Act:4.5 盟約

遠い誓い

二一八一年九月十九日

賀島帝国軍、賀島本島、時沢台基地



 珍客。それ以外に形容し難い来客に、荒井シン、月城愛梨、黒木翔子はきょとんと、茫然と立ち尽くし―――そこに駆け寄る淡い銀髪の美人に、ただひたすらに困惑した。


 「やっほーぉ、君たちが新人くん!?可愛い子たちじゃぁーん!」

 ひしと抱きつかれた黒木は、表情だけで静かな救援要請へるぷみーを叫んだ。ここ数日で、笑顔は出来ずとも負の方面の表情筋は大分鍛えられた彼女の渾身の救難信号だ。


 「あ、帰って来てたの?アニー」

 「アーイビスちゃーーん!ただいまだよぉー」

 輝く絹の様な銀髪、雪の様に白い肌と、テンションの割に眠そうな顔のその女性。


 「でー、うちのボスが風邪引いたって?」

 「馬鹿野郎。もう十日以上昏睡状態だ、アニーシャ」

 律儀にツッコむ瀧庄次郎が見やると、新人三人は凍り付いたかの様に動けなくなっていた。

 目の前にいるのは流暢な賀島語を話す―――ライバーの記憶の中で見た『死天使してんし』その人であったから。


 「えッ!?こんな人うちにいましたっけ!!?」

 荒井がつい失礼な言葉を零すも、アニーシャが浮かべたのはおっとりした笑顔。

 「うんー、愛しのダーリンが寝込んでるっていうから心配してたんだけどねーぇ。偵察任務の為に一か月は動けなかったからねー」

 「い、愛しの?」


 誤解も警戒も深まっていく中、瀧は深い嘆息とともに説明した。

 「こいつはアニーシャ・L・ドロイツマン。昔は死天使なんて大層な名前で呼ばれていたらしいが今では唯の黒雷ファンだ。不幸を連れてくる厄介者だよ、さっきの地震もお前のせいじゃねェよなァ?」

 「ファンとはなによーファンとは!伴侶だよぉ、は・ん・りょ♡」


 元気な人だなぁと目を眇める新人一同。と、何故かアイビスが殺気の様なものを纏い立ち昇らせているのは気のせいではないはずだ。


 NOMAD特殊作戦部隊の隊員は、彼女の他にも様々な理由で顔を出せない者達がいる。アニーシャの場合は、任務上文字通り――、のだが。


 ――ライバーが個人的に追っていた組織、超機存在エクス・マキナの関連組織と思われる重要人物の確保。そのためにとある定点で一か月の張り込み。決して動かず、悟らせず、しんと目標を待つ姿はまるで蛇。

 狙撃銃を構え、射撃の瞬間には気配どころか心拍数すら消え失せる本物の凄腕だ。


 ほかの隊員も「戦線維持の為抜けられない」とか、「救急病棟の戦場っぷり舐めんな隊長なら何とでもなるでしょ」とか、「旦那ならどうせケロッと起きるだろ」とか、口々に招集しない理由を述べ、ここには居ない。



 アニーシャはライバーの眠る寝具の傍に立つ。

 「報告だけはさせてもらうね。超機存在エクス・マキナが動き始めたよ―――正直、もう寝てる場合じゃない……」


 その場には現状この時沢台基地にいるNOMAD隊員全員が揃っていた。連続した記憶の開示は、本人も直結している月城にも負荷がかかる為『グレンノース事件』を開示してから一日、日を置いたのだ。


 超機存在エクス・マキナのことは分かった。奴らは人類を救うよう命令された独立式人工知能で、人口削減による使用資源減量や篝火ビーコンの支援により、束縛と不自由の代わりに平穏と悠久の人類史を手に入れることを目的としている。


 ――だが、ライバーの人間離れした長寿や黒雷を操る理由。超機存在エクス・マキナとの因縁は明らかになっていない。


 今、この場で二度目の記憶開示が行われる。




 いつもの如く電子の海底を泳ぐ月城は、グレンノース事件よりも大きい――アンロックされているものの中で最も巨大な記憶の塊を目の当たりにした。

 言語は、不明。何やら見覚えのあるような無いような不思議な文字。この人類史上どの時期にどのように使われていたのかも不明瞭な。


 奇怪な文字。


 皆がそれに首を傾げるが、たった一人。アイビスだけは内側に沸き起こる浮遊感とも嘔吐感ともつかない不気味な感覚に、のどを鳴らした。


 「――――日本……語……」


 ――知らない筈だ。

 生まれてこのかた十年と少し。恐らくまだ二十歳にも至らぬ身で、戦場に身を置き賀島語と共通語である欧語以外はほとんど使えない。


 なのに、口から零れた言葉は無意識に。

 しかし何処か心地の良い響きを携えて。


 「知っているのか?アイビス……」

 「違う。知っているのは、多分―――あたしだけど……あたしじゃ、ない」


 脳内の混乱もそのままに。

 だが意味不明な言語を前に、立ち尽くした。



 「日本………何処の国……?」



■■■



 気味の悪さは置いておいて。

 今は先に知らなければならないことがある。


 黒木が本人から聞き、とても他言は出来ないと断じた『真実』。

 記憶領域に踏み込んだ途端、映像として見せられていた記憶の断片が映し出される。


 


 『―――ぉ、―――。お前が、……たとえ。――』

 崩落。視界に映る全てが平等に<死>を迎える最中。

 一人の男と、小さな少女は―――誓いを交した。


 『もし………生まれ変わった先で―――また、出会えるのなら』


 愛、では語れない。

 ことわりを超越した、想いこころが嘆く。



 『その時は……、―――その時こそは……………………』 





 二人は寄り添い―――光に消えた。




 それが永劫の始まりだとは知らずに。

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