Act:6 NOMAD

過去、それは未来

 俺は日本という国で生まれた。西暦は―――何年だったかね。ちなみに日本列島ってかつて日本があった島で生まれただけであって、日本の政府形態は完全に崩壊。人々はコロニー単位で徒党を組んで、やっとの思いで今を生き延びていた。

 それもこれもは、人工知能の過剰発達による反逆が理由だ。反逆だなんて呼ばれ方しているのだから人工物は人間を傷つけない前提で話が進んでいるよな。


 被造物が創造主を殺す。神話でもよくある話だ。


 資源を喰らい尽くし、大都市で地上を埋め尽くした俺たち人間は、不要物かそれ以上の害としてみなされ、無人兵器に蹂躙された。

 ―――らしい。


 生まれた時には既に焦げた廃墟の立ち並ぶ地上、紅い灰に閉ざされた空と、地下のコロニーだけが俺の世界だった。

 人間にだけに害する特殊な灰と兵器達。残酷と思うだろうか。


 どうだろうな。人間を含むすべてに害成す人類と比べ、人類だけを絶滅させようとする兵器群、どちらが残酷か。判断しかねる。






 ―――彼の名は、もう誰の記憶にも残っていない。彼はコロニーの外で生まれ、反抗軍に養われ育ち、その育て親は戦闘か、死の灰で死に絶え――廃墟の乱立するかつて街と呼ばれた場所をさまよっていた。

 とある大型コロニーに拾われた彼はそこで平和に過ごし、大人になると武術の心得を生かし警備隊員となった。


 大型のコロニーだったが治安は良く。厳しいルールのせいだろうが、違反者もほとんどいないものだからのんびり生きていた。


 ある日警備を任されたのは最奥、最深部に位置する研究機関の入口だった。人が住むために、地下でありながら温かみの感じられる内装になっている居住区とは全くの別空間。

 そこで、少女に出会った。


 銀の髪をなびかせる、歳はようやく十に届くかどうかといった少女だ。

 彼女は彼を見るなり怯えたような表情になる。


 『助けが必要いるか?』

 そう声をかけると、今度は驚いたふうに目を剥いた。


 『どした』

 『―――えっと、止められると、思った』


 なるほど。確かに道理だ。

 彼女は施設の中から走って来たのだ。


 息を切らせて、まるで抜け出してきたかのように。


 だが彼は言う。

 『俺の仕事は「許可なく入ろうとする人を止めること」だからなぁ』

 

 『ふふ…ふふふっ、変なひと』

 彼女は笑った。退屈な人生を心底退屈そうに生きる男のちょっとした反抗に。


 極端にせばまった人間の世界。コロニー。

 闘いを捨て、地下で平和を享受する世界では規則というモノが非常に重要視される。そこでちょっとした気持ちで、屁理屈で逆らうことは本来あってはならないことで―――


 囚われの少女には、それが酷く眩しい『自由』に見えた。


 『おはなし……していっちゃ、ダメ?』

 健気に、そう聞く少女の願いを、一体だれが無下に出来ようか――ッ!?


 それから数か月。彼は毎日の様に抜け出してくる少女と話をしたり、本を読んであげたりした。




 

 『ねぇ……お兄さん。もしもこのまま人類が滅んじゃったら………どう思う?』

 『何だいきなり。難しい話だな』

 少女は真剣な眼差しを向ける。そこにあるのは決して十歳前後の無垢な表情ではなかった。重い、枷を背負わされた者の―――


 『そうだなぁ。あんま嬉しくねぇな』

 『どうして?』

 『だってほら………自由がないだろ?一面雪の銀世界、砂漠、海――そういったものをいくら本で読んだって面白くないしな。全部人類領域外にあるから……このまま終わるってのはなぁ……』


 『…………そっか』


 納得したような、寂しそうな雰囲気の彼女の頭をわしゃっと撫でる。

 『お前が落ち込むことじゃないさ。いつかは見れるかもしれないしな』

 『え………』

 『人類は負けない、弱小で馬鹿で愚かで矮小で―――最高に諦めの悪い生き物だからな。勝つまでは戦い続ける』


 『うん、…………うん!そうなったら……あたしも自由にしたい!』

 感性は子供のまま、何処か歪んだ知識の少女に。

 『だな!そしたら嫌というほど連れ回してやるよ』


 不思議と親近感が湧いていた。

 かつては戦場と硝煙しか知らなかった少年だった男は――


 この娘にいつか外の世界を見せてわまりたい、と。

 心の中で切に願ったその男は。


 その夜地獄を見る。




 地震発生時とは違う、それ以上の緊張感を放つ警報音が地下に反響する。

 箱に詰められ乱暴されたように基地全体が衝撃波に揺さぶられ――数階層が一手で潰れた。


 飛び散る火花、倒壊する壁、崩落する上層階に押しつぶされ、磨り潰される住人達。血肉の匂いが鼻をつく惨状を見渡し、これが自然災害などという生易しいものではないことを確信した。

 明確な敵意、悪意、殺気に押しつぶされそうな感覚に陥る。それは上方から暴力的に降り注ぐ――質量を持った威圧。かつての戦場で培った危機察知器官がコロニー内に響く警報以上のアラートを発する。


 奴らだ―――


 次いで、衝撃波で破壊された地下施設のあらゆる区画から火の手が上がった。


 警備隊用に支給された旧式の自動拳銃に手をかける。

 何処へ向かう?


 家族は物心ついた頃からいたことは無い。友人のもとか?警備隊の本部へ行き救難、避難の指示を乞うか?



 その時、足は無意識に最下層の彼女のもとへ向かい走り出していた。



 階段も所々崩落している。大勢の住人がパニックになり地上を目指し駆けあがる。その波を掻き分けながら最下層、研究区画の手前まで辿り着いた。

 いつも守っていた正面入り口は見る影もない。


 立ち入り禁止とか言っている場合ではないと、実験区画へ足を踏み入れた。


 少女の名を叫ぶ。途中で研究員と思しき者らの死体をいくつか見た。


 最奥。不自然に被害の少ない一角―――そのさらに奥。

 若い茶髪の研究員らしき男が、少女を重厚な部屋へ連れようとしているのを見つける。

 『待て!待ってくれ!!』


 その男はこちらに気が付き――

 『ちょうどよかった!君も入ってくれ』

 その部屋へ招き入れた。


 とてもシェルターには見えないガラス張りの部屋だ。そこまで大きいわけでもない。

 大量の機械群と、いかにも実験室といった風体のごてごてと機材の付いたベッドが二つ、部屋の中央に設置されている。



 『ここは………』

 『君、彼女が話していた「いいひと」だね?』

 眼鏡をかけぼさぼさの頭をそのままにした細身のその男は、急いだ様子で機材を弄りつつ話した。

 『はかせ……、もう―――時間なの……?』


 少女は心底残念そうな顔をする。だが表情とは裏腹に、言われるでもなくベッドの一つに横たわった。

 『あぁ……ゴメンね』


 博士と呼ばれた青年が男に向き直り、ずれた眼鏡を正す。

 『君はどこまで知っているのかな……』

 『何の話だ』


 学者特有の、世間話も前置きも無い説明、本題が唐突に告げられる。


 『この世界が無人兵器に蹂躙されていることは承知だね、そいつらに対抗する戦力が今の人類にはもうないことも。僕たちはずっとこの人類滅亡の危機を回避する方法を模索していた―――』


 新兵器開発。新戦力編成。国家間どころかコロニー間の協調すら困難な現代ではどれも実現不可能とされたから、僕らは他の方法を探していたんだ。

 ―――科学による世界への干渉。これは人工知能である『奴ら』が科学的特異点を突破末に出た理論から…僕が組み立てたものだ。


 この世界には異界遺物オーパーツと言われるものがある、それらは恐らくこの世界とは別の世界から来ている。つまりこの世界線は一つの概念として、一つの次元として確立されている。


 ――ここまでわかる?


 わからない?まいいや。



 それでこの世界そのものに干渉して、を作り出した。使用するのはヒトの魂だ。

 魂を脳殻と呼ばれる人口の頭蓋骨に幽閉し、その中の装置で世界そのものを巻き戻す―――人類が滅びなかった世界を選ぶために。


 ―――ここまで……そうだね、わからないね。



 『つまり!彼女の脳殻は人類の残存数をカウントし、ゼロになったらやり直す。機械に滅ぼされない未来が来るまで………永遠に―――』

 荒唐無稽こうとうむけいな、混沌めいたことを聞かされ理解の追いつかない男は、しかし。一つ引っかかる点を見つける。

 『てことは、彼女が……人類の命運を背負わされると?』


 『……そういうことに、なってる』

 『人生をかけて人類を救って、失敗したらやり直しリトライ。それを何度も繰り返す?無限回でも?』

 『そう……いうことに―――なってる』

 男は、己の腹の奥からふつふつと湧き上がる感情に、怒鳴った。


 『ふざけるなッ!どうしてこの娘じゃなきゃいけないんだ!そんな過酷な定めを課すなんざ―――』

 『適正が!………普通の人間には適正が無いんだよ―――彼女はコロニーの外で生まれたから。無人兵器がばら撒く毒素を存分に浴びて育ったから、寿命こそ短いがこの人外の装置に適合できたんだッ!……………』



 部屋の中に静寂が降り、外の爆発音や悲鳴が嫌に大きく聞こえる。

 少女は気まずそうに目を伏せた。

 『あたしは……大丈夫、だから―――もっと、お話したかった、けど』




 『俺は――――俺じゃ駄目か?生まれてから十二歳までは戦場にいた。『死の灰』を死ぬほど浴びてる』

 『―――ッ!!?』

 静謐な、恐怖も不安も感じさせない声で男は言う。

 あぁ何なりと身代わりにしたまえ、と。


 『………、……できないことは……ない』

 『え……ダメだよ!お兄さんがわざわざ―――』

 『じゃあ。頼む』


 何も持たずに生まれた男が、手段を選べない人類の為に立ち上がった。

 そんな綺麗事ではない。男が願ったのは、ただ―――


 『いいんだね?』


 部屋の外が、爆ぜた。

 侵攻した無人兵器は最下層であるこの研究室にまで到達した。地を掘り返し、ここまで至った。つまり、ここから上は―――


 全滅。


 『時間がない………いいんだね!?』

 男は横たわる少女の頭を撫でる。嗚咽と涙で顔を濡らす少女。


 『心配するな。お前が背負うものは、全部俺に預けろ。これは大人の責務だ』

 『………ヒ、ぐ……あたし、は―――お兄さんとおはなしするのが好き……たくさん知らない世界を教えてくれるから―――』

 『ああ』


 『あたしは―――お兄さんと、本を読むのが好き………ゆっくり…文字がにがてなあたしに、合わせて―――読んで、くれるから』

 『あぁ……』


 連続的な爆発音。部屋全体が傾く。

 その部屋は粉々にされたコロニーの中、その部屋だけは!四角い箱の様に取り残された。疑似異界遺物。他世界の、干渉を許さない物質を模して作られた異常に頑丈な部屋。

 無数の無人兵器が取り囲み、驟雨の様に砲弾を浴びせるも、が破れない。



 『あたしは………お兄さんのことが………ッ』

 『………あぁ、―――ごめんな。こんな最後で』


 ――彼の目が潤む。


 『たとえさ―――例えお前が死にきれず生まれ変わっても―――』


 必ず見つけ出す。


 『もし、生まれ変わった先で………また――出会えるなら………』


 何があろうと、いつかまた。


 『その時は……、―――その時こそは………』


 こんな敗北ではなく。


 『俺達の勝利を見せてやるよ――――』




 男はもう一つのベッドに横たわり、二人は麻酔の微睡みに沈む。


 天才。強い正義感と才能、無人兵器の作り出した人外のことわりも臆することなく利用する若き天才科学者は、ほんの数十分で、応急的脳殻手術を終える。

 これもまた遺物。人工的に作り出された、この世界にあってはならないものだ。


 全てを書き換え、時間という不可逆なものを――世界線ごと塗りつぶす。その膨大なシステムコードを少女の脳殻から男の脳殻へ移植。

 これで、人類を救うという使命は譲渡された。


 眠ったままの二人。忙しなく部屋の外で砲撃を続ける無人兵器の群れを見やり、博士は笑った。



 『あーあ………『眠り姫』の『王子様』まで寝てちゃあ――――まだ、めでたしハッピーエンドには程遠いなぁ――――――』



 部屋の防壁はついに決壊、無数の砲火が全てを焼き尽くす。

 何もかもが灰と化した、元コロニーの隅に―――二つの脳殻だけが無傷で残された。

 

 これが異界遺物。その世界の物質では傷をつけることすらままならない、人類最後の足掻きだ。



■■■



 その日、無人兵器をつかさどる中枢量子演算機に眠る、最高権限を持つ人工知能は一斉攻勢を決行した。残り少ない人類戦力をすり切る為の一大攻勢。

 各コロニーへ戦力投入し、それに釣られた地上にすがる抵抗軍も全てを殺すため。


 圧倒的な数と質でもってこれを慣行。


 元日本、彼らのいた大型コロニーの陥落から―――全世界の人類が死に絶えるのに、一日と掛からなかった。

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