光なき空と心無き軍勢

 <砲兵隊、第二区画ごと吹き飛ばせ。あぁ俺らのことは気にするな>

 <もう持たねぇ!!なんて数だよッ>

 <第一管制塔が堕ちた。建物ごと爆破しろ>

 <対空砲まだあるか!?ほこり被らせとく余裕ねぇぞ引っ張ってこい!!>


 綺麗だった夜空は鉄色に覆われ、それを隠すかのように部厚い雲が空を塞いだ。月明りに照らされて尚黒い曇天が血を洗い流す雨をざあざあと降らせた。



 押し潰される。そう形容する他ない惨状に、最も敵戦力の集中するライバーの眠る第五棟内に、アイビス、荒井、ツキカゲ、アニーシャが最終防衛線を置く。

 <悪いがこっちは援護に行けそうにない。月城と黒木を守ってんのが精々だ――>

 「了解です!ライバーさんはこっちに任せて下さい!神が相手だろうが守り切って見せますよ!!」

 「幸いはこっち側にいてるからねーぇ」

 「使もいるじゃん。無敵だ」


 冗談交じりに、激しい防衛の中通信が飛び交う。


 近接格闘において悪魔的な力を発揮する少女。アイビスは機動防御に当たる。地下迷宮の様に複雑な通路を駆け巡り遊撃、敵の戦力を削ぎ――定点に止まっていても安全な場所などないと、相手の余裕を奪う。ハラスメント攻撃でもある。

 壁を床の様に蹴り。飛び交う銃弾はまるで逸れるように彼女には当たらず。


 「行くよ、………―――『過剰負荷オーバーロード』!」


 悪魔の少女。なるほど、まさしくそうだろう。真っ黒な義体に、淫靡いんびな太ももの絶対領域をちらつかせる獰猛な笑みの少女は、蝙蝠コウモリの羽と鋭い尾を幻視させるほど。

 残像を置き去り、次々に人間をヒトであった屑鉄スクラップに変えてゆく。


 <なッ、NOMADの悪魔だ―――――>

 <おい!ブラボー〇四応答しろ……各員後方にも注意を払え。敵は遊撃を有しているぞ>

 <撃て撃てェ!!ばら撒けぇぇぇ!>


 たった一人で迷宮を搔き乱す悪魔が。どこぞの黒雷を思わせる戦闘で場を制す。


 哀れな敵兵を想像しながら、アニーシャはまともに防衛線しているのは自分だけではなかろうか、と苦笑いする。

 「みんな無茶して事故らないでよーぉ?私みたいに頭十針縫うと大変よ?」

 <あんた脳殻だろうが、事故ってどうこうなるもんじゃねーよ!>


 冗談交じりに、倒したロッカーや運んできた土嚢で狭い通路を塞ぎ、数か所取り決めた射撃穴から軽機関銃サブマシンガンで毎分七〇〇発の弾丸を放つ。


 流石に狙撃銃の出番はお休みだ。


 世界に名の知れた狙撃兵の命中精度えいむりょく、次々に迫れど撃ち抜かれる影達。雪崩の様に押し寄せようと捌ききる冷静さと技量はまさしく一流のそれ。

 角から顔を出せば命中ヘッドショット。銃だけ出せば武装破壊。


 死への恐怖を忘れさせられた第三世代の敵兵が、延々と突っ込んでくる。増援。味方ごと爆破。自爆。人を盾にした縦深攻撃。

 休む暇のない突撃に――ひたすら量で押し切ろうとする超機存在エクス・マキナ所属兵力に、違和感を覚える。


 <こちらアニーシャ………これ全部超機存在エクス・マキナに従う人間だと思う?国家正規軍の師団規模―――これが今まで見つからなかったーなんてあり得ない……>

 <……………確かにな。部隊によって軍服が違う―――こいつらまさか……>


 ―――まさか。グレンノース事件で確認された傀儡。第三世代の持つ人工知能ユニットが人格を乗っ取りゾンビの様にした現象が―――もし、応用可能であれば。



 爆轟。

 地下に広がる施設丸ごと揺らす巨大な衝撃波が響き渡り、思考を強制的に塗り替える。


 ――脳内通信に干渉するノイズが走り、

 「瀧さんッ!!?」


 地下に籠る実動班を援護出来ない程に、後方支援班の三人は火力で拘束されていた。瀧一人で対応できる人数なぞとうに超え――意地だけがその場に命を繋ぎとめている状態で。


 敵は、味方の歩兵が大量に詰め込まれていた管制塔及びその隣接施設を――根こそぎ重砲型で吹き飛ばした。下層から耕し、崩れた建物に追撃を驟雨しゅううの如く注ぐ。

 大量のSS粒子を利用した特殊砲弾は、辺りの粒子濃度を急激に上げる。


 まるでそこにいる三人がほとんど生身であることを知っているかの様な対人体攻撃は、暗闇の中藤紫色の淡い光となって地上を覆った。

 これまでも困難であった部隊間の通信が、断絶。


 唯一地下にいるNOMAD特殊作戦部隊実動班の隊員達は――地上との連絡手段を失った。


 <愛梨!翔子!!>

 <嘘……でしょ……>

 <――――>

 息をのむ。地下に籠城したことを逆手に、そこを鳥籠として押し込められてしまった。

 だが、戦慄に身を固めている暇はない。


 <前!!見て!俺たちは此処を守るんでしょうッッ!!?>

 荒井が叫んだ。

 心配で胸が裂けそうな―――同期が気がかりで仕方ないが、偉大な先輩の安否に気を取られるが。

 それで死んでいては生存確認すらできなくなる。



 荒井とアイビスが合流した。ナイフを持った悪魔の少女と、刀を構えるうら若き青年は背を預け合った。

 「―――そうだね。生きて、また会おう………みんなで!」

 背後は心配しなくていい。何より信頼に足る仲間がいるのだから。眼前に広がる敵を斬り伏せることだけを考え、振るう。

 鋭く輝く、魂の刃を。



 「大丈夫?ツキカゲちゃーん」

 「………はぃ…――」

 クナイを全て使い切り、機関銃兵に追われ命からがらアニーシャの陣地に転がり込んだツキカゲの。

 その静謐せいひつな瞳には――危うい状況であったにも関わらず一縷いちるの揺らぎも無い。


 幾多の障壁バリケードで堅められた一本の通路。

 ――最後の砦。


 ここを超えればライバーの病室にたどり着くだけに、一番敵の攻勢が激しい――最終防衛線。


 少女は、忍者刀を抜いた。

 一瞬彼女を淡い光が覆ったかと思えば、その輪郭が揺らぐ。

 「――わぉ」

 「行きます………援護、頼みました――――」


 射線を読み、相手の意識の外側へ。

 視界のその奥へ――ぶれた輪郭と、消えた忍者刀と、認識を振り回す暗殺術は、その存在すら曖昧なものと錯覚させる。


 迫る分隊に肉薄。対応しきれない敵は、ツキカゲの行動を、更にその先を読んで見せるアニーシャが援護する。

 十名の完全武装した敵歩兵は、瞬く間に屑鉄と帰す。


 「―――すごい援護……助かります……」

 自分の動きに着いてきて、あまつさえその先を見据えた援護に感嘆するツキカゲ。アニーシャは屈託のない笑顔で応える。

 「あっはは――狙撃手スナイパーってのは“目”が良いんだよーぉ」



■■■



 襲撃を受けてから、既に十時間以上が経過している。疲労が色濃く、身体に訴えかけてくる。軋む義体を無理矢理振り回す様に戦闘を続けた。

 非常に優秀な四人が倒した敵の数は、既に常識的な範疇を大きく逸脱している。


 しかし、いくら化け物と恐れられるNOMADと言えど四人の人間。数百に上る大隊規模の軍勢に、じりじりと推され―――ついぞ最後の陣地、最後の通路まで押し込まれた。

 狭い通路に積み上がった死体が道を塞ぎ、敵はそれを掻き分けながら進まねばならず、その内に銃弾が脳殻を貫徹かんてつする。


 「ゼェ……、―――…ゼェ…………」

 過度な疲労と、擦り切れた精神。


 迫る限界。


 <ぐッ………――――‼>

 「荒井!?――――ッ、友軍被弾マン・ダウン!」

 敵の放った六.五六ミリ口径の弾丸が荒井の腹部を貫通した。人工筋繊維の肉片を巻き込み成大に血飛沫を上げた。鈍痛に肺が引き絞られる。


 多少効いている痛覚抑制と、鍛え抜かれた精神力で――倒れることなく目の前の敵兵を斬り上げる。わき腹から逆の肩へ抜けた刃、ずるりと真っ二つにされた上半身が地に落ちた。

 腹を抑え、流れ出る鮮血に目をやる暇すら無く次の獲物を睨む。

 「下がって……」


 敵の弱みを突くのは定石。被弾し動きの鈍った荒井に攻撃が集中する。


 更なる被弾。

 腕の義体装甲は剥がれ、左脚にも一撃貰う。彼の腕を掴み、障壁バリケードの内側へ引きずり込むアイビス。

 「―――今死なれたら困る」

 「……ぁ、あぁ―――分かってる……」

 脳の感じる痛覚を麻痺させる電子ドラッグを注射するが、痛覚抑制は単なる誤魔化し。応急処置ですらない。

 止血しようと布の様なものを探すが――


 「………! 止まってる、のか―――?」

 荒井の傷口から流れる血流は明らかに弱まっている。頭上を掠める弾丸の空気を裂く音に負けじと、アイビスは声を張った。

 「生きてるんだ……!翔子達が」



 それから二十分戦闘は続き、敵は撤退を始めた。もはや追撃する余裕の欠片も無い。壁に背を任せ、地に転がり、荒立った呼吸を整える。九死に一生を得た四人は、奇跡的に五体満足で生還した。

 地上からの地響きは未だ継続中だが、地下の実動部隊は引いたらしい。


 次の攻勢の可能性に備えて出来得る限りコンディションと兵装を整える。



 通路奥、T字に交わる角は敵側の最前線であり死地キルゾーン。一番濃密に血の池と死骸の山が築かれた場所から――物音。

 四人同時に、疲労も無視して武器を構える。


 空気が軋むような緊張が走る――が。


 「あ、あァー……俺たちだァ」

 物音を立てた張本人が、角を曲がる前に声を上げた。籠った声で精いっぱいの声量を出したのは、ガスマスクと小型酸素ボンベを身に着けた瀧庄次郎であった。

 両手を上げ、「誤射は勘弁」、と敵意が無いことを表明する。


 続いて、同じくガスマスクで顔を覆った月城と黒木が現れた。


 「無事だったのねーぇ!」

 「よかった……――です、……」


 後方支援班の三人は第二世代の中でも義体化進行度が低く、呼吸器官は人間のものだ。ほんの数メートル先でも通信阻害されるほど濃密なSS粒子を直接肺に取り込むと悪影響を受ける為ガスマスクが必要となる。

 「管制室が頑丈だったのと、非義体機人マキナンド用の緊急避難用具があったのが幸運だったな―――敵が榴弾ではなくSS粒子散布弾を使ったのも……」

 「荒井さん。お腹見せてください………よかった、ちゃんと操作システムは繋がっていたようです、この様子なら出血も大した量にはならなさそうですね」


 黒木が荒井の腹に空いた風穴を診察すると同時、月城がノート型の端末をアイビスとアニーシャに見せる。

 「これ、見てください。さっきから聞こえてくる地鳴りはこれのせいです」


 映し出されたのはちょうど皆がいる場所を含む地下の断面構造図であった。有線回路から取り出したデータには、地表から真っすぐ彼らのいる場所目掛けて一筋の空白、、、、、が伸びている。

 現況情報そのものが消失した空洞。

 「多分……不明機ローグが直接基地を掘り進めているんじゃないかなって―――」


 再び聞こえてきた頭上の地響きは、まるで月城の仮設に首肯する様であった。


 「……それはマズイ」

 アイビスは深刻な顔で呟き、それにアニーシャも頷く。

 「そうだね、これ以上戦闘を継続させる武器も弾薬も……体力も残ってないからねぇー」

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