戦夜
数時間―――攻防は続き、敵の増援は止まったが。
時沢台基地に駐屯していた帝国師団の殆どが息絶えた。
日が傾き木々や基地の残された建物が影を延ばす。黄昏に染まる空は、今は静けさを取り戻していた。
「状況確認しました。瀧さん、西方の連脈潟駐屯基地、及び今川航空基地が陥落しています。シュオーデル、……SS粒子濃度が侵入不可の数値とのことです」
敵の波が止み、壁に背を預ける瀧。リボルバーでの戦闘は、射撃というより
少ない装填数を補う為磨かれた人知を超えるリロードは
彼は肩で息をしながら、黒木の持ってきた端末を見る。
「無人偵察機からの映像です」
映っていたものは、何もない更地。―――否、何かが映っていなければならない場所に、何もないという『異常』であった。
蜃気楼の様に景色が揺らめき、藤紫色の粒子が立ち
「…………まさかたァ思うが。さっきの地震って――――」
「恐らく……。大量のSS粒子が検出されていますから、計器も警報も全て無力化されたものと思います」
「………ひどい」
脳裏に、ライバーの記憶で見た『超圧兵器』という理不尽な暴力がよぎる。
一撃で―――基地にいた数百人から千人超の人間が消し飛んだ。その事実に喉を詰まらせる月城。
「大規模侵攻……参謀本部との連絡も付かねェとは。相当な粒子が散布された上で有線回路まで潰されたか…………そも、もう連絡先が無くなっているか」
一切察知されずに、これだけの軍勢を動かし。見事奇襲を成功させた敵。国家ならばこうはいくまい。準備期間だけでも半年から数年はかかる大攻勢。
それをやってのける人間離れした情報管理と行動力。
「相手は―――人間じゃねェな……」
<こちらアイビス。愛梨、他に確認された重砲型は?>
「粗方やっつけたみたい、お疲れ様。アイビスちゃん」
<分かった。燃料が心もとないから一旦帰投する>
平然とした口調で言うアイビスに月城は苦笑いを浮かべる。強いなぁ、と。いつしか零した言葉がよみがえる。
「おう、着陸許可を出す管制官もいねェから気楽に帰ってこい」
基地の外は酷い有様だった。敵味方の死体が重なり、死にきれない者の呻きが何処となく聞こえてくる。負傷者を引きずる生き残りが、懸命に治療を施す。
<荒井だ!黒木さん、ちょっと来てもらっていいかな。応急処置の人手が足りないんだ>
荒井は戦闘を終え、ライバーの部屋の警護をアニーシャとツキカゲに任せ前線に出ていた。
――ちなみに、万が一自分が突破された場合の最終防衛ラインとして。彼はツキカゲにライバーの隣で
彼女は真っすぐな眼差しで応えたのでよしとした。
「大佐、連絡つきませんね…」
月城が心配そうに呟く。
矢澤はこの日の明け方、参謀本部への出頭命令に応え回転翼気で時沢台基地を発る。
<まぁあの大佐の事だから―――>
「そうだな、死んでなきゃ生きてるだろ」
■■■
深夜。冷え込む空は限りなく黒に近い紺に染め上げられ、更なる敵襲を警戒し完全に消灯した基地は月明りだけを頼りに、ひっそりと時を待った。
睡眠を取れる隙間にしっかりと寝る訓練を受けている兵達は、簡易寝具で寝息を立てる。
――狙撃手であるアニーシャが屋上で警戒し、見張り番を請け負った荒井もまた、基地の入口付近に積み上げられた
つい数時間前まで続いていた耳を突く爆発音が嘘の様に―――静寂に包まれた夜空。完全消灯のおかげで人工の光は無く、満天の星が海面に揺らめくように。
その色さえも変えながら空を漂う。月もゆらゆら優雅に空を泳ぐ姿は――幻想的だが、同時に周囲の粒子濃度の高さを伺わせる。
まだこの基地を孤立させておきたい、と。そんな敵意が垣間見える夜空はだが、やはり美しい。
「…………きれい……」
後ろから音もなく現れたツキカゲに、荒井は寒さでかじかんだ身体を振り向かせる。
入口に立つのは、太古、戦国時代を思わせる忍びの
幼く華奢な体躯は、とても戦闘の為だけに生み出された人間兵器には見えない。
「もう交代の時間だったか?」
「――いえ、その…………、ぃぇ……」
途切れた言葉は夜風に吹かれ、無言のまま荒井の隣にちょこんと座った。
彼女は気まずそうにしているが特に気にせずアナログな双眼鏡を覗く。
「……眠れ、なく…て…―――」
戦闘機械。そう評されていた彼女の言動に、少し驚いた様子を見せる荒井。だが同時に、人間味のある言葉に安堵した様にも見える。
「そっか」
「…。荒井二等兵殿は……どうして、この……隊、に?」
細々と紡がれた言葉。二等兵。自分の階級を呼ばれ目を丸くした。
「…………あの?」
「あぁ、ごめんごめん。久しぶりに呼ばれたからそういえばそうだったなあって」
彼は笑った。改めてNOMADの一員であることを自覚したから。
「そうだね。こんなにも階級を無視する様な変な部隊だから……入りたいって思えたのかな。ずっと『変な奴』として見られてきたから―――『変な奴』を極め切った部隊に――――」
経緯を話す。何故という問いに、言葉を並べながら。
心のうちが整理される感覚。
「そう……誰よりも変な―――極東の黒雷という男に、ひたすら憧れてたんだ……」
時代が移り変わり、第三世代が主流となってから随分と経つ。今時第二世代なんて、金が無いのか意地が在るのか、骨董品が好きなのか――それくらいしか理由が浮かばない。問答無用で『変な奴』判定されるだろう。
それを貫いて。信念を持ち続けて。実際に賀議大戦で英雄と名を知らしめてしまったから……眩しかった。
自分に無いものを持つ者が輝いて見えた。
そして強く、切に―――そうありたいと願った。
幸運にもその願いは届き、今こうしてNOMAD特殊作戦部隊に所属している。
階級が上がることは
連日出撃といえど、ほかの師団、戦隊では叶うまい。充実した日々。死と隣合わせだからこそ手に入る、誰かを守る為の闘いの場。
隊長は意味不明で。副隊長は年下の少女で。後方支援班長は古臭い人で。他にもまだ見ぬ隊員達が、世界中で戦っている。
何故。
何故この現状を望んだ?
それは―――
「憧れだよ。それだけ………」
何処か自分に言い聞かせるように、荒井は答える。
それだけのことだ。勇猛ではないし、英雄像とはかけ離れているし、お茶目だし、命令は破るくせに隊長命令で強制帰還させるし、白狼は逃がすし、謎の組織と昔から戦ってるし――――全くもって理解できない。
でもそれは、憧れた変な人が――想像を絶する変人だったというだけのこと。
本質は変わらない。軍規も法律も常識も良識も理想も
「君はどうなの?アイビスがいきなり連れてきたけど……」
荒井は自分の中の靄に決着を付けた。そして少し前の自分同様自信なさげな少女を見て問うた。自分の答えを参考に、何かを探しているのだろう、と。
ツキカゲは目を伏せ、たっぷり考え込んでから口を開く。
「――――……わからなぃ…。どう、して―――ここにいて、良いのか……が」
人殺しの道具として、感情なき戦闘機械として改造された彼女は、困惑という感覚すら自覚せず戸惑う。
何故
疎まれ売り払われ傷つけられたその短い生涯では推し量れぬ、何やら温かいものを。その受け取り方を知らないのだ。
「どんな基準でライバーさんが選んでたかは知らないなぁ」
どうせ理解しようと努力するだけ無駄だ、と達観する荒井。
「あの人曰く『俺の家はこのNOMADだ』だそうだ」
受け売りだ。初陣の夜、瀧から聞いた言葉そのまま。だが、どんな詭弁よりもこの言葉が語っていると思える。
「家に家族がいるのに、理由なんていらない様に。君がここにいたければ、それでいいんじゃないかな」
ツキカゲの表情が、ほんの少し明るくなった様に見えた。以前の黒木の様に感情を漂白されたにしては―――充分過ぎる微笑だ。
「そう、………ですね――お姉ちゃん、の……為――にも」
「黒木さんは意外と頑固だから……君も慣れるよ」
「信じています」と、彼女の覚悟が決まった。自分を受け入れてくれた理由を聞きに来たと同時に、命を賭す覚悟を探しに来たのかもしれない、と。荒井も、自らに言い聞かせるように腹をくくる。
正念場だ。
■■■
攻撃目標の時沢台基地は暗く、粒子濃度からして暗視装置も碌に使えない状態。光学センサを傾けて、突撃の合図を待った。
あらゆる力を捻じ曲げる能力を持つシュオーデル粒子に包まれて、存在そのものを希釈するような潜伏で息をひそめる。幾多の影。
最重要目標は、異常数値を放つ人間――――否。人間の義体を被る亡霊。人ならざる者。
合図が上がった。
天に煌々と輝く照明弾が、深夜の恒星となって一帯を紅く照らす。
二発。三発。
空に上がった光源が、ゆったりと重力に引かれながら。
地上の惨劇と、傷跡と。死体と屑鉄と化した義体の山と。
――空に浮かび侵攻する人ならざる軍勢の影を照らす。
闇夜に紛れる幾百の心無き幽鬼。
人類などという脆弱な存在を磨り潰す圧倒的暴力装置が。
動き出した―――
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