此れも又勝利の形
<異常な重力変動を確認、外部気圧との――――>
<内部の観測、できません。あらゆるセンサ類を試み――>
<第二機動部隊、所定の位置に到着しました。主力戦艦は―――>
<正規空母『白鷹』大破!戦艦『三笠』を残し第五臨時艦隊は全滅――>
報告と通信とが入り混じる賀島帝国軍参謀本部、本土本部棟管制室の一つに矢澤はいた。巨大なメインモニタに映し出された黒い空間を見上げ、溜息をつく。
――安堵の嘆息だ。
「勝った、のだな。―――」
以外とあっさり、歴史というモノは決まってしまう。
これから行われる非道を傍観せねばならない彼は憂鬱になる。
<矢澤大佐――至急出頭願いたい>
脳内に響いた通信に従い、帝国軍上層部のごく一部の人間だけが集まる会議室へ出向いた。
「分かっていると思うが、<
しゃがれた声の中将閣下が告げる様に、世界は今まさに混乱の
「それに伴い、システムに寄りかかっていた正規軍の脆弱化による暴徒の凶暴化、反乱軍の優勢化―――更には都市機能の停止まで予測される」
非常にマズイと形式めいた口調で話す彼はもちろん、ここに集められた十二名はその先まで知っている。これからたどる歴史を。
「この
何人かは頷き、また何人かは黙って聞く。矢澤は複雑な心境でこれを聞いた。月城を褒め称えたい気持ちもあれば――これから彼らが進む道を危ぶむ気持ちも。
今尚敵の侵攻が止まぬことを案ずる気持ちもがかき混ぜられる。
「―――しかし、真実を明かし『
「………そうだな」
沈黙が下った。それは敬意と畏怖と、罪悪感の現れだ。
「既に世界的に知られている『NOMAD』を『
異論はあるか、と問う男に。
異を唱える者はいなかった。矢澤でさえ。
「これから新聞、テレビ、ネット。ありとあらゆる情報機関を使い奴らを悪者に仕立て上げる。国民は彼らを憎み、荒くれものは崇めるだろう。だからせめて―――」
力強く握られた中将の拳には、血が滲んでいた。
「我らだけは。真実を知る我らだけは―――尊敬を以って終止符を打つとしよう」
■■■
北方海域/グレンノース島
頭を失った
『グレンノース島にいる敵戦力を殲滅せよ』と。
<こちら荒井、島上空に到着した―――すげー数だ!>
<おォ荒井!島内に防衛線を張る。手伝ってくれ。俺一人じゃ無理だ!>
<瀧さん。もうすこし反動の小さいライフルはありませんか?>
世紀の防衛戦を守り抜いた彼らが、睡眠もとらずそのまま次なる防衛戦へ移行する。後方支援要員の黒木は、その華奢な身体に見合わぬ突撃小銃を構え、ぼやいた。
ライバーの機体を地上へ運んだ昇降機が破壊され、その穴から
Fi-24の機銃掃射で薙ぎ払い、機体を捨てる様に飛び降りる荒井。慣性と重力に引かれた機体は墜落、爆散。周囲の敵をもろともに吹き飛ばす。
狭い操縦席でやり場に困っていた賀島刀を鞘から引き抜き。磨かれた刀身が鈍く銀の光を放つ。
道を塞ぐ者は斬り伏せ――突き進む。こちらに気付かぬ傀儡は皆一様に地下を目指す。高度な戦術を使わぬ単細胞な突撃なぞ軽く
腹の義体装甲が断裂。人工筋肉までは届かないかすり傷だが、それだけで死を予感させるには十分だった。
「なんだ、と………」
そこにいたのは人格を保った
淡い銀色の頭髪は、寝起きを思わせる遊びっぷり。力のない半眼で見下ろす姿には見覚えがある。―――いや、よく知っている。
――アニーシャ・L・ドロイツマン。
彼女が『死天使』と呼ばれた理由の一つは、戦場における最強の捕食者、狙撃手であり死を運ぶ死神、悲惨なスロビアの紛争地ではそれが天使の様だった。とどめを刺してやる慈悲がそう名づけた。
そしてもう一つは、天使をその身に
「ゴメンねーぇ、薄々気付いてはいたんだけど。出来るだけ見ないふりをしてきたから………」
荒井には理解できない表情で、妙に悟ったような達観した面持ちで語るアニーシャ。
「昔スロビア軍を追い出された時、私は部隊全員を友軍誤射したんだよ。
今にも涙が零れそうな濡れた瞳で――
「私に二度も仲間達を殺させないで……?お願いね――――――――…私を―――ッ、殺してッ!!!」
――そう、叫ぶ彼女は。悲壮を顔に張り付けて、制御の利かない身体で荒井に刀を振るった。
アニーシャは幼少期の事故で、脳の一部を演算機で補う実験的手術を受けた。幼くして
狙撃一筋で、狙うことに全てを賭した彼女は近接戦が不得意なのだと、笑っていた。
アニーシャの近接戦闘力ではない、明らかに何かに上書きされたような。見覚えのない動きで荒井を殺さんとする。
両手で握られた刀は士官刀。号令や形式的な場でしか使用されない――もとは逃げ出す友軍に向けられた刀だ。
基地の備品か、貨物機に紛れていたか――その刀を歴戦の猛者の如く扱う。
切っ先は目視不可能な速度へ至り、荒井の頬を掠める。刀でその一撃を受け止めるが、その強烈な衝撃に手の感覚が麻痺する。
それほどに強力な剣術。
――それほどに彼女の義体と脳を酷使した戦闘だ。
荒井は防戦一方で切り返せない。相手は仲間だ。つい数時間前まで笑い合っていた―――仲間なのだ。
「アニーシャさん、
「殺すんだ!私を。でないと………私は――またッ!!」
刃を重ねる度、彼女の震えが伝わってきた。必死に抵抗している。自分の脳の一部
が乗っ取られても尚、魂は闘い続けている。
だが、その闘いの果てが見えない。
勝利条件が見当たらない。荒井が死んでも敗北。アニーシャを殺しても敗北。
非殺傷無力化したところで―――乗り移った
限りなく絶望的な状況。
<荒井!そのまま庄次郎のところ行って!>
轟音を連れ現れた帝国機が、アニーシャと荒井の間に銃弾を撃ち込んだ。
アニーシャが向いたのか、向かされたのか―――見上げた先にはアイビスの黒い戦闘機。
<ソレの相手はあたしがする>
強引な着陸で地面を打つアイビスは――コックピットのハッチから現れた時点で、すでにデイザートイグルを構えていた。
マグナム弾を打ち出す
放たれた弾丸はアニーシャの肩に突き刺さる。
「―――いいよ、……アイビスちゃんに殺られるなら……」
力なく笑うアニーシャは、躊躇なく仲間を撃った判断力の速さに感謝すら覚える。
仲間を手に掛けることを躊躇うのは
完全に人格を支配されるか、多くの仲間を殺すことになるか―――死よりも屈辱的な結末は目に見えている。
ならばいっそ。
アニーシャが死ぬことは敗北ではなく、むしろ。
この場で仲間が彼女を殺すことこそが最適解だと――――
「アニーシャは死なせない。死んでも――――愛梨、聞いてる?今から有線接続するから超機存在とやらを削除して」
「――――なッ!?」
そんな回答に行き着く筈もない。
「……愛梨?」
<分かってると思うけど、アイビスちゃんも私も脳焼き切られるリスクはあるよ>
アニーシャは困惑する。確かにNOMADは部隊としては異常なほど隊員たちの距離感が近い。まるで家族の様に接する隊長のせいだと思っていた。その隊長の破天荒ぶりには憧れ、愛情の様なものを感じていた。
だが命を懸けていいのか。月城なんか数日前に初めて会ったばかりの赤の――
「愛梨が構わないなら――」
<構わない!>
即答。
迷いなど介在し得ない真っすぐな言葉。異論をはさめるものならやってみろと、挑戦的ですらある誠実さ。
<荒井、今から月城が送るルートで地上へ上がる。援護してくれ、全員でその阿呆女止めるぞ>
<瀧さん。そろそろ肩がジンジンして感覚なくなりそうです、なにか反動の小さいライフルを―――>
人工知能でさえ当惑したのか、ひと時アニーシャの動きが止まる。
<了解。ライバーさんなら望まないでしょう、こんな結末!!>
救われなきゃいけない。そんな気持ちが込み上げて――涙となって溢れ出した。
「助――けて、……」
助かりたい、愛しの隊長が救った世界の、その後を観ずに死ぬのは悔しい。
そう強く願った途端―――
意識はより一層薄いものとなった。
神速の太刀。
斬り落とされたアイビスの左腕が、鮮血の噴水と化した。
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