28.クランホーム完成 2

 応接間で話を始めてからそれなりの時間が経ったが、ユキが戻ってきていない。

 お茶とお菓子を用意するだけなら、ここまで時間がかかるとは思えない。


「ユキが戻ってこないから、ちょっと様子を見に行くよ」

「ああ、僕達の事は気にしないでくれ。もうそろそろ帰ろうと思ってたところだから」

「うむ、今日は同盟の話をするためにきただけであるのでな。ユキのお嬢さんにもよろしく言っておいてくれたまえ」


 俺に続いて2人も席を立つが、そこに柚月からクランチャットが飛び込んできた。


『クランホーム前でトラブル発生。悪いけど全員集まって』


「どうしたのかね。トワ君、いぶかしげな顔をして」

「どうやらトラブルらしい。悪いけど2人は……」

「トラブルの内容がわからないが、一応僕も一緒に行こう。何かの役に立つかもしれないからね」

「うむ。私も同行するのである」


 どうやら2人もつきあってくれるらしい。

 それじゃあ、クランホーム前に急ごうか。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 クランホーム前は一種騒然としていた。


 黒ずくめのおそろいの鎧を着た一団が、柚月やドワンといった、うちのクランメンバーを半円状に取り囲むように立ちふさがっている。

 黒ずくめの男達のボスと思われる男と柚月がなにやら口論をしているらしいが、それにしても空気がピリピリしているな。


「ああ、来たわねトワ。こいつらが私達のクランの邪魔をしているから、お引き取り願おうと思っていたところよ」


 柚月が簡潔に今の状況を説明してくれるが、黒ずくめの男達の一人が口を開く。


「何を馬鹿げたことを言ってやがんだ! 俺達は『漆黒の獣』だぞ! 俺達が同盟を結べと命令しているんだ、同盟を結んで当然だろう!」


 ああ、やっぱりこの連中は『漆黒の獣』か。

 鎧装備で見当はついてたけど、このクランにはバカしかいないのだろうか。


『ちなみにGMコールと動画保存は?』

『もちろん、最初からばっちりよ』

『それで、なんでこんなことになっているんだ?』


 柚月、およびユキから説明を受けると以下のような内容だった。


 お菓子を作ろうとユキが料理用スペースに行ったところ、材料のうちいくつかが使い切ってしまっていた。

 それで、足りない材料を街まで買いに行こうをしたところ、休憩に出てきた柚月と遭遇。

 そのまま2人で買い物に行こうという話になって外に出てみると、柄の悪い連中がクランホーム前に陣取って通行妨害をしていたと言うわけだ。

 柚月はすぐにユキに対してGMコールと動画保存を開始するように伝えた。


 そんなバカどもの様子をうかがっていると、この集団の代表の男が話しかけてきて「我々のクランの傘下に入れ」と突然言い出してきたらしい。


 訳のわからない事を言い出した相手に、一応、柚月が説明を求めると周囲の連中が「弱小クランは強者である我々の元に入るのが正しい」だの「すべてのクランは我々の元に集まるのが当然なのだ」など、理由になっていない理由を口々に叫びだしたという。


 それでらちがあかなくなった柚月が、クランチャットで援軍を求めてきた、と言うのがここまでの流れらしい。


 今現在でも取り巻き連中からの意味不明な言葉は続いているが、あまりにもうるさいため内容までは聞き取れない、と言うよりも聞くつもりがない。

 正直、この手のバカの相手は疲れるから相手にしたくないのだが、一応クランマスターとして対応しない訳にもいかないだろう。

 もちろん俺もGMコールをしてからだが。


「それで、俺がこのクランのクラマスな訳だが。結局のところ、お前さん達は何がしたいんだ? クランへの誹謗中傷なら、普通にGM案件なのだが」


『GM案件』という言葉に何人かひるんだようだが、相手のクラマスらしき男は意に介せずこちらに話しかけてきた。


「GM案件とは物騒なことを言ってくれるじゃねぇか。それにしても、こんなガキがこれほど豪華なクランホームの主とはな、よし、お前達は即刻俺達の傘下に入り、この建物は俺達が使わせて貰うぜ」


 こいつはいったい何を言っているのだろう。

 理解できない言葉にあっけにとられていると、このバカは言葉を続ける。


「おい、聞いているのかガキ。わざわざ『漆黒の獣』のマスターである漆黒さまが足を運んでやったんだ。さっさと俺達の配下になれよ、ガキ」


 人のことをガキガキうるさい男だ。


 言っていることは、自分達の方がよっぽどガキの理屈だろう。


「悪いけど、お前達のようなバカどもと取引するつもりはないよ。これでもうちは生産系クランなんでね」

「ああん? タカが生産クランの連中が俺達にたてつくつもりか? いいぜ、なんだったらテメエらのクラン活動ができないようにしてやってもいいんだぜ?」


 はい、GMへの通報内容一つ追加と。


 GMからはすでに申請内容の受理と、今後の対処についての相談メールが返ってきている。

 つまり、今の時点ですでに処分するのに十分な証拠はそろっているということだ。


 それを俺はあえて待って貰って、今も漆黒の獣バカの相手をしているというわけだ。


「それで、お前達は具体的になにをするつもりなんだ? 返答次第によっては許すつもりはないんだが」

「そんなもん決まってるだろ。テメエらが泣いてわびてくるまで徹底的にじゃましてやるだけだよ」


 ふう、もういいか。これだけの証拠がそろえば運営も相当厳しい罰を下してくれるだろう。


「わかったよ、もういい。お前らとは、これ以上話しても時間の無駄らしいからな」

「ああん、それはどういうい――」


 そこまで言葉を発したところで、突然男の体は消えてしまった。

 それだけではなく、取り囲んでいた『漆黒の獣』の面々も一緒に一瞬で消えてしまっていた。


 その謎の現象に周囲がざわつくが、そんな中、ワールドアナウンスがプレイヤー全員に届いた。


《皆様『Unlimited World』をご利用いただき誠にありがとうございます。現在、クラン名『漆黒の獣』による、多くの迷惑行為の報告が寄せられている状態となっております。そのため『漆黒の獣』のメンバー全員を一時的にアカウント停止処分とした上で、過去のログも参照し正式な処分をさせていただきます。正式な処分が決定し次第、公式サイトのお知らせ一覧にて報告させていただきます。今後も『Unlimited World』の世界をお楽しみください》


 ずいぶんと長々としたお知らせだったが、これで『漆黒の獣』絡みの問題は解決に向かうだろう。

 これ以上、あんなバカにつきあってられないからな。


 しかし、それにしてもクラン全員をアカウント停止処分とはなかなか思い切った手段にでたな。

 これは、俺達が関わった件以外でも相当数の報告が上がっていたのだろう。


 この手のゲームの運営としてはかなり過激な対処だが、ここの運営はハラスメント関係や恐喝、誹謗中傷などには非常に厳しいからな。


 それにしてもクランホーム完成初日から、かなり目立つはめになってしまった。


 そんな状況を上手く利用してみせる商魂たくましい人間が一人いた、柚月だ。


「はいはい、お集まりの皆さん。騒がせちゃってごめんなさい。ここは私達『ライブラリ』のクランホームです。1階は商売スペースとなっていますので是非お立ち寄りください。開店は現実時間で明後日の夜を予定しています。それではよろしくお願いします」


 この状況でお店の宣伝とか、さすが柚月。

 何人かは『ライブラリ』のことを知っているらしく、かすかなざわめきが起きる。


 そんな群衆の中から人影が飛び出してくる。

 妹のハルと友人のリクのPTのようだ。


「よう、トワ。なんだか完成初日から大騒ぎになったみたいだな」

「さすがお兄ちゃん。そういうところは外してこないよね!」


 2人してなかなかのいいようだ。


「後ろのメンバーは2人のパーティメンバーか? とりあえず立ち話もなんだしクランホームに入るぞ」

「おっと、それじゃあ僕はそろそろ行かせてもらうよ」

「うむ、私も失礼するのである」


 先ほどから事態を静観していた白狼さんと教授が帰っていった。

 入れ替わりでハルとリクのPTをクランホームに招待した。



 ――――――――――――――――――――――――――――――



 ユキは今度こそお茶菓子の材料を買いに出かけていった。


 応接間にはこの人数13人だと狭いので会議室で話をすることとなった。


「そういや、トワに俺のパーティメンバーを紹介するのは初めてだっけか」

「ああ、ついでに言えばハルのパーティメンバーも増えてるから自己紹介から始めないとな。と言うわけで、俺はトワ、ハルの兄でリクのリア友、そしてこのクラン『ライブラリ』のクラマスをしてる」


 続いて、ハルパーティの自己紹介が始まった。


「わたしはハル。トワの妹で魔法剣士だよ。よろしくね」

「サリーです。重剣衛士ガードディフェンダーです。よろしくお願いします」

「カリナだよ。斧闘士アックスファイターだよ!」

「私はセツ。盗賊シーフです。よろしく」

「椿です。魔術士をやっています。よろしくお願いします」

「柊だよ。治癒術士。よろしくー」


 ハルのPTは全員女性か。

 普段は、さぞ目立つだろうな。


 最後に、リクのPTが自己紹介をする。


「俺はリク。さっき出かけていったユキ姉の弟でナイトだ。よろしくな」

「俺の名前はダン。拳闘士グラップラーだ。よろしく!」

「俺はガイン。重剣士ヘビーソードマンだ。よろしく頼む」

「あたしはシノン。レンジャーさ。よろしく頼むよ」

「私はマリエよ。ジョブは中位神官ね。よろしくお願い」

「シャルです……魔術士をやっています……どうぞよろしくお願いします」


 自己紹介が終わったところで、ユキがやってきて全員に飲み物とお菓子を配る。


「……遊びに来ただけなのにバフ付き料理が出てくるんだ」

「料理用の設備も新しくなったし、バフのつかない料理の方が手間がかかるの。気にせず召し上がれ」

「どっちかって言うと、狩りに行く前に食べたいものだけど……いただきます」


 出されたジュースやお茶、お菓子が全部バフ付きだったことに驚きながらも大人しく食べる一同。

 俺達はユキの作る料理がバフ付きなのは当たり前になってきているから、あまり気にしないで食べていたんだよな。


「それで、今日はどうしたんだ。遊びに来ただけか?」

「うん、基本そのつもり。後は皆の顔合わせかな」

「俺の方もそんなところだ。それよりこれ、新築祝いだ」


 トレードで表示されたアイテム類は、まだ俺達が行くことができないエリアの素材アイテム類だった。


「ん。助かるよ。素材はいくらあっても多すぎることはないからな」

「じゃあ、お兄ちゃん。こっちは私達からね」


 ハルからも素材アイテムが送られてきた。


「そういえば、さっきの自己紹介を聞く限り全員2次転職済みか?」


 このゲームでは最初の「見習い~」という職業は0次職として扱われている。

 そのため2次職と言えば『2回上位職に転職をした』と言うことになる。


「そりゃあね、これでもわたし達、普段は王都をメインに活動してるから。2次転職してないときついよ」

「それで、わざわざこっちに顔を出した本当の理由は?」

「『ライブラリ』装備品の製作依頼をお願いしたくてきました」


 ハルが正直に本音を漏らす。


「別に俺達じゃなくても腕のいい職人なら他にもいるだろう。実際、ハル達に装備を渡したのなんて最初の1回だけだし」

「そうなんだけど、今まで懇意にしてた装備職人さん達じゃ結構厳しくなってきてるんだよね。王都を過ぎた辺りの敵だともうきついし」

「今までの装備職人達はなんて言ってるんだ?」

「現状のままじゃ、これ以上の装備を作るのは難しいって。そこで『ライブラリ』なら何とかしてくれるかなって思って」

「はぁ、わかった。とりあえず装備のことは他の皆に伝えておくから、可能かどうかはそっちに聞いてくれ」

「やった! ありがと、お兄ちゃん!」


 リクの方にも事情を聞いてみたが同じような内容だったので、装備方面は残りの他の3人に伝えておくことにする。


「それでお兄ちゃん、クランの機能で『個人契約』があるって聞いたんだけど……」

「ああ、あるな。……なんだ、お前達も結びたいのか?」

「わたし達もって事は、他にも誰かと結んでるの?」

「『白夜』と『インデックス』相手に結んでるな。個人契約を結びたいなら結んでもいいけど、PT単位じゃなくて個人相手だからな。誰と結べばいいのかは、そっちで決めてくれ」

「あ。わたし達はわたしでいいよ」

「俺達も俺だな。一応リーダーだし」


 俺はハルとリクとの間で個人契約を結ぶことにする。

 あちらとしては回復薬などが売ってほしく、素材は買い取って欲しいとのことだった。

 売買価格についてはそれぞれ話し合って決めることとなった。


 そして、ハルとリクのPTは柚月達と話をした結果、素材持ち込みでオリジナル装備を作成すると言うことになったらしい。

「これでまた金欠になったから素材の買取よろしくね!」とはハルの言葉である。


 その後、俺達は集まって同盟や個人契約での売買する品々や販売・買取価格を相談してリストを作成し、今日はログアウトとなった。

 ……結局この日は、俺のポーション作成する時間がなかったのは余談である。


 **********


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 ~あとがきのあとがき~


 というわけでクラン『漆黒の獣』については完全にゲーム内から姿を消しました。

 名前程度ならこの先も出てくるかもですが組織としてはこれが最後となります。


 しかし、こんなお子ちゃま集団が集まることなんてあるんでしょうかね……

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