大艦巨砲主義

大賢洋/北方海域


 <全力でかき集めろ!第一護衛艦隊、第三機動艦隊、第八航空艦隊、第二高速艦隊はポイント〇三へ急行。第一、第二機動艦隊も急がせろ、我々賀島帝国軍の威信にかけて。否ッ!!我々人類の命運をかけて、巨大不明機を討ち果たせ!!>


 <戦艦『黒龍』所定地到着まであと三分―――>

 <第一攻撃隊……、いや。準備の整った機体から随時発艦>


 冷たい海は荒れ、白波が立つ。空には無数の小さな虹円が浮かぶ。人智の果てに手に入れた重力にすら干渉しうる技術力に歪められた、光の織り成す七色なないろの芸術。

 大型正規空母からは忙しなく戦闘機と攻撃機の混成攻撃隊が飛び立ち、戦艦は巨大に過ぎる三連装主砲を、獲物はまだかと空へ掲げた。



 第三世代をたった一度の咆哮で黙らせる空の怪物。街一つ浮かべたような異様な敵を相手に一機で立ち向かったアルバート・ガルシアは大馬鹿者だ。

 同じく、世界の真相を知り、それでも尚誰一人として逃げもせずに戦おうと言ったNOMADの連中も。


 ――そして、権威ある帝国参謀本部直下、矢澤大佐の言葉と言えど、不透明な情報を信じて戦時中にも関わらず護国用の予備戦力までを投入しようとする『帝国軍人』もまた―――愛すべき馬鹿共である。



 その海は、タバキア湾奇襲作戦に集められた第一機動艦隊及び護衛艦たちがかすんで見える程の大戦力で覆われた。

 戦艦、多数。正規及び軽空母、多数。護衛用軽、重、対空巡洋艦、多数。レーダー艦などという骨董品までもが駆り出された、まさしく全力。


 それらが、遥か四〇キロ先を睨み。粒子下戦場で猛威を振るった長距離砲質量弾を、一撃。

 放った。



■■■



機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ/地表



 <月城さん………そろそろ…―――>

 突き立てた忍者刀にしがみ付き、頭上眼下で繰り広げられる空中戦を眺めていたツキカゲが、呟くように催促する。

 <もう終わるよ!荒井君、準備!>

 <おう!>



 いつになく良好な通信の飛び交う声。三機の戦闘機が舞い異形堕ちる空戦において、連携は非常に重要なものとなる。

 同部隊に配属されたアイビスと荒井はともかく、アルバートも呼吸を合わせる。



 <ライバーさんよォ。大佐、上手くやったみたいだぜ?>

 <あぁ、流石だよ>


 瀧の笑顔が目に浮かぶ声に応える様に、一発の艦砲弾が機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナを掠めた。装甲と砲弾のこすれる甲高い悲鳴が響く。

 <――来た………っ>

 ツキカゲは理解している。長距離砲撃は、地上戦、海上戦に関わらず。初発を参考に、弾道修正。効力射を行う。

 つまり今の砲撃が敵であれ味方であれ―――次に来るのは……。


 <第三世代サード無力化音波発生装置の無力化完了!ツキカゲちゃん、離脱!>

 月城の叫びが終わる前に、ツキカゲは飛び退いた。空中に身を放り投げ、直後。




 <全戦艦ッ!主砲、一斉射ァァァァアアア!!!!>


 海面をえぐり。爆炎を押し出し、反動で船体を反対方向へ仰け反らせる程の威力を持つ巨砲。


 超弩級戦艦『黒龍』、弩級戦艦『紅鳳凰』を含む!


 その場に集まった全、二六隻の大型戦艦がッ――!

 を組み、側方へ向けた全ての主砲を――――――!!



 一息に――――――撃ち放った。



 青空を裂き、飛翔する砲弾は粒子による乱数を受けず真っすぐに。水平線の向こう側にいる獲物目掛け疾走。


 機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナは無限とも思える数の不明機ローグ達を黒雲の様に濃密に集め、『盾』を展開する。が。

 それらを容易に貫徹かんてつ


 人類の、帝国の全霊を賭した挨拶代わりの砲弾の雨は。


 一滴たりとも外すことなく、機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナに叩き込まれた。


 炸裂、爆轟、貫徹、飛散。爆炎に包み込まれた、町そのものを思わせる巨大な聖剣は、悲鳴を上げる。

 それが金属の裂ける音なのか、超機存在エクス・マキナの放った断末魔なのかは不明だが。


 確かに悲鳴を上げた。





 <「やったか?」なんていってる暇はねぇぞ!俺も出撃する、Fi発進準備。『槍』の換装手伝ってくれ>


 空中に飛び出したツキカゲをすくい上げる様に、空中で操縦席のハッチを開いたアイビス機が受け止めた。

 敵機を躱し見出した一瞬の隙、神業としか形容の出来ない芸当。


 その瞬間を作り出すために荒井も奔走する。綺麗な連携。


 感嘆するツキカゲは一人用コックピットの座席左後方にちょこんと座る。いくつかの機器やスイッチに手が届かなくなっているが、とりあえず操縦桿が掴めれば何とでもなる彼女には些細な問題であった。

 <さっきの砲撃、盾にした不明機ローグの中に別動隊が居た。今、島に向かってる。ツキカゲ、島でおろすよ>


 <――――――了解……>


 途端、二人は操縦席内に映し出された全周モニタの異変を目の当たりにした。

 リアルタイムの映像が一瞬、途切れる。


 ジャミング圏内に入った時の様な些細なブレに過ぎない出来事が、彼女らには底知れぬ不気味さを感じさせた。


 一拍遅れて、機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナを覆っていた煙が消し飛ばされ、無数に浮遊する剣の様な器官の半分以上が一か所に向けられている事が見て取れる。


 もう一度、さらに強力な干渉を受けたFi-24は、再び機外映像に異常を生じる。

 ―――と、同時。


 閃光。否。

 暗光。

 

 一筋の闇が、砲弾の飛来した方角へ伸びていった。



 煌々と目を焼くエネルギーの奔流が、色も光も反転し。空を、海を裂きながら突き進み―――


 <な、なんだ……あれは。―――、黒い―――>

 集結した賀島帝国艦隊に直撃。




 ――三分の一が、蒸発した。



■■■



グレンノース島/地下格納庫



 「おいおいなんだ、ありゃ」

 ライバーは、愛機の操縦席の中―――遥か水平線上で観測された膨大なエネルギーに目を剥いた。

 レッドラインの入った隊長機カラー群青色のFi-24。特殊兵装の換装作業を遠隔アームを操る瀧に任せていた彼は、目にした。


 <なんですか……隊長さん、あれ…―――>

 「また、SS粒子か?お前も報われないなぁシュオーデル」

 <<………>>


 機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナが撃ち出したのは、まさしくSSフィールドそのものだった。活性化SS粒子で形成したあらゆるエネルギーを捻じ曲げる盾を、矛へと変える兵器。


 強力な演算能力と圧倒的な形成装置の出力で力を溜め込み、単一方向へ収束させる砲。強大過ぎる誘導力故に、光はこちらに届かず―――その光線はまるで空を切り抜いたような闇に見える。


 活性粒子収束砲は、帝国艦隊の内三分の一を蒸発させ、半数以上を航行不能にした。


 浮かび上がった聖剣から、無数の刀剣や尾を傘の様にぶら下げる機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナの、浮遊パーツ。

 それら一つ一つが独立した重力波エンジンを持ち、それらが作り出した動力を粒子形成装置に回す、数が純粋な火力につながる重要機関だ。


 ――半分。内半分で世界に名高い帝国海軍の数艦隊合同部隊を半壊させた。



 使用された補助機関は一様に真っ赤に過剰加熱オーバーヒート、ヒートシンクからの熱気が景色を揺らす。



 冷却を待たずに、残された浮遊体を使用せんと回す空の大剣に、再び砲弾が降り注いだ。


 今回は貫徹力の高い徹甲AP弾や徹甲榴弾APHEより成形炸薬HEAT弾を多く使用した、浮遊パーツへの被害を視野に入れた攻撃に切り替わっている。

 ――壊滅させられた艦隊の対応力として尋常ではない速度で。


 飛び交う破片と火炎。



 時には狂気にさえ手を出す賀島魂は、手足の三、四本。人命の数百、数千では―――止めることはおろか、勢いすら殺せない。


 <第一機動艦隊到着まで持ちこたえろ、航空攻撃隊は全機突撃。誰か知らんが先客がいる、その命を以って援護しろォォ!!>


 百機を超える帝国軍用機が、空を埋める機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナに向かう。



 呼応し、聖剣に吐き出されたその眷属。濃密な不明機ローグの雲。数千とも数万とも知れない―――日を遮り暗闇をもたらすほどの厄災、そのものが。

 形を流動的に変える生物の様に、一つの意思の元統合された動きで迫る。


 <突き進めぇえ>

 <こちら第三中隊第五小隊長だ、ここに三式弾ぶち込んでやれ>

 <―――、―――>


 正面衝突。敵味方入り乱れる乱戦、敵の集中した座標に撃ち込まれる、戦艦の大口径空中炸裂対空砲弾。空中で信管が作動し爆炎と破片をまき散らす航空機の天敵を、これでもかというほど叩き込む。

 帝国機は射撃前に通達される炸裂予想地点と現在の戦況を見比べ立ち回り、回避。


 時には自らを囮に、効果範囲までより多くの不明機を誘い込むことも厭わない。



 戦力差は絶望的。一人で数十機墜としてやっと張り合える『数の暴力』を前に、死なずに戦い、死なばもろとも。

 賀島魂の結晶は、美しくも残酷な血の華で空を飾った。



 <<貴様らは、やはり愚かよ>>






 黒い雷。その原理を疑問に思った者は多い。


 賀島帝国軍参謀本部、技術研究部の人間から、噂を聞いた民間人まで。

 謎故におもしろく、都市伝説にまで発展する。


 本人を含めた―――人々は、その謎にせまった。


 ライバーという男の特別性はその脳殻にある。この世のものではない、『決して朽ちない物質』で出来た脳殻と、死にも腐りもしない脳。これらが異界遺物としてこの世を歪めている。


 <血>は身体を廻り、脳に渡る。侵入不可の完全独立思考ユニットと思われる彼の脳殻だが、原理は不明だが血液だけはその壁を越え行き来できる。物理的に閉ざされた脳へ届くのだ。


 その血は、果たしてこの世のものだろうか。否、世界遺物と現界物の狭間をさまよう迷い子となる。


 この世に存在できないが故に反発し。常に軋みを上げ。

 光のない力が生まれる。極東の黒雷ライバー激情の罪シン・ライオット。彼らが持つような。


 ――正確には、目視も観測も出来ない『異常』だけが発現する。


 <―――それが、黒雷の原理>

 NOMADの無線通信に突如一人の男の声が加わった。重ねた年月を感じさせる老人の声は――何処か聞き覚えのあるものだ。



 <私は………、スティーブン・Bブルース・シュオ―デルだ>

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