はドワーフ、ドワンはヒューマン、イリスはエルフ、それぞれのアバターの外見が変わった。
「さて、なにか不都合はないかな?」
「私は、視界が低くなりました」
「私もね。まあ、ドワーフとハーフリングは身長が低いから仕方がないわね」
「わしは逆に視界が高くなったのう」
「ボクもだねー」
「……おれは大差ない、気がするが少し高くなったか? あと全員の声が変わっているな」
「ふむ、擬装の腕輪の効果はきちんと出ているようだな。後は、誰か【看破】を持っていないかな?」
「俺が持っているから使ってみるか……」
試しにドワンを【看破】スキルで確認してみたが『デミス』と表示された。
「うん、ドワンの名前が『デミス』に変わってるな」
「それではそちらも問題ないようだ。転移アイテムの方も使用してもらえるか。使おうと念じるだけでいい」
「それじゃ、それは私がやるわね」
柚月がそう言った後、いきなり消え去った。
そして数秒後に談話室のホームポータルから姿を現す。
「第4の街に行ってきたけど、これ便利ね」
「まあ、短い間だが有効に使ってくれたまえ。転移時特有のエフェクトも発生しないからな」
「それじゃ、ありがたく使わせてもらうわね」
「その代わり、出歩くときは変装をしっかり頼むよ。すでに掲示板で君達を捜索しようとしている連中がいるからね。何度、スレッドを消してもわいて出てきている。……あまりにしつこいようならアカウント停止処分にするが」
「まあ、その辺の判断は
「そうしてもらえると助かる。それからフレンドには事情を話してもらって構わないよ。いきなり別人が現れれば驚くだろうからね。……さて、それではそろそろ失礼するよ。今日は話せてよかったよ」
それだけ言い残して室長は消えていった。
「……さて、これからどうしましょうか?」
柚月が確認をとる。
「とりあえず騒ぎが落ち着くまで、変装していた方が良さそうだな」
「そうね、そうしましょう。で、お店の方はどうするの?」
「誰も表に出なければよかろう。どうせ『
「そうだねー。しばらく外出するときだけ気をつけてればいいかな?」
「そうね。そうしましょうか。……それじゃ、私はそろそろ落ちるわ。もういい時間になってるしね」
確認すれば、現実時間はすでに日付が変わっていた。
「そうだね。ボクも落ちるよー」
「わしも落ちようかのう……そう言えば、トワ、さっきはなんの用じゃったんじゃ?」
「あー、ミスリル金っていうアイテムの存在を知ったから、それについて話をしたかったんだけど……」
「ふむ。気にはなるが明日じゃの。今日はさすがに疲れたわい」
「そうだな、また後日にしよう」
「私も疲れたから落ちるね」
「ああ、皆おやすみだ」
「ええ、お疲れ様」
「それじゃあのう」
「また明日ねー」
「それじゃあね」
こうしてこの日は、各自三々五々ログアウトしていった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「まあ、そう言うわけで、俺達はクランごと雲隠れ中ってわけだ」
詳細はさすがに話せないので、詳細を伏せながら、教授に昨日のことを説明する。
ちなみに、今はもう現実時間は夜である。
昼間は用事があって出かけていたため、ログインしていない。
「なるほど。そこを私が呼び出してしまった訳であるな」
「そういうことだ。それで用件はなんだ?」
「うむ。トワ君にこれを見てもらいたいのである」
そう言って差し出されたのは1つの砕けた宝石のようなものの欠片だった。
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