<え……――本物、ですか?>

 思わず声を上げた黒木の、淡々とした声が響く。


 <勝手に家に上がり込んで失礼なことを言うな、君は>

 冗談めいた口調で返すシュオーデルに、隊長以外の皆が一様に絶句。

 家が指すは本島、つまりグレンノース島にずっといたのだ。彼は。


 <つーか生きてたのかよ>


 瀧がいつも通りのダルそうな声を上げるころには、全員平静を取り戻した。

 何というか、慣れてしまったような―――そんな感覚。無駄に驚かされることに何も感じなくなっている。


 ―――何処かの隊長のせいで。



 「紹介しよう。現代混乱の元凶、シュオーデルだ」

 <ライバー君?君が一番失礼だな>

 無線越しにぱらぱらと笑い声が聞こえる。特に荒井とアルバートは大受けだ。


 <で?何でいきなり血の話をしたんだァ、と言いたいところだが。まぁ何となくわかった―――>



 <超機存在打倒は私の悲願だ。人類の為に―――どうか頼むぞ。NOMAD諸君>

 <<…………>>

 重々しい決断と熱意の伝わる言葉に、だが返されたのは無言。疑問符を浮かべるシュオーデルに荒井が応える。


 <……あ、いやー。何というか。俺らは別に人類を救うために戦ってるわけじゃないというかですね?>

 <何だと?>

 引き継ぐように、黒木。

 <――恩返しの様なものです>


 さらに疑問を深めた様子で黙る彼に。


 <困っている父を助けるのは家族の義務――>

 アイビスの真っすぐな一言が刺さった。


 そんなことだ、と。

 人類を救い、無限に繰り返される人類史に最後の烙印を押すこの行為は。


 まぁ、そんなものだ、と。淡々と言ってのけるこの者らに、彼は畏怖を覚えた。


 長いこと悩んだ。誰も彼も信用ならず、一人で抱えてきた正義感を、あの日―――黒い鳥はあっさりすくい上げていった。その男の下に集った面子だ、正常な方が異常なのだ。



 <君もそうか?アルバート・ガルシア。法律やらなんやらで動けないコルアナ連邦の中、単身で死地に飛び込む白い狼よ>

 <ん?俺は………――正しいと思えなかったから正しに来た。事情とかは、よくわからん>

 『正義の白』だ、愚問だろう。

 <はっはっは。この場における唯一の常識人だな>


 笑って、そう言ったシュオーデルは。無意識のうちに自分を常識人の枠から外していた。グレンノース事件から十六年。息をひそめ研究に明け暮れ―――死者として、世界を混乱に陥れた大罪人として生きた十六年。


 この男なら終わらせられるやもしれんと、全額投資ベットした彼は。既に常識なんてものは捨てている。




 地上への昇降機ががくんと揺れ、黒いFiを載せ動き出す。地面に模したゲートが開いた―――が。

 目の前に広がった光景は、蒼穹ではなく――日差しを通さぬほどの不明機ローグの群れ。


 地上には、意識を失った第三世代から、無人兵器、アンドロイド、重砲型不明機ローグと。戦力という戦力が集められていた。


 <<人類に仇成す無限の黒よ―――そこで絶え、礎となれ……>>

 何処からともなく聞こえる、重なった声。



 超機存在エクス・マキナの殺意の限りが向けられている。奴らからすれば幾度となく世界ごと覆された因縁の宿敵であろう。


 ―――だが、お前らにそれ以上の殺意を向けている奴らがいるんだよ、と。ライバーは笑む。


 <ツキカゲ、あなたの義体―――リミッターを全て解除します>

 <お姉、ちゃん――…、了解>


 上空から飛び降りたツキカゲは、その輪郭を揺らしながら衝撃波と共に着地。片手片膝をついたヒーローチックな恰好でライバー機の方を見た。

 <滑走路、開けて―――もらう>



 ライバー機は戦闘機の全長三倍はあろう巨大な『紅い槍』を腹に抱えていた。少しずつ貯めた彼の血液を、凝結させできた赤黒い突撃槍。

 異界遺物とも現界物とも言えぬ其れは―――すでに日本人とも人類とも呼べなくなった彼の、渾身の一撃。


 『この世のもの』では傷一つ付けられない異界遺物を破壊し得る矛。


 「無限の黒……いいねぇ、黒雷ライバー!推して参るッ――――槍の名前、博士がつけろ」

 <この期に及んで名前………、呑気なものだな>

 呆れた声が返ってくる。通信内にまた笑い声が反響した。



 <そうだな―――『戦槍ケラヴノス』なんてのはどうだ?>

 西海のへヴノル神話に伝わる、人間の王が神を貫いたとされる神器。紅い千の雷を束ねた神殺しの槍<ケラヴノス>。


 <いいじゃーん!じゃあそのケラちゃん守るよーぉ>

 気の抜けた、およそ戦士のそれとは想像しがたい声音こわねと共に、アニーシャの大口径、一五.八ミリ弾、対物超電磁狙撃砲アンチマテリアルスナイパーレールガンが火を噴く。

 実際には炎ではなくプラズマだが。


 一五.八ミリ弾は電磁カタパルトで撃ち出され、タングステンの堅さと速度で重砲型不明機ローグの装甲を貫徹する。内部構造に食い込み、一息遅れて炸裂。重要機関や脳構造に当たる人工知能プロセッサユニットを焼き払う。

 <徹甲榴弾は私のおごりね>

 いつになく、えらく冷徹な顔色になるアニーシャ。


 かつてスロビア正規軍で『死天使してんし』と恐れられた、死神の顔だ。



 <アニーシャとツキカゲは島内の敵戦力の殲滅。俺も加わる!月城、黒木はシュオーデル博士と合流しろ、いいな?亡霊さん>

 <構わん、最深部だ。一番安全だろう>

 瀧は怒号を飛ばすが、まだ冗談を言う余裕が残っているらしい。リボルバーを片手に、上層階へ向かった。


 剣戟。時沢台基地防衛線での経験から、三本の忍者刀を携帯するツキカゲは――残った二本で踊るように敵を斬りつける。

 流れる水か―――はたまた掴み所のないかすみの様に、人工知能による予測射撃すらを欺いて動く、月の影。


 元義体機人マキナンドの、陸戦型不明機ローグの返り血を浴びながら、戦場を優雅に駆ける。


 <ありがとう、アニーシャ、ツキカゲ。行ってくる>


 周囲の超機存在エクス・マキナ兵力は、例え仲間が倒れようが自分が肉壁になろうが構わない。死の恐怖を持たない機械だからこそできる無謀な作戦、無双する二人に見向きもせず黒雷のもとを目指す。

 それを逆手に取る。反撃を考慮せずより速い軌道を。居場所がバレることも厭わず電力の限り乱射を。


 なりふり構わぬ敵に、なりふり構わぬ二人。それらが、拮抗する。


 Fiのいる昇降口付近には誰一人近寄れない―――ライバーの乗る、<ケラヴノス>をぶら下げた黒い機体は悠然と空へ舞う。

 重力場で垂直に飛び上がり、急加速で<機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ>を目指す。


 宿敵を討ち果たすため、無限回廊に終止符を打つため。


 大昔の約束を、果たすために。



■■■



 白い彼は――子供の頃夢を見た。

 『正義のヒーロー』、弱きを救い邪悪を滅する勧善懲悪。


 青年になり、戦争が正義対正義であることを知った。

 それでも尚――彼の中にある正義は揺るがなかった。


 護る。彼が守るべきは家族であり、祖国であり、己の定めた正義である。


 軍役を始めた頃に、NOMAD特殊作戦部隊というものを知った。

 当時はグレンノース事件で活躍した男の率いる自由奔放な部隊として知られ、その動きには常に正義が見え隠れしていた。


 ――気がした。



 今、四半世紀を生きて尚、子供の頃描いた理想を追い続けるアルバート・ガルシアは――――善も悪も感じさせないライバーと並走している。

 「あんたの答え、ずっと考えてたよ」


 『御託や矛盾を抱えたまま、家族と友人を守って矛盾そのものと戦ってる』

 ほんの半月程前にタバキア湾で言った言葉。


 「これがあんたの言う矛盾なのか、あんたの正義なのか―――それは分からない」

 若くして英雄の名を冠した白狼は、綺麗なブルーの瞳を伏せた。

 荒井、アイビスのFiが乱戦を繰り広げるのが見える。アルバートの覚悟はどこから来るのか、その単純な問いを自問する。


 「だが俺はこの超機存在エクス・マキナとやら倒さなきゃならない。借り、ここで返すぜ―――ライバー」


 表向きは、世界を滅茶苦茶に破壊する超機存在エクス・マキナを、篝火ビーコンの援護で人類が討ち果たすというシナリオ。いずれにせよ人類の敵に違いない。彼が戦う理由には十分過ぎた。

 そういって<ホワイトルプス>の翼がレッドラインのFiの翼を軽く叩き先行する。


 <あぁ、英雄ヒーローになって来い>



 埋め尽くされた空、希望をかき消すような無情の光景に、だが爽やかな笑みを浮かべるアルバート。


 「あ、そういえば言い忘れてた………」

 彼は振り返らずに―――

 「あんたも俺の友人枠に入ってるからな…、死なせねぇよ」

 そう呟いた。




 <真っすぐなやつーぅ。荒井くんと気が合いそうだねーぇ>

 「いやいや。白狼に比べたら俺なんてひねくれ者ですよ」


 部隊無線通信は基本的に全員につながっている。個人的なやり取りが無い限りチャンネルは変更しない。何気ない会話の端々に戦闘中の状況報告や警告が混じっている。


 アニーシャと荒井の会話にライバーも入ってきた。巨大な槍を輸送する彼の機体は空中戦闘が行えず、ゆったり飛ぶその機体を三人が守る構図になる。

 要するに彼自身はさほどやることがないのだ。


 <お前が曲がってるだぁ?精々日本刀レベル(微かな弧)だろうが、俺なんてロンギヌスの槍レベル(螺旋二又槍)だぜ!?>

 「すみません……、意味が一つも分かりません…」

 <えっとぉ、日本刀って賀島刀みたいなものですか?ロンギ……なんとかは検討もつきませんけど>


 呆れかえった荒井と月城のツッコみが冴える。






 いよいよ巨大な影が視界に映る。街そのものを浮かべたような遠近感を狂わせる<機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ>。


 陽光を遮断するほどの不明機の津波に、たった三機の護衛が奮戦する。


 遠方では賀島帝国海軍の精鋭部隊が乱戦に血を沸かす姿が見える。戦艦からの砲撃も続き、<機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ>は一部炎上しているようだ。


 ライバー達が直線距離にして約三キロを切った―――その時。


 超機存在エクス・マキナの戦術が変わった。



 これまではSSフィールドが霧散した状態で通常通り機銃主体の攻勢に出ていた。だが……。

 <うおッッ……、あっぶねぇ――――体当たりか!?>

 彼らは唐突に、自爆特攻を始めた。


 まさしく津波。だがその破壊力と殺意はけた違いだ。

 押し寄せる黒い波が次々に機体目掛け最高速度で突っ込んでくる。


 自爆。自爆。さらに自爆。止めどない増援、自殺ではない合理的自壊。

 迫る敵を破壊しきれず、回避。アイビスは苦し気に後退しつつ、ライバー機を重力場で押し退け奴らの進行先からずらす。

 <ライバー?まずいよ>

 「あぁ………」


 躱すことに専念すれば、物量で包囲され磨り潰される。攻撃に転じれば多方面から自爆される。

 紙一重、人智を超えた実力者三人の連携で―――それでも尚推される現状。


 <どうする……ッ、ライバーさん!>

 全周を黒に囲まれ、成す術なくひたすら耐えるしかない彼ら。こうなることを予測できなかった自責に襲われる。


 (マズイマズイマズイこのままじゃ十秒と持たない切り札を使いたいが味方が近過ぎるしこっちは四機しかいないのに槍抱えて―――――)




 ――瞬間。


 白狼には、<機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ>のやろうとしたことが分かってしまった。


 なまじ戦闘の才能が有り余ったから、冷静なまま死を未來視してしまったのかもしれない。


 時が止まったように、引き伸ばされた時間のなか走馬燈の如く。


 唯一の解決策も浮かんでしまった。




 コルアナ連邦の機関開発技術は、賀島帝国のそれと同水準。特に出力パワーに関しては絶対の自信と―――純度の高い部品で作られていた。


 故にそのエンジンを使い潰す、つまり重力崩壊覚悟での出力は、世界一強力な重力場を作り出せる。


 各種リミッターが排除された特殊仕様の『ホワイトルプス』だからこそできた――


 無謀の策。




 <機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ>は、無理やりに身体を動かす度にぼろぼろと破片や鉄塊を落とし―――


 冷却の了した補助機関と無事な浮遊稼働パーツを、不明機ローグの黒い檻に閉じ込めた最重要破壊目標へ向けた。


 あれらを味方とは呼ばない。友軍機ではあれど、自分の思考で操る一部であれど―――死という概念を持たない救世主たる超機存在エクス・マキナにとって、敵を殺すことと、手足ごと敵を吹き飛ばすことに、差異は無い。



 異界遺物がこの世に存在するときに放つエネルギー。巨大な塊から抽出された膨大な力を演算力と形成装置にまわし―――物理法則をも捻じ曲げる破壊力を手に入れる。


 収束した粒子と、それに貯められた熱、電気、光、運動エネルギーからプラズマから何から何まで――――純然たる力の奔流が、解き放たれる。




 <またな――――>

 通信にアルバートの物悲しげな声が聞こえたと思ったその刹那。


 機体は辺り一帯の不明機ごと遥か上空に突き上げられた。


 途方もない重力場が、黒い檻を内側から破り―――先ほどまで彼ら四機がいた場所は――


 光を持たぬ光線に、焼き払われた。



 残されたのは、太い闇の線と比べれば極小の――重力崩壊による黒球だけだった。



 <アルバァートォォオオ!!>




 この時、グレンノース島の地表は陥落した。

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