此れも又勝利の形

 <異常な重力変動を確認、外部気圧との――――>

 <内部の観測、できません。あらゆるセンサ類を試み――>

 <第二機動部隊、所定の位置に到着しました。主力戦艦は―――>

 <正規空母『白鷹』大破!戦艦『三笠』を残し第五臨時艦隊は全滅――>


 報告と通信とが入り混じる賀島帝国軍参謀本部、本土本部棟管制室の一つに矢澤はいた。巨大なメインモニタに映し出された黒い空間を見上げ、溜息をつく。

 ――安堵の嘆息だ。


 「勝った、のだな。―――」


 以外とあっさり、歴史というモノは決まってしまう。


 これから行われる非道を傍観せねばならない彼は憂鬱になる。

 <矢澤大佐――至急出頭願いたい>

 脳内に響いた通信に従い、帝国軍上層部のごく一部の人間だけが集まる会議室へ出向いた。


 「分かっていると思うが、<機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ>は破壊され、その量子コンピューターも沈黙。世界中で<世界の篝火ビーコン・システム>の停止を確認している」

 しゃがれた声の中将閣下が告げる様に、世界は今まさに混乱の坩堝るつぼにいる。


 「それに伴い、システムに寄りかかっていた正規軍の脆弱化による暴徒の凶暴化、反乱軍の優勢化―――更には都市機能の停止まで予測される」

 非常にマズイと形式めいた口調で話す彼はもちろん、ここに集められた十二名はその先まで知っている。これからたどる歴史を。



 「この篝火ビーコンの肩代わりとして、から得た思考機能を除く代理的なシステムを我々の演算機や、世界各国の演算機を使用し――代用する」


 何人かは頷き、また何人かは黙って聞く。矢澤は複雑な心境でこれを聞いた。月城を褒め称えたい気持ちもあれば――これから彼らが進む道を危ぶむ気持ちも。

 今尚敵の侵攻が止まぬことを案ずる気持ちもがかき混ぜられる。


 「―――しかし、真実を明かし『世界の篝火ビーコン・システム』に不信感を抱かせるわけにはいかない。これから何十年と頼るシステムだ。小さな不安ですら、巨大な混乱の火種になりかねない。これは我らだけで内密に処理する必要がある」

 「………そうだな」


 沈黙が下った。それは敬意と畏怖と、罪悪感の現れだ。


 「既に世界的に知られている『NOMAD』を『世界の篝火ビーコン・システム』破壊の首謀者とする。我々はそれに対応すべく臨時のシステムを立ち上げただけ。彼らを史上最大の犯罪者として処分し―――事なきを得る」


 異論はあるか、と問う男に。

 異を唱える者はいなかった。矢澤でさえ。


 「これから新聞、テレビ、ネット。ありとあらゆる情報機関を使い奴らを悪者に仕立て上げる。国民は彼らを憎み、荒くれものは崇めるだろう。だからせめて―――」

 力強く握られた中将の拳には、血が滲んでいた。


 「我らだけは。真実を知る我らだけは―――尊敬を以って終止符を打つとしよう」



■■■



北方海域/グレンノース島



 頭を失った超機存在エクス・マキナ、取り残された不明機ローグ達は動きを止め、傀儡は最後の命令に従った。つまり――

 『グレンノース島にいる敵戦力を殲滅せよ』と。



 <こちら荒井、島上空に到着した―――すげー数だ!>

 <おォ荒井!島内に防衛線を張る。手伝ってくれ。俺一人じゃ無理だ!>

 <瀧さん。もうすこし反動の小さいライフルはありませんか?>


 世紀の防衛戦を守り抜いた彼らが、睡眠もとらずそのまま次なる防衛戦へ移行する。後方支援要員の黒木は、その華奢な身体に見合わぬ突撃小銃を構え、ぼやいた。


 ライバーの機体を地上へ運んだ昇降機が破壊され、その穴から格納庫ハンガーへと元人間が雪崩れ込む。正確な命令を失った人型は傀儡に戻り――地上を埋め尽くし、大元を失った不明機ローグはその動きを止める。

 Fi-24の機銃掃射で薙ぎ払い、機体を捨てる様に飛び降りる荒井。慣性と重力に引かれた機体は墜落、爆散。周囲の敵をもろともに吹き飛ばす。


 狭い操縦席でやり場に困っていた賀島刀を鞘から引き抜き。磨かれた刀身が鈍く銀の光を放つ。



 道を塞ぐ者は斬り伏せ――突き進む。こちらに気付かぬ傀儡は皆一様に地下を目指す。高度な戦術を使わぬ単細胞な突撃なぞ軽くひね――――



 かん。認識ではなく殆ど直感だけで身体を仰け反らせた。


 腹の義体装甲が断裂。人工筋肉までは届かないかすり傷だが、それだけで死を予感させるには十分だった。


 「なんだ、と………」

 そこにいたのは人格を保った義体機人マキナンド

 淡い銀色の頭髪は、寝起きを思わせる遊びっぷり。力のない半眼で見下ろす姿には見覚えがある。―――いや、よく知っている。





 ――アニーシャ・L・ドロイツマン。


 彼女が『死天使』と呼ばれた理由の一つは、戦場における最強の捕食者、狙撃手であり死を運ぶ死神、悲惨なスロビアの紛争地ではそれが天使の様だった。とどめを刺してやる慈悲がそう名づけた。

 そしてもう一つは、天使をその身におろしてしまう、という噂だ。


 「ゴメンねーぇ、薄々気付いてはいたんだけど。出来るだけ見ないふりをしてきたから………」

 荒井には理解できない表情で、妙に悟ったような達観した面持ちで語るアニーシャ。


 「昔スロビア軍を追い出された時、私は部隊全員を友軍誤射したんだよ。亡霊の存在証明ゴーストプルーフなんて言われてさ。傭兵として拾われて、グレンノース事件に駆り出されて。きっとあの時から、超機存在エクス・マキナの予備だったのかもしれない」


 今にも涙が零れそうな濡れた瞳で――


 「私に二度も仲間達を殺させないで……?お願いね――――――――…私を―――ッ、殺してッ!!!」

 ――そう、叫ぶ彼女は。悲壮を顔に張り付けて、制御の利かない身体で荒井に刀を振るった。



 アニーシャは幼少期の事故で、脳の一部を演算機で補う実験的手術を受けた。幼くして義体機人マキナンドとなり、義体の扱いに慣れていることから軍にも重宝された。

 狙撃一筋で、狙うことに全てを賭した彼女は近接戦が不得意なのだと、笑っていた。


 アニーシャの近接戦闘力ではない、明らかに何かに上書きされたような。見覚えのない動きで荒井を殺さんとする。



 両手で握られた刀は士官刀。号令や形式的な場でしか使用されない――もとは逃げ出す友軍に向けられた刀だ。

 基地の備品か、貨物機に紛れていたか――その刀を歴戦の猛者の如く扱う。


 切っ先は目視不可能な速度へ至り、荒井の頬を掠める。刀でその一撃を受け止めるが、その強烈な衝撃に手の感覚が麻痺する。


 それほどに強力な剣術。


 ――それほどに彼女の義体と脳を酷使した戦闘だ。



 荒井は防戦一方で切り返せない。相手は仲間だ。つい数時間前まで笑い合っていた―――仲間なのだ。


 「アニーシャさん、めてください!俺にあなたは殺せない……ッ!!」

 「殺すんだ!私を。でないと………私は――またッ!!」


 刃を重ねる度、彼女の震えが伝わってきた。必死に抵抗している。自分の脳の一部

が乗っ取られても尚、魂は闘い続けている。


 だが、その闘いの果てが見えない。


 勝利条件が見当たらない。荒井が死んでも敗北。アニーシャを殺しても敗北。


 非殺傷無力化したところで―――乗り移った超機存在エクス・マキナが自害しない保証は無く。


 限りなく絶望的な状況。



 <荒井!そのまま庄次郎のところ行って!>

 轟音を連れ現れた帝国機が、アニーシャと荒井の間に銃弾を撃ち込んだ。

 アニーシャが向いたのか、向かされたのか―――見上げた先にはアイビスの黒い戦闘機。


 <の相手はあたしがする>

 強引な着陸で地面を打つアイビスは――コックピットのハッチから現れた時点で、すでにデイザートイグルを構えていた。


 マグナム弾を打ち出す自動拳銃オートマチックハンドガン。大きな反動と引き換えに破壊力は大口径リボルバーのそれ。


 放たれた弾丸はアニーシャの肩に突き刺さる。



 「―――いいよ、……アイビスちゃんに殺られるなら……」

 力なく笑うアニーシャは、躊躇なく仲間を撃った判断力の速さに感謝すら覚える。


 仲間を手に掛けることを躊躇うのは超機存在エクス・マキナの思うつぼだ。時間稼ぎか最後の足掻きか、どちらにせよ思い通りにさせていい予感はしない。

 完全に人格を支配されるか、多くの仲間を殺すことになるか―――死よりも屈辱的な結末は目に見えている。


 ならばいっそ。


 アニーシャが死ぬことは敗北ではなく、むしろ。

 この場で仲間が彼女を殺すことこそが最適解だと――――


 「アニーシャは死なせない。死んでも――――愛梨、聞いてる?今から有線接続するから超機存在とやらを削除して」

 「――――なッ!?」


 そんな回答に行き着く筈もない。

 「……愛梨?」

 <分かってると思うけど、アイビスちゃんも私も脳焼き切られるリスクはあるよ>


 アニーシャは困惑する。確かにNOMADは部隊としては異常なほど隊員たちの距離感が近い。まるで家族の様に接する隊長のせいだと思っていた。その隊長の破天荒ぶりには憧れ、愛情の様なものを感じていた。


 だが命を懸けていいのか。月城なんか数日前に初めて会ったばかりの赤の――

 「愛梨が構わないなら――」

 <構わない!>


 即答。

 迷いなど介在し得ない真っすぐな言葉。異論をはさめるものならやってみろと、挑戦的ですらある誠実さ。


 <荒井、今から月城が送るルートで地上へ上がる。援護してくれ、全員でその阿呆女止めるぞ>

 <瀧さん。そろそろ肩がジンジンして感覚なくなりそうです、なにか反動の小さいライフルを―――>


 人工知能でさえ当惑したのか、ひと時アニーシャの動きが止まる。



 <了解。ライバーさんなら望まないでしょう、こんな結末!!>

 救われなきゃいけない。そんな気持ちが込み上げて――涙となって溢れ出した。



 「助――けて、……」

 助かりたい、愛しの隊長が救った世界の、その後を観ずに死ぬのは悔しい。


 そう強く願った途端―――



 意識はより一層薄いものとなった。



 神速の太刀。

 斬り落とされたアイビスの左腕が、鮮血の噴水と化した。

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